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【専門医解説】感染者が多くなり、誤情報も多い「梅毒」の正しい知識

北岡一樹

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テーマ:性感染症


性感染症において、2023年は、梅毒の流行が大きなトピックでした。
感染症法に基づく調査が始まって以来、最も多い患者報告数が記録されたのです。2024年は、2023年と比較すると減少傾向にはありますが、それ以前と比較するとまだまだ多い状況です。

こうして梅毒がいきなり増加したことで、取扱う記事やSNSの発信も増加しました。
それによって、誤情報も多く出回るようになりました。

私も診療していて、臨床的に困る症例や、患者さんから質問を受けることがあり、その度に世界最高の医療エビデンスであるUpToDateを見直し、自分の理解が足りていなかったことを痛感しました。
改めて、誤解が多い点を中心に、梅毒をまとめたいと思います。
*この記事は、世界で最も信頼性のあるメタアナリシス(様々な研究・文献を統合して判断すること)エビデンスの1つであるUpToDate(https://www.uptodate.com)をエビデンスとして記載しております。

梅毒はキスでもうつる?→△


梅毒が流行するようになり、梅毒はキスでもうつるとか、コップの回し飲みでもうつるとかという情報を散見するようになりました。
キスは可能性としてはありますが、レアケースです。また、コップの回し飲み程度でうつることは皆無に等しいです。

性感染症の原因菌は、基本的に粘膜でしか生育できません。

私は研究もしていて、実際に性感染症の菌を取り扱っています。
室温で少し放置してしまったりすると、数秒で死んでしまい、実験失敗!ということをよく経験します。
したがって、粘膜外で生存することはほとんどなく、コップの回し飲みやタオル、銭湯などでうつることはありません。
あくまで、梅毒の病変にしか、生きた梅毒菌(T. pallidum)は存在しません。そこに直接接触することでうつります。
梅毒病変は基本的に性器にあるため、性行為で直接そこと接触することでうつっていき、性行為でうつっていくこととなります。挿入の有無は関係ありません。
コンドームをしていても、完全に覆われていなければ感染の可能性があります。
また、その性器の病変を舐めたりすると、口にうつることもあります。その場合、口にうつって口にできた梅毒病変を、キスで接触すると口にうつります。口に梅毒病変が無ければ、キスではうつりません。レアケースであり、基本は、性器から性器へうつっていきます。


梅毒はバラ疹からもうつる?→△


梅毒で有名な症状は、赤いぼつぼつした発疹(バラ疹)(1)だと思いますが、実は、この発疹には、ほとんど生きた梅毒菌はいません。
したがって、バラ疹からはほとんど感染しません。

では逆に、どんな病変から感染するのでしょうか?

梅毒菌に接触すると、約3週間の潜伏期間を経て(2)、「下疳」と呼ばれるできものが出現します。最初は固いしこりのような状態となり、すぐつぶれて、ただれたような状態になります。

この下疳に生きた梅毒がたくさん含まれていて、ここと接触することでうつります。
下疳は数週間で消失します。下疳が無い状態では、感染はしません。

その後、数週間で、バラ疹が出ますが、先に述べたとおり、ここにはほとんど梅毒菌はいません。
バラ疹は、免疫反応として生じている発疹なのです。このバラ疹も数週間で消失し、その後体内で潜伏し、心臓や神経に問題を起こすようになります。

したがって、梅毒の感染力があるのは、下疳がある数週間です。梅毒に感染していても、下疳が無い時は感染力はありません。 ただ、この下疳の厄介なところは、痛みがありません。したがって、多くの場合、気づきません。知らないうちに下疳が出来て、うつしていきます。
ただし、下疳が消失すると、その人自身による感染力はなくなります。

梅毒ってすぐ検査してもいいの?→×


梅毒に感染して検査陽性になるまでの期間は、最大2カ月もあります。
つまり、うつる可能性のある性行為から、最大2カ月経たないと正しく判定できません。

梅毒病変の下疳は、時に性器ヘルペスに類似しています。
私が経験した症例として、下疳かヘルペスか悩み、梅毒の検査を行い、陰性であったため、経過を見ていましたが、数日後の再検査で梅毒陽性となった方がいました。
つまり、梅毒病変が出ていても、陰性となってしまうことすらあります。したがって、うつる可能性のある行為から2カ月経って陰性でなければ、正しく陰性とは言えないので注意してください。

また、先程述べたように、下疳に気づくことは少ないです。バラ疹も、赤いぼつぼつが出るだけで、他の接触性皮膚炎などと区別がつきにくいです。さらに、バラ疹は梅毒にかかった人全員に出るわけではなく、梅毒にかかった人の25%にしか出現しません(3)。
放置していると、心臓・神経へ重篤な症状が出現するため、疑わしい行為があった場合には定期的な検査が必要です。

検査陽性なら梅毒?→×


梅毒の検査においては、偽陽性(本当は陰性なのに間違って陽性となること)が出ることがあります。

性感染症の検査の進化は日進月歩の感がありますが、梅毒の検査法に関しては数十年間変わっていません。
他の性感染症の検査では遺伝子検査が中心となってきていますが、梅毒はRPR法とTP法という2種類の検査を組み合わせて判断します。両方陽性で初めて梅毒となります。

特にRPR法というのは偽陽性が多く、他の急性の炎症疾患でも陽性となってしまうことがあります。単なる風邪や、予防接種などで、RPR法が陽性となってしまう方もいます。TP法においても同様偽陽性があります。
 
一方、梅毒に感染している場合であっても、初期にはRPR/TP法のいずれかのみ陽性となることがあります。したがって、RPR法とTP法どちらかのみ陽性であった場合、全て偽陽性というわけではなく、梅毒の初期の可能性もあります。梅毒であれば、いずれ両方陽性となります。
梅毒の検査でRPR法かTP法のどちらかだけが陽性であった場合、片方陽性から、両方陽性になるまでの期間は最大1か月とされています。
したがって、いずれかのみ陽性の場合、1か月後の再検査で、いずれかのみ陽性のままであれば偽陽性、両方陽性になれば梅毒という形で進めてください。

梅毒って治りにくいの?数ヶ月かかるって本当?→×


梅毒自身は弱い菌で、他の細菌にはほとんど使用されなくなった、最も初期のペニシリンやアンピシリンという抗生物質で治るため、治りやすいと言えます(後期梅毒や神経梅毒以外)。
また、薬を使用して7~10日間で治癒するとされています(4)。
しかし、後述しますが、日本における治癒の判断は少し異なってきます。

世界と日本で異なる治療法と治癒基準


梅毒の治療法は世界標準と日本で異なってきました。
世界的には、ペニシリンという最も初期の抗生物質の筋肉注射で治します。この筋肉注射によって、3週間は血中で薬が維持され、梅毒はその状態だと7-10日間で死滅するとされています(4)。
従って、欧米ではこの注射をして、7~10日間経てば治癒と判断します。指標として、3か月後に、RPR法の検査を行い、最初のRPR法の値から1/4になっていることを確認します
一方、後期梅毒や神経梅毒と呼ばれる状況になっていた場合は、治療期間は1ヶ月程度となります。

日本ではペニシリンの筋肉注射が永らく禁止されていたため、独自の方法に進化していましたが、2023年に日本でもペニシリンの筋肉注射が解禁されました。
しかし、治癒基準は日本独自で、RPR法の値を指標に1~2カ月かけたり、飲み薬で治す場合は世界的なビブラマイシンではなく、アモキシシリンであったり、まだまだ異なる点が多いです。

私は世界標準のガイドライン(UpToDate)に基づいた診療を行うように心がけていますが、日本のガイドラインも早く世界標準と一致するようになることを願っています。

1)Tudor ME, Al Aboud AM, Leslie SW, et al. Syphilis. [Updated 2024 Apr 21]. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2024 Jan-. Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK534780/
2)Sparling PF. Natural history of syphilis. In: Sexually Transmitted Diseases, Holmes KK, Ma rdh PA, Sparling PF, et al (Eds), McGraw-Hill, New York 1990. p.213.
3)Clark EG, Danbolt N. The Oslo study of the natural course of untreated syphilis: An epidemiologic investigation based on a re-study of the Boeck-Bruusgaard material. Med Clin North Am 1964; 48:613.
4)Kampmeier RH. The introduction of penicillin for the treatment of syphilis. Sex Transm Dis 1981; 8:260.



!CAUTION!
以下に実際の症例写真が表示されています。閲覧にはご注意ください。


























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北岡一樹
専門家

北岡一樹(医師)

医療法人社団予防会新宿サテライトクリニック

大学研究員として日々進化する細菌学の研究・分析に参画、並行して性感染症診療クリニックで日々の臨床に携わり、研究と治療の両面から予防医療の進化に貢献。新たな予防法の研究・開発・実用化にも取り組む。

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