書道が脳を育てる 集中と手書きの健康効果

河邊真

河邊真

テーマ:教育

「書道って、脳にいいんですか?」レッスン中にそう聞かれることが、ここ数年で増えてきました。お子さんの集中力や記憶力が気になる保護者の方、認知症予防を意識し始めたシニアの方、仕事の合間に頭をリフレッシュしたい大人の方。それぞれ違う事情を抱えながら、同じ問いを投げかけてくれます。
私が書道と出会ったのは小学2年生のとき。以来ずっと書と向き合ってきた私自身、書道が体と心に与える変化を肌で感じてきました。そして近年、脳科学の研究がその実感を次々と裏付けてくれています。「手書きで脳が活性化する」という事実は、もはや感覚の話ではありません。筆を持ち、紙に向かう時間は、脳にとっての本格的なトレーニングなのです。


手書きで「脳全体」が動き出す理由


ノルウェー科学技術大学のファン・デル・ミーア教授が2024年に学術誌「Frontiers in Psychology」に発表した研究では、手書きをしているときは脳全体が活性化するのに対し、キーボードのタイピング時は活性化する領域がはるかに小さかったことが報告されています(調査実施年:2022〜2023年ごろ、発表年:2024年)。
なぜそうなるのか。文字を書くとき、私たちの脳は複数の領域を同時に使います。文字の形を思い出す「海馬」、筆圧や動きをコントロールする「運動野」と「小脳」、バランスを判断する「頭頂葉」、そして思考・判断・感情制御を担う「前頭前野」。書道はこれらをほぼ同時に稼働させる、複合的な脳の運動なのです。
さらに同研究では、手書き時には学習や記憶に有益とされる「アルファ波」や「シータ波」が活発になることも確認されました。タイピングでは不活発だったこれらの脳波が、筆を動かすという行為によって引き出されるのです。


前頭前野への集中刺激と、認知症予防の可能性


前頭前野とは、情報処理・記憶力・判断力・感情コントロールなど「人間らしい認知機能」を担う脳の司令塔です。写経や書写を行うときの脳活動を計測した研究では、前頭葉・頭頂葉の左右いずれもが最高値(脳活性指標プラス3)を記録したという報告もあります。
女性セブン(2026年1月29日号)に掲載された「メディカル写経」の記事でも、書家・心理カウンセラーの永澤典子さんが「一文字ずつ集中して書くことで、脳の司令塔である前頭前野の血流が増え、集中力アップや感情のコントロール、さらには認知症予防にもつながるトレーニングになる」と解説しています(女性セブンプラス、2026年1月20日公開)。
私がレッスンを重ねる中で感じてきたのも、まさにそのことです。書くことに集中し始めた生徒さんは、表情が変わります。目が細かい動きに吸い込まれ、呼吸が落ち着き、空間全体に静かな集中が漂う。あの空気感こそ、脳が本格的に動き出しているサインだと思っています。


墨をすることが整える「五感集中」の力


私のレッスンでは、毎回最初に墨をすることから始めます。硯の上でゆっくりと墨を動かすこの数分間が、脳と体の準備として非常に大切だと考えています。
墨をする行為は、五感を統合的に刺激します。音に耳を傾け、手を一定のリズムで動かし、だんだんと深まる香りを感じ、濃くなっていく墨の色を目で追う。この「五感集中プロセス」とは、墨をすることで視覚・聴覚・触覚・嗅覚を同時に使いながら、意識を今この瞬間に引き戻す準備行動のことです。
書道にはストレスホルモンであるコルチゾールを減少させる効果があることも複数の研究で示されています。筆を動かすリズミカルな動作と、黒い墨が白い紙に広がる視覚的な刺激が、副交感神経を優位にし、リラックス状態を促進するとされています。墨をする時間はその導入として、自律神経の切り替えを自然にうながす働きもあると、私は実感しています。


子どもの脳発達に書道が有効な理由


私の教室には小学生を中心に、就学前のお子さんも通ってくれています。保護者の方から「字がきれいになっただけじゃなくて、なんか落ち着くようになった」「集中が続くようになった」という声を聞くことが増えました。
脳が発達する時期に手書きを続けることで、記憶力や集中力が高まり、学習効果がアップすることが研究で示されています。英語学習の場面では、手で文字を書き写した子どもは、タイピングや目で見るだけで学んだ子どもより、文字の認識が早く、名前もより簡単に思い出せたという2021年の研究結果もあります。
私が大切にしているのは、「正解か不正解か」ではなく「納得できたか」で終わること。自分が書きたい字を選び、自分のペースで進め、自分でゴールを決める。その積み重ねが、主体的に物事に取り組む力、いわゆる「自己調整力」の土台になると信じています。脳科学的にも、主体的な行動は前頭前野をより強く刺激するとされており、指示された通りにただ書くだけとは、脳への効果が異なります。


シニア世代こそ、書道で脳を動かしてほしい


認知症予防という観点から、書道はシニア世代にこそおすすめしたいと思っています。定期的な書道の実践が認知機能の維持・向上に効果的である可能性は、高齢者を対象とした複数の研究で示唆されています。脳の広い範囲を使うことで、神経回路の維持・強化につながるのです。
脳神経内科・認知症専門医の長谷川嘉哉先生も「高度な脳の働きを維持するために、意識的に手書きの機会を増やすべき」と提唱しています(STUDY HACKER掲載記事より)。手で書くことで、海馬から記憶を引き出し、前頭葉で文章を統合し、漢字・ひらがな・カタカナの使い分けによって脳の異なる部分が同時に稼働する、という複合的なトレーニングが自然に行われるのです。
私は将来、老人ホームへの出張レッスンも行いたいと考えています。外出が難しくなった方にも、筆と紙があれば脳を動かし、自己表現を楽しむ時間を届けられる。書道がもつそのアクセシビリティの高さも、大きな強みだと思っています。


全身で書く体験が、脳と心に火をつける


2013年から続けている「大きな紙に大きな筆で大きな字を書こう」という講座は、私が特に思い入れを持っているプログラムです。床に大きな紙を広げ、大きな筆を両手で持ち、全身を使ってダイナミックに書く。普段の書道とは異なる筋肉、異なる動き、異なる脳の使い方が生まれます。
体を大きく動かすことで、前頭前野だけでなく運動野・小脳・感覚野がいっそう広く動員されます。「書く」という行為が「全身運動」に変わる瞬間、生徒さんたちの表情が変わります。普段おとなしい子が声を出し、どこか固かった大人の体がほぐれていく。脳と体が同時に喜んでいるように見えます。



よくある質問


Q1. 書道はどのくらいの頻度でやると脳への効果がありますか?
 A. 脳トレの研究によれば、1日15分程度を毎日続けることが効果的とされています。まずは週1〜2回から始め、徐々に習慣化していくことをおすすめします。
Q2. 子どもが書道を始めるのに良い時期はいつですか?
 A. アトリエわんぱくでは就学前のお子さんから受け入れています。脳が発達する時期に手書きを習慣化することで、集中力・記憶力の土台が育まれます。
Q3. シニアでも書道教室に通えますか?
 A. はい、年齢制限はありません。レベルや経験も問いません。書きたいという気持ちがあれば、いつからでも始められます。
書道が脳に有効である、という事実は、私に改めてこの仕事の意味を教えてくれます。筆を持つこと、集中すること、自分の字を完成させること。そのひとつひとつが、脳への深いアプローチになっている。書を通して自らを表現する喜びを知り、脳と心が豊かになっていく。そんな体験を、東京都板橋区のアトリエわんぱくで、子どもから大人まで、一緒に積み上げていきたいと思っています。
書道や脳への効果についてご興味のある方、まずはお気軽にお問い合わせください。

本コラムは、書道家の河邊真(東京都板橋区・アトリエわんぱく主宰)が、書道指導と脳の働きに関する実務経験をもとに執筆しました。

著者プロフィール
河邊真(かわべしん)
書道家・アトリエわんぱく主宰
小学2年生から書道を始め、社会人になっても稽古を継続。2008年に講師業をスタートし、2024年より東京都板橋区(都営三田線板橋区役所前駅徒歩圏内)にてアトリエわんぱくを開設。就学前の子どもから大人まで幅広い世代を指導。都内小中学校での書写指導や特別支援教室専門員も務める。「歌って踊って走る書道家」として書道パフォーマンス・作品提供も行う。
最終更新日:2026年4月

お問い合わせ先
アトリエわんぱく(書道家 河邊真)
所在地:東京都板橋区
営業時間:15:00〜18:00
マイベストプロページ:https://mbp-japan.com/tokyo/shin-sheika-shodo/
公式ホームページ:https://shin-sheika-shodo.amebaownd.com/

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年齢やレベルを問わず、書きたい字を自分で決める自由な書道教室。生徒の自主性を尊重し、特性にも寄り添いながら柔軟に指導。自分のペースで通える都度払い制も導入し、安心して自己表現できる場づくりを目指します

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