目次
何度も治療を重ねるうちに、歯医者へ行けなくなっていた方
鏡の前で口元を隠すように笑う癖がついてしまったり、食事のときも人の目が気になって箸が進まないといったように、歯の悩みが長引くと、困りごとは口の中だけにとどまらず、毎日の暮らしや人づきあいにまで広がっていきます。
私が診療している国際ビル歯科に、あるとき50代の会社員の女性がいらっしゃいました。子どもの頃から虫歯ができやすく、大人になってからも治療を繰り返してきた方で、腫れや痛みが出るたびに歯を削り、そのうち神経を取り、やがて抜歯へと進むことが続いていたそうです。
いくつかの歯科医院に通ってみたものの、なぜその処置が必要なのかを自分で納得できないまま治療が進むことが多く、治療中のつらさも重なって、だんだんと歯医者そのものが怖くなっていったと話してくださいました。
最後には歯科医院に足を運ぶことができなくなり、誰にも相談できないまま一人で抱え込んでいたといいます。前歯も失ってしまい、人と話すときも食事のときもマスクを外せず、口の中が見えないよう手で隠すのが当たり前になっていました。
歯が抜けていく夢を見る夜もあったそうで、その頃は毎日がつらくて仕方がなかったと振り返っておられました。
歯科医院が怖いと感じている方の多くは、歯の状態そのものよりも、何をされるのかわからないまま治療が進んでいくことに不安を抱えているように思います。今回は、そうした怖さを抱えて当院を訪ねてくださった方とのやりとりを、私の立場からご紹介したいと思います。
最初の時間は、治療ではなくお話を伺うことに使いました
この方が当院を訪ねてくださったのは、「一生ご自身の歯を残して美味しく食べていただきたい」という当院の考え方に目を留めてくださったことがきっかけだったようです。とはいえ、初めてお会いしたときは疲れ切った様子で表情も暗く、診療台に座ることへの緊張がはっきりと伝わってきました。
当院では、初診の日にすぐ治療を始めることはしません。個室のカウンセリングルームで、これまでどのような治療を受けてきたのか、これからどうしたいのか、そして何をされたくないのかを、時間をかけて伺うところから始めます。
私は患者さんの気持ちに寄り添えるよう心理カウンセリングを学んできましたが、この日もまずは口をはさまず、最後まで耳を傾けることを心がけました。
伺う内容は、症状や悩みだけではありません。お仕事や生活のリズム、ご希望の予算、通える期間なども含めて詳しくお聞きしておくと、その後にご提示する治療の選択肢が、その方の暮らしに合ったものになっていきます。
お話を伺ううちに、この方は涙を流しながら、長いあいだ誰にも言えなかった思いを少しずつ言葉にしてくださいました。歯の話をしていたはずが、気がつけば仕事のことや人と会うときの気持ちにまで話が広がり、歯の不調がどれほど暮らし全体に影を落としていたのかを、私自身があらためて教えていただいた気がします。
カウンセリングを終えてお帰りになるときには、来院されたときよりもずっと穏やかな表情を見せてくださいました。
約40種類の検査で、お口の今を目に見える形にする
気持ちを受け止めたうえで次にお伝えしたのは、歯の不調を繰り返さないためには、痛む歯だけを見るのではなく、なぜそうなったのかという原因から考える必要があるということでした。大きな病院で検査を重ねて診断をつけるのと同じように、歯科でも検査にもとづいて原因を確かめていく方法があるとご説明したのです。
当院では約40種類の検査を用意しており、唾液検査や歯周ポケットの検査、噛み合わせの検査、顎の骨の状態や神経・血管の位置を確認するCT検査などを組み合わせて、お口の状態を細かく把握するようにしています。どの検査を受けるかは患者さんご自身に選んでいただけますし、結果は画像や数値を用いて目で見てわかる形にまとめ、お渡ししています。
説明の際には、レントゲン画像や検査の結果を一緒に画面で確認しながら、専門用語をできるだけ使わずにお話しするようにしています。わからないことがあればその場で何度でも質問していただけるよう、時間には余裕を持たせています。
この方は、自分の歯がなぜこうなったのかを納得できるまで説明してもらった記憶がほとんどなかったそうで、検査結果を一緒に見ながら原因を確かめていく時間を、とても大切にしてくださいました。
私が心がけているのは、誰が確かめても同じ根拠にたどり着ける、再現性のある診断です。原因がわかれば、これから何に気をつければよいのかも見えてきますので、漠然とした不安を、ご自身で向き合える具体的な課題へと置き換えていくことができると考えています。
治療法も、始める時期も、ご本人に決めていただく
当院が全職員で大切にしているのは、患者さんが最初に訴えられたお悩み、つまり主訴から離れないことです。歯科医師の側が良いと思う治療を一方的に進めるのではなく、患者さんが何に困り、どうなりたいのかを常に出発点に置くようにしています。
治療方法についても、一つの案だけを示すことはしません。複数の選択肢をご提示し、それぞれの利点だけでなく、欠点やリスク、通院期間の目安まで資料を用いてお伝えしたうえで、ご自身で選んでいただきます。歯は一度削ると元には戻せませんから、後になって悔やむことのないよう、治療の選び方そのものについてもお話ししています。
この方にも、説明を聞き、相談しながら納得して治療方法を選んでいただくこと、そのうえでご都合のよい日を選んで予約を入れ、お申し込みをいただいてから治療が始まることをお約束しました。理解と同意のない治療は行わないという当院の決まりを初めにはっきりお伝えしたことで、自分の知らないところで治療が進んでしまうのではないかという心配を、少しずつ手放していただけたように思います。
相談の時間はその後もきちんと設けており、疑問が出てきたときにはいつでもお話を伺えるようにしています。
説明を聞いたその日に決めていただく必要はなく、ご自宅に持ち帰ってゆっくり考えていただいてかまいません。迷いが残っているうちは、何度でも相談の場を設けます。
歯を通して、からだと心を見るということ
歯科医院は歯を治療する場所ですが、私は歯だけを見ていればよいとは考えていません。歯はからだとつながっていて、そのからだが心を支えています。噛む力や飲み込む力、噛み合わせの状態は、毎日の食事や会話を通じて心身の健康とかかわっており、ご自身の歯を長く守っていくことは、人生100年時代を自分らしく過ごすための土台の一つになると考えています。
予防を大切にしているのも、そうした考えがあるためです。虫歯や歯周病は原因やしくみについての研究が積み重ねられてきた病気で、ご自身のリスクを正しく知り、ご自宅でのケアと歯科医院でのケアを続けていくことが、お口の健康を保つうえで欠かせません。
歯周病は自覚症状がないまま進むことも多いため、当院では患者さんごとに担当の歯科衛生士がつき、お口の状態や生活習慣に合わせたクリーニングやアドバイスを続けています。
この方とは、いまも長いお付き合いが続いています。来院されると診療室に笑い声が響くこともあり、私たちスタッフにとっても心が温まる時間です。当院には10年、20年、30年と通い続けてくださる患者さんもいらっしゃいますが、そうした関係も、最初の一回の対話から少しずつ積み重なっていくものだと感じています。
まとめ
歯医者が怖くなってしまった方ほど、治療の前にまず話を聴き、納得できるまで説明を重ねることが大切だと私は考えています。歯の悩みを一人で抱え込んでいる方は、治療を受けるかどうかを決める前の段階から、どうぞ相談にいらしてください。
お問い合わせはこちら
https://kokusai-dc.com/contact/



