「不動産のプロができること、法律家にできないこと——相続に潜む“見えない壁”を越えて」
はじまりは「実家の寒さ」だった
私の実家には、80代の母が一人で住んでいます。築30年以上の木造住宅。かつては父が建てた家ですが、いまや一人暮らしには広すぎて、冬はとても寒い家になっていました。
風通しを重視した造りのため、冬は冷気が室内を通り抜け、足元から底冷えするような家。床下には断熱材がなく、基礎も昔ながらの布基礎。いくら暖房をつけてもすぐに冷えてしまうのです。
私が発注者として決断した理由
いくら寒さに慣れているとは言え、ヒートショックで倒れられては困ります。今なら断熱工事の助成金も利用できるので、最低限の断熱リフォームとして窓のインナーサッシ設置とともに、床下に吹付け断熱を施工することに。
施工業者は私が選び、発注や全てのやり取りを私が行いました。もちろん暖房要らずの快適空間とまでは行きませんが、母は「悪いわねぇ」と言いながらとても喜んでくれました。施工後は、「前とは違う」「今年の冬はずいぶん楽だった」と何度も言ってくれました。
親孝行の一つとして、やってよかったと感じていたのです。
ある日突然の電話
数日前のこと。朝、母から電話がありました。
「床下を工事してくれた人が今日点検に来るって」
私は何の連絡も受けていませんでした。ですが、「あぁ、アフターフォローか。無料点検でもあるのかな」と思い、その場では特に気にしませんでした。
点検後の電話、そして違和感
お昼ごろ、再び母から電話が。
「今、点検の人が言うのよ。台所とお風呂のあたりに湿気があって、対策しないと床が抜けるかもって」
なんだか穏やかではありません。
母に電話を代わってもらうと、業者の男性が元気な声でこう言います。
「湿気がひどくて、湿気対策をしないとこのままでは床が抜けます」どうされますか?と。
私は「どうされますか?」といきなり言われまず驚きましたが、「その湿気対策は何をするのですか?」と聞いてみました。
すると
「ゼオライトという石を台所とお風呂周りに敷きます。費用は30万円です。」
はぁ・・・。と答えると。
「あっそれと消費税、それでどうされますか?」
どうされますか?と言われ、なんて返事をしていいものやら、なんだかいろんなことが頭をグルグル回ります。
「それ、いますぐ決めなきゃダメですか?」
私は冷静に質問を返しました。
「昨年、御社で断熱工事をしてもらいましたが、その工事が原因で湿気がこもるようになったということですか?」
「いえ、それは関係ありません」
「では、築30年以上の布基礎の家で、湿気が出るのは当然のことでは?実際、今まで床が抜けたり凹んだりしたことは一度もありません」
「今までは大丈夫でも、今後は危険です。どうされますか?」
……この"どうしますか?"の繰り返しが、まるで脅しのように聞こえてきました。
判断する情報がない
私が依頼した発注者であるにも関わらず、私に事前連絡もなく高齢の母に訪問。
その場で30万円の石を勧める。
施工の方法も説明もなく、資料もなく、価格の根拠もなく、ただ「どうしますか?」と迫る。
たとえ善意であっても、このアプローチは完全に間違っています。
さらに、私がこう言いました:
「仮に母がその場でお願いしたとして、80代の高齢者がその場でサインしたら、それはクーリングオフの対象になりますよね?」
すると、男性の声が急に焦ったように変わり、
「す、すみません!でもシロアリは大丈夫でした!」
と言ってきました。
シロアリは5年保証がついているはず、もし1年でシロアリがいたらびっくりするわ!と思いましたけど。
「悪質」ではないけれど、「信頼されない」営業
この業者は決して悪質ではないと思います。点検に来て、そこから次の仕事を提案するのは自然な流れかもしれません。
でも、やり方が完全に間違っていた。
顧客は不安になり、信頼は損なわれました。
そもそも、ゼオライトの効果や価格も曖昧です。ネットで調べれば価格はピンキリ。
その価格が本当に適正なのか?説明がなければ分かるはずがありません。
業界リテラシーの壁
ここに、はっきりとしたギャップがあります。
業者は「良かれと思って」勧めているつもり
消費者は「急に高額を提示されて」不安になる
この両者の間にあるのが、リテラシーのギャップ。
建築業界側は、自分たちの専門用語や価値観、当たり前を、一般の消費者に当てはめてしまっている。
一方で、消費者側は、その価格や施工内容が適正なのかを判断する材料を与えられないまま、「どうしますか?」と迫られる。
これは、もはや情報格差ではなく、構造的な問題です。
本当に必要な「信頼の構築」とは
今回の件を通して、私が改めて感じたのは、
アフター点検は、信頼を築くチャンスであるはずなのに、やり方一つで逆効果になる
ということです。
高齢者の一人暮らしの家を訪ねるなら、まずは発注者に連絡すべきです。
そして、提案があるなら、
・見積もり書
・商品説明書
・施工方法
・なぜ必要なのかの根拠
これらを丁寧に説明し、「ご家族と相談してからご連絡ください」と言えば、信頼を損なうことはありません。
「わたしごと」ではない仕組みが、信頼を壊す。
私の実家は、去年工事を依頼したお客のひとつとして、顧客名簿に載っていたのかもしれません。
その名簿をもとにマニュアル通りに営業をしてきたのでしょう。
たとえば──
私が発注した会社は“元請け”で、実際に施工していたのは個人事業主の下請け。
営業電話をかけたのは、成果報酬で動く営業代行会社。
契約が決まれば紹介料を得る…そんな仕組みだった可能性もあります。
それ自体は、決して悪いことではありません。
建築でも不動産でも、多くの会社がこのような「元請け・下請け・外注」の構造の中で成り立っています。
元請けは責任を負い、クレームにも対応し、高額な広告やブランディングにも投資している。
それ自体は、ビジネスの当然の努力です。
しかし、顧客には関係ありません。
母が信頼したのは、私が選んだ“会社”であり、
そこで丁寧に説明し、工事を進めてくれた“担当者”です。
その後、突然「無料点検」に来て
知識のない高齢者に「湿気で床が抜ける」と言えば
母は不安になり、それは大変だ!と思い込むわけです。
彼らがどんな仕組みでそんな営業をしかけてきたのか。
顧客にとってはそんなこと、どうでもいいのです。
顧客が信頼するのは、対応した「人」である。
家づくりや工事の現場では、「元請けだから正しい」「システム上そうだから仕方ない」といった論理が、無意識のうちに業界内にまかり通っています。
でも、顧客はそんな構造で“納得”しない。
満足するためには、「納得できる説明」が必要なのです。
特に、今の時代は「不安を煽る」営業は通用しません。
どれだけ巧妙に言葉を並べても、それが“納得”につながらなければ、信頼は失われる。
消費者のリテラシーは、確実に上がっているのです。
そして、営業担当者自身もまた、「会社の仕組みに従って動く」だけでなく、
その商品や提案を、“自分ごと”として話せるかどうかが問われています。
結局は、「わたしごと」として向き合えるかどうか。
もし、あなたが業者の立場だったとして──
高齢の親が一人暮らししている家に、自分の名前で工事を頼んだ顧客がいたとして──
電話口で、「で、どうしますか?今決めていただければ安くなります」と言えますか?
おそらく言えないはずです。
売上や営業ノルマではなく、
その人の未来、その家の暮らしを思い描きながら、提案する。
わからないことは調べ、曖昧なことは約束しない。
時間がかかっても、誠実に向き合う。
それが、「わたしごと」としての提案であり、
消費者が本当に求めている「信頼」の形なのです。
最後に
私は前回のコラムでこう書きました。
「家づくりは、“わたしごと”になった瞬間に動き出す。
でも、“わたしごと”であり続けるためには、支えてくれる“誰か”が必要だ。」
その“誰か”は、仕組みの中に隠れている営業マンではなく、
契約書の名前に書かれた法人でもない。
「この人なら、任せてもいい」と思える、あなたの“今”を見てくれる人であるはずです。
このコラムを読んだあなたが、
これから住まいの選択や誰かの住まいの手配をするとき、
「誰を選ぶか」という視点を、少しだけ変えてみてくれたら嬉しい。
そしてもし、あなたが業界の中にいる人なら。
「わたしごと」で向き合うとはどういうことか、
今一度、見直してみてほしいのです。
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