1995(平成7)年1月17日 阪神淡路大震災 兵庫県南部地震
この災害の本当の教訓とは、なんだったのでしょうか?
阪神・淡路大震災の教訓は?
いろいろな「教訓」がありました。
救助隊の到着が遅かったのではないか?防火水槽が耐震化されてなかったのではないか?阪神地区には地震が起きないという誤解があったのではないか?・・・
最初のうちは、あまりの犠牲の多さ、被害の大きさに、表面的な原因に目を奪われました。例えば、避難所の体制をもっとしっかり作らないといけない・・・という風に。
1995年8月に、地元小学校避難拠点の区側責任者を拝命。1997年から、8年間、本務で人口75万人(2026年現在)の練馬区の、地域防災計画などを担当しました。
本当の教訓とは!!
行政の内外で、災害に対応する計画を調整していくという立場にあり、一生懸命に取り組んだのでしたが、最終的には次のような考えに至りました。
災害が発生した後の対策も、とても重要ですが、そもそも論的な話で、人的被害、物的被害を出さないことに注力しないといけない、ということです。



