LOGOS 年8月末世界市場レビュー2024
LOGOS Blog #32 今後の米国株式市場展望-注目すべき金利動向
リーマンショック後の株価形成
2008年に発生した世界金融危機(いわゆるリーマンショック)以降世界経済政策の対応は構造転換を来たしました。世界主要中央銀行が実施した異次元金融量的緩和策(QE)により金融パラダイムは変革し、以降流動性が主要国経済成長を支配しました。その結果QEは経済成長よりも資産価格の拡大に貢献しました。お金をばら撒けば当然の帰結でしょう。金融の膨張に対応すべく世界の主要中央銀行は量的緩和(QE)から量的引締め(QT)に転じた矢先にコロナ・パンデミックが発生し、それは世紀に一度生じる金融危機と同等の世紀に一度の疫病が発生。その結果金融政策はQEに舞い戻り、それに加え世界は救済措置として未曽有の財政出動に転じたのです。リーマンショック以降経済政策は景気循環論をもはや過去の遺物とし、金融政策に加え財政政策が発生する財政赤字拡大は構造的に問題を提起しない論理を訴える現代貨幣理論(MMT)が主流となりました。
リーマンショックは無尽蔵金融、コロナ禍は無尽蔵財政の世界を彷彿しました。世界経済体制はコロナ発生のショックから早急に立ち直りました。当然ながら、コロナ禍の実態経済と政策実施のアンバランスが発生し、2022年に世界株式市場は下げ相場に転じ、所謂ベアマーケットに突入し、その後2023年には早くも上昇相場(ブルマーケット)に転じたと観測されています。
しかしながら、結果として大きな不都合が発生しています。コロナ・パニックによる瞬間的な停滞から積極金融・財政出動は物資の需要を促進しサプライチェーンの逼迫をもたらし、その後コロナ禍に停滞したサービス産業のリベンジ需要を喚起し、時間のズレはあるもののインフレは一過性の現象からより長期対策を要する事態に進展しました。遅まきながら米FRBはゼロ金利政策から2022年3月以降未曽有の金利引上げを実施。15か月間で政策金利FFRは0から現在5.25~5.50%に引き上げられています。冷戦終結後世界は自由経済体制に移行し、1990年代に経済効率は高まり世界インフレは沈静化。以降暗黙の水準として世界インフレ目標は2%がコンセンサスとなりました。もともとインフレは適性水準に抑制するのが主要目標で、デフレ傾向の日本が他国と同様に2%目標インフレの引上げを掲げたのは大間違いです。
いずれにせよ、30年間2%程度で沈静化していたインフレは、コロナ禍一時的にほぼ二桁台まで上昇し、現時点で一過性の部分を除きほぼ半減程度まで低減しています。米FRBは長期的2%インフレ目標達成を堅持し、現時点では道半ばと観測。今後更なる引上げは回避されても、インフレ目標値達成は容易でなく、引き下げ実現に相当の時間を要するとの考えが主流です。引締めにも拘わらず米国経済は堅調を保ち、失業率も歴史的に最低水準の3%半ばで推移しています。現時点ではコロナ禍後の財政効果も薄れ、一時的に急上昇した貯蓄率も以前の水準にもどり、金融引締め効果が伴って今後景気が減速することが予測されています。そうは言っても景気後退に対するハードランディング説は後退し、ソフトランディング観測が主流に展開しています。企業収益も減益に転じてはいるものの、主要ハイテク企業の業績上昇等を伴い楽観論が支配しています。
然る観測の最中、予想に反し金利が10数年来の水準に上昇しています。昨年来LOGOSブログでは一貫して米10年国債金利を注目してきました。10年国債金利はリスクのない長期投資メルクマールです。その利回りが4%台に達することは株式市場に対し警戒シグナルと警鐘してきました。なぜなら、インフレの長期予測を内在しているからです。異次元金融緩和策のもと、リーマンショック以降10年国債利回りは1%台まで低下していました。過剰流動性が実質金利をマイナスに誘導した状態が長らく継続したのです。
現時点での米国株価評価
株価水準を計測する尺度で最も基本的な指数は株価収益率(PER)です。PERとは企業収益率の逆算に過ぎません。PERが20倍の場合、投下資本に対し企業の儲けである収益率5%を意味します。それに対しインフレ要因を調整したのがロバート・シラー教授開発のCAPEです。インフレ率を調整した10年平均PERです。歴史的平均CAPEは17倍で推移しましたが、1990年代以降CAPEは上昇傾向に転じ、殊に異次元金融緩和(QE)がもたらせた過剰流動性下CAPEは30倍台に大幅な変化を遂げています。そのように株価水準が長期的歴史平均の2倍強に上昇するのは道理に反します。
その通りであり、株価水準を評価するにはリスクのない投資利回りに対してどの程度リスクを取るかです。リスクのない米10年国債利回りは現在4%台です。即ち10年国債を保有すれば10年間で年率4%プラスのリターンを確実に確保できます。株式に投資すれば当然リスクを取らなければなりません。適正なリスクの度合いはリスクプレミアムと称され、株式投資に対し7%程度のリターンが期待できるのであれば、リスクプレミアムは3%となります。
シラー教授は従来のCAPEに標準金利で調整を図る過剰CAPE(Excess CAPE)を開発し新しい指数として利用されるようになりました。標準金利に対応するCAPEとなり、その指数に基づくリスクプレミアムに匹敵する株式指数の評価は2010年代3%台であったのが、コロナ禍は4%台に高まり、直近では1%台にまで低下しています。Excess CAPEの倍率は従来の30倍台から20倍程度まで低下し、現在債券利回りに対し株式の期待リターンがほぼ同等となってしまったことを示しています。
2000年来米国株価形成の諸要因
・米国GDPは2000年当時グローバルGDP比ほぼ30%に対し2022年は24%となり、中国を中心に新興国の目覚ましい経済成長下、相対的に大きく低下。それに反し、米国株式時価総額は2000~2010年世界株式時価総額比1に対し1.45と突出した株価上昇を記録し、現在の時価総額は46.5兆ドルで世界市場時価総額比42.5%に増大。
・上記のシラー教授開発の標準金利修正後のCAPE (Excess CAPE)利回りは指数開発後2019年6月以降の平均利回り3.5%に対し、現在過去最低の2.1%。換言すれば、株式市場の期待リターンが大きく低下しています。
・世界の流動性はリーマンショック後飛躍的に高まりました。中央銀行の資産規模はそれぞれ米FRBが8.5兆ドル、ヨーロッパ中央銀行が8兆ユーロ、日本銀行が740兆円、英国銀行が8.5兆ポンドとなり、ほぼ8倍に膨張しています。当時世界GDP比290%であった負債総額は現在350%に膨れ上がり、資産価格の大幅上昇の要因となっています。
・著名投資家ウォーレン・バフェット氏は株式市場の適性評価額を米国GDP比で算出し、株式時価総額がGDPを上回る倍率に対しては割高評価と判断してきました。2000年から2010年までの平均値はGDP比100%近辺であったのが現在は180%に達しています。
・米国経済成長率は大きく低下しているにも関わらず、今世紀は企業収益にとって黄金の時代でした。一方で実質法人税は継続的に軽減され、金利は恒常的に低下し、企業の金利と税負担はキャッシュフローに対し200年から2021年までで4.5%から3%未満に低減しました。米国企業収益が2000年は7,870億ドルであったのが2021年は3.5倍の2兆7710ドルに拡大しています。
今後の株価動向
株価形成の諸要因で指摘している通り、今世紀に入り20年間全ての観点から追い風に恵まれてきました。企業収益に大きな影響を与える金利及び法人税負担は趨勢的に低減してきましたが、今後は向い風に転ずるのが濃厚です。株式市場の長期展望にとっての制約要因です。
異次元の金融や財政政策の構造的効果により株価が底上げされたのは否めない事実です。それは時代的に金融市場のニューノーマルとなりました。
その最中コロナ禍インフレ要因が資本市場に新に出現しました。今後株価形成で最も重要な要因はインフレと金利です。米10年国債利回りが4%台で推移すれば論理的に株価上昇と両立しません。株価が更なる上昇を遂げるにはインフレを潜在的に織り込む金利が現在値から下がるしかないでしょう。その観点からか株式市場に警鐘が鳴らされています。