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空想の次元に陥った世界財政事情

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テーマ:投資

LOGOS Blog #31  空想の次元に陥った世界財政事情

米国は国家財政負担額の上限を設定し、それを増額するには議会の承認を必要としています。財政支出には当然ながら議会承認を必要とし、歳出総額が既に可決されていても、それ以外に総債務残高に上限を設定し、上限に達した債務残高を引き上げるには議会決議が条件となっています。ほぼ2~3年ごとに債務残高上限額の引上げは激しい政治論争となってきましたが、コロナ禍の対応として大型財政出動に対して拮抗する民主・共和両党の合意が得られてきました。結果として米国は景気後退を回避し、今年度に至ってバイデン大統領は更に大型環境対策法案を可決させ、その結果現在31.4兆ドルの債務残高上限には今月末にも到達し、それまでに残高引き上げが必至となっています。もし引上げが可決されなければ米国は国家として債務不履行に陥ります。それを回避する最終合意が得られる見通しですが、金融市場は不安定な状況に置かれ固唾をのんで行方を見守っています。今回の債務上限引き上げ騒動は世界が直面する財政課題の象徴と見るべきでしょう。

2008年に発生したリーマンショック以降、世界の主要中央銀行は異次元金融量的緩和(QE)に邁進し、世界金融体制はそれ以前には想像もできなかった金融制度を創出しました。それについてはこのブロッグで再三分析を試みてきました。米コンサルティング会社マッキンゼー社は2000年以降世界の総資産評価額は160兆ドル増加したと試算しています。換言すれば世界中で1.00ドルの投資に対し1.90ドルの負債が加算されたことです。20年少々の期間に1.00ドルの投資は3.40ドルに増大したことを意味します。当然経済成長やインフレ高進も寄与しているので、この流れは特に不思議と捉える認識が希薄でした。但し、長らく展開してきた現象に対し2大課題に直面している事態を喚起しています。その1で認識が高まっているのが、世界的に個人資産と所得格差が急拡大したことです。世界の個人及び国家間分断に大きく起因してきたことは否めない事実でしょう。その2は、長期に亘る低金利の恩恵は今後高金利の負担増に転換することです。楽観論者は、昨年以来のインフレ急騰は需給アンバランスによるサプライチェーンの歪で一過性の事態と観測しています。しかし地政学的にも国家経済的にも、分断された世界では30年間常識とされてきた恒常的に定着した2%程度のインフレが近い将来その水準に戻る可能性は極めて低くなっています。構造的インフレ要因が高まれば、10数年間定着したゼロやマイナス金利の復活は過去の産物と理解すべきでしょう。日本は例外で、金融政策正常化の選択肢はなく、異次元金融緩和を継続することが日銀新総裁のもとほぼ確実となっています。

2010年代の超低金利、低インフレ、低経済成長の環境で現代貨幣理論(MMT)が脚光を浴び正当化され、その環境下で積極財政は是認され、殊にコロナ後の景気回復には不可欠とされました。それら対策がインフレを助長し、構造化させています。楽観論者の期待通りインフレが2~3年内にもとの2%程度まで低下し再び恒常化すれば、MMT及び異次元金融緩和策は再度ニューノーマル状態として採用されるでしょう。空想の次元に陥った世界財政は、例え金利の引き下げが実現しても対応困難となるでしょう。

2011年にラインハート・ロゴフ両教授は著書「国家が破綻する」(“This Time is Different”)を出版し大反響をもたらしました。8世紀間に亙る世界諸国の国家財政状況を検証し、累積財政赤字がGDP比90%を超えると経済成長力が低くなると結論付けた書物です。今後の歴史は過去の実証例を覆すかは不明ですが、高まる財政赤字に対する対応が急務になる事は必至です。それとも恒久的な財政の垂れ流しに対し対応が必要としなくなるのでしょうか。過去の実例は戦争により過度の赤字財政が発生し、返済不能となった債務は帳消しになったか過剰インフレによる過少返済となっています。いずれにせよ、債権者は多大な損失を被ります。

さて、コロナ後の先進国の財務状況は以下となっています。
日本は2018年に累積財政赤字はGDP比232%であったのが更に拡大し今年はGDP比260%が予想されています。先進国間類の無い突出した財政赤字国です。コロナ感染が拡大した20年以降政府が組んだ補正予算は6回に及び140兆円の規模のバラマキとなりました。米国も同様に財政赤字は急増しGDP比120%となり、2030年までに年間財政赤字はGDP比7%に増大する見通しとなっています。近い将来に財政破綻を来たしたギリシャや問題国のイタリアの赤字比率を追い越すでしょう。先進国で累積財政赤字が90%を下回る国はドイツとオランダアのみです。中国を含め主要国はいずれも人口減少を抱え、そしてウクライナ戦争勃発とともに防衛費増強は喫緊と課題となっています。加えて中期的には環境対策負担も急拡大を必要とします。財政支出の膨張は不可避となり、是正策としては生産性の向上と増税以外に選択肢はありません。いずれも赤字財政の拡大に遅行するのは必至でしょう。

資本市場の取り組みとしては、新しいパラダイムの理解が必要となります。市場が注目する当面の景気、企業収益や金融政策の見通しではなく、構造的要因に着目する中長期の資本市場動向の分析に迫られているのが現状です。米国債金利動向を注目すべきです。2022年当初1.5%近辺であった米10国債利回りは現在インフレ動向を反映し3.75%まで上昇。このような金利水準が定着するとなれば、当然株式に対するリスクプレミアムも本質的に見直さなければなりません。株式市場は依然として大きなリスクを抱えているでしょう。

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専門家

伊藤武(資産運用アドバイザー)

株式会社LOGOSキャピタルパートナーズ

アメリカの大手投資銀行をはじめ、50年以上にわたる金融業界経験をもとに、個人投資家への投資助言サービスを展開。ETFを中心としたポートフォリオを作成し、「効率のよい貯蓄」としての長期投資を提案します。

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