文部科学省・厚生労働省が推奨!幼児期の運動指針「毎日60分以上」の具体的な実践法
はじめに:現代保育現場が直面する運動課題
現代の子どもたちの運動不足は、社会全体で認識されている深刻な問題です。この問題は、保育園や幼稚園といった幼児教育の現場においても例外ではありません。多くの保育現場では、子どもたちの運動機会を十分に確保することに課題を抱えています。クラス担任からは、「いろいろな動きを経験していない」「体の操作が未熟な幼児が多い」「運動能力の低い幼児が多い」といった意見が多く聞かれ [15]、これは子どもたちの健やかな成長を願う保育者にとって、大きな懸念事項となっています。
運動頻度が少ない理由としては、園庭や遊具の不足といった「物理的な制約」が最も多く挙げられます [16]。しかし、それだけでなく、「保育者の意識や知識不足」「忙しくて時間がない」といった人的・時間的な課題も深く関わっています [16]。これらの課題は単発で存在するのではなく、相互に影響し合い、子どもたちの運動機会の質と多様性を損なう悪循環を生み出しています。
本記事では、これらの保育現場が抱える運動課題を深く掘り下げ、限られた環境の中でも子どもたちの多様な動きを引き出し、運動能力を最大限に伸ばすための具体的な運動遊びの工夫を提案します。また、保育者の専門性向上と意識改革の重要性、そして実際に成功を収めている園の事例を紹介することで、園長先生や保育者の皆様が、子どもたちの「生きる力」を育む運動環境を創造するための一助となることを目指します。
1. 保育現場が抱える運動課題の現状:場所・遊具・時間・保育
保育現場では、幼児の運動について様々な課題が認識されています。運動頻度が少ない理由として、まず「遊具や場所等物理的に不可能である」という意見が最も多く挙げられます [16]。具体的には、広い園庭やマット、三輪車などがないため、特定の動きを経験させることができないという声が目立ちます [16]。次に多いのが「保育者の意識低い、保育者の勉強不足」という理由で、保育者自身が自分の意識の低さや研修経験の少なさを反省している様子も見られます [16]。さらに、「忙しくて時間がない」という時間的な制約や、「発達段階への考慮」も理由として挙げられています [16]。
これらの課題は単なる個別の問題ではなく、物理的制約が保育者の知識不足と結びつくことで、運動機会の質と多様性が損なわれるという悪循環を生んでいる可能性が指摘されています。例えば、物理的な制約があるからこそ、保育者には「工夫」が求められますが、その知識や意識が不足していると、特定の動き(走る、跳ぶ、ぶら下がるなど)に偏り、「はう」「よける」「回る」「転がる」といった多様な動きの機会が失われる傾向が見られます [16]。つまり、物理的制約があっても、保育者の知識と意識が高まれば、創造的な工夫で多様な運動機会を生み出せるという、解決の糸口が見えてきます。
2. 「多様な動き」を引き出す環境構成のヒント:狭い室内でも
文部科学省の「幼児期運動指針」では、幼児期には多様な動きを経験させること、楽しく体を動かす時間を確保すること、発達の特性に応じた遊びを提供することの重要性が強調されています [6, 7, 17]。限られた環境でも、保育者の工夫次第で多様な運動遊びを導入することは可能です。
室内でできる運動遊びのアイデアは多岐にわたります。
0〜2歳児向け:
マットの上で寝転がったり、高低差をつけて上り下りする「マット遊び」 [18, 9]
保育者の膝の上でジャンプさせる「おひざでジャンプ」 [18]
手足を動かして触れ合う「赤ちゃん体操」 [18]など、ふれあい遊びを中心に身体感覚を養う遊びが推奨されます [18]。
また、「新聞紙ビリビリ遊び」 [9]や「感触マット遊び」 [9]で五感を刺激したり、
「荷物運びハイハイレース」 [9]や「風船トランポリン」 [9]でハイハイの成長を促したりすることも有効です。
3〜5歳児向け:
ただ走るだけでなく、保育者が追いかけることで楽しさが増す「追いかけっこ」 [18]
簡単なルールを学ぶ「だるまさんがころんだ」 [18]や「じゃんけん列車」 [18]といった集団遊びが効果的です。
さらに、「スキップリレー」 [18]や「ヘビさんジャンプ」 [18]など、頭と体を使う遊びや、「しっぽ取りゲーム」 [9]「ひっくり返し競争ゲーム」 [9]といったルールのあるゲームも盛り上がります。
これらの遊びに加えて、スポーツ庁が提唱する「36の基本動作」(「体のバランスをとる動き」「体を移動する動き」「用具などを操作する動き」)を意識的に取り入れることで、偏りのない運動経験を促すことができます [6, 7, 19]。例えば、「からだジャンケン」で全身を使ってグー・チョキ・パーを表現したり [19, 20, 21]、「新聞ジャンケン」でバランス感覚を養ったり [19, 20, 5]、「お尻歩きおにごっこ」で体幹と股関節の連動を促したりするなど [19, 21]、身近な道具や狭いスペースでもできる工夫はたくさんあります [9, 19, 22, 23, 24, 25, 20, 21, 26]。
単に運動量を増やすだけでなく、遊びの質を高めることが、神経系の発達や運動有能感の育成に直結します [6, 27, 28]。
保育者は、遊びの「提供者」であると同時に、子どもの「自発性」を引き出し、遊びの「質を深める」ための「環境構成者」としての役割が非常に大きいのです [28, 26]。
園庭や遊具が限られていても、保育者の創意工夫と専門知識があれば、室内でも多様な動きを引き出す質の高い運動遊びは可能であり、物理的な制約を言い訳にするのではなく、自らの専門性を高め、遊びのレパートリーを増やすことが、子どもの運動発達を支える上で最も重要な要素となります。
3. 保育者の専門性向上と意識改革:研修と情報共有の重要性
保育現場の課題として「保育者の意識低い、保育者の勉強不足」が上位を占めることから、保育者の知識や研修のニーズが高いことが明らかになっています [16]。保育者が幼児の運動に関する専門性を高めることは、子どもたちの健やかな成長を支える上で不可欠です。
外部講師の招聘や各種運動教育理論の導入は、保育者の知識とスキルを向上させる有効な手段です [16]。例えば、日本体育大学の児童スポーツ教育学科では、乳幼児・児童生徒の運動について、体力・運動能力の向上だけでなく、意欲的な心、コミュニケーション能力の育成、運動制御機能の発達も重視した独自のプログラムを設けています [19, 29]。このような専門機関での学びや研修は、保育者が実践的なスキルを習得し、より質の高い運動プログラムを企画・実施するための土台となります [19, 29]。
幼児体育指導者は、運動プログラムの企画・実施、基本的な運動スキルの指導、体力づくりと健康教育、保護者へのフィードバック、そして安全配慮といった多岐にわたる役割を担います [7, 30]。これらの役割を果たすためには、子どもの発達に関する深い知識と、遊びを通じて子どもの興味を引き出す工夫が求められます [30]。
4. 成功事例に学ぶ!園全体で運動習慣を育む取り組み
実際に、保育現場での運動指導の成功事例は数多く報告されています。大阪大谷大学の学生による保育園への運動遊び訪問指導では、子どもたちが「楽しんで取り組んでいた」「活気のある雰囲気」「遊びの工夫を知ることができた」と非常に好評でした [31, 32]。これは、単に「何を教えるか」だけでなく、「どのように教えるか」「誰が教えるか」が重要であることを示唆しています。年齢の近い学生の指導は、子どもたちにとって親しみやすく、運動への意欲を引き出す効果がありました [31]。
また、定期的な体操教室の実施は、子どもたちの運動能力や体力の顕著な向上に繋がり、保護者の体操の重要性に対する理解や、日常生活での運動への取り組みが増加したという報告もあります [33, 34]。
さらに、鹿児島県で実施された「幼児期からの運動習慣形成プロジェクト」では、親子を対象としたイベントが大きな成果を上げています。イベントに参加した保護者からは、「運動に興味を持ち、自らスイミングを習い始めた」「身体を動かして遊ぶ機会が増えた」「休日にはゲームよりも外で体を動かしたいと言うようになった」といった子どもの生活習慣の変化が報告されています [35]。
保護者自身も「時間が取れる時には子どもと運動するようになった」「ちょっとした工夫で様々な運動ができることに気づき、家でも子どもと遊びながら運動するようになった」といった意識や行動の変化が見られました [35]。これは、短時間のイベントであっても、保護者と子どもの双方を対象とした取り組みが、身体活動の促進や改善にプラスの影響を与えていることを示しています [35]。
これらの成功事例は、運動指導の成功が、知識や技術の伝達だけでなく、子どもや保護者の内発的動機(楽しさ、達成感、共感)を引き出す「関係性」と「参加型アプローチ」に大きく依存することを示唆しています。園は、外部人材の活用や保護者参加型のイベントを通じて、この「共感」と「参加」の機会を意識的に創出することが、運動習慣形成の鍵となります。
まとめ:園の特性を活かした運動環境づくりの第一歩
保育園・幼稚園が抱える運動課題は多岐にわたりますが、物理的制約があっても、保育者の知識と工夫次第で多様な運動機会は創出可能です。保育者の専門性向上と、子ども・保護者との「共感」を重視したアプローチが不可欠です。
| 保育現場の運動課題と解決策 | |
| 課題 | 具体的な解決策 |
| 場所・遊具の物理的制約 | - 狭い室内でもできる運動遊びの導入(例:36の基本動作を意識した遊び) [16, 9, 19] |
| - 身近な道具(新聞紙、タオル、風船など)を活用した遊びの工夫 [9, 23, 25] | |
| - 遊びの空間を創造的に広げる環境設定 [8, 16] | |
| 保育者の意識・知識不足 | - 外部講師の招聘や専門機関との連携による研修機会の提供 [16] |
| - 運動遊びに関する具体的な指導例やリーフレットの活用 [16] | |
| - 幼児体育指導者の専門性向上への支援 [19, 29, 30] | |
| 時間的な制約 | - 日常の保育活動に運動要素を組み込む工夫(常時活動の意識化) [18, 36] |
| - 効率的かつ効果的な運動プログラムの設計 [30] | |
| 多様な動きの経験不足 | - 「はう」「よける」「回る」「転がる」など、工夫が少ない動きを意識的に取り入れる [16] |
| - 年齢や発達段階に応じた多様な運動遊びのレパートリー化 [18, 9, 33] | |
| 保護者との連携不足 | - 定期的な情報共有とフィードバックの実施 [7, 30] |
| - 親子参加型イベントの企画・実施 [35] | |
| - 家庭での運動促進に向けた情報発信 [7] |
| 室内でできる運動遊びアイデア集 (例) | ||
| 遊びの名称 | 対象年齢 | 期待される運動能力・効果 |
| マット遊び、おひざでジャンプ、赤ちゃん体操 | 0歳児 [18] | 身体感覚、ふれあい、基本的な体の動き [18] |
| ボール遊び、タオルひっぱりっこ、どんぐりコ〜ロコロ | 1歳児 [18] | 追視、掴む、引っ張る、全身運動 [18, 25] |
| ケンケンパ、ティッシュキャッチ、新聞紙ビリビリ遊び | 2歳児 [18] | 片足飛び、両足飛び、手先の動き、反射神経 [18, 9] |
| 追いかけっこ、だるまさんがころんだ、じゃんけん列車 | 3歳児 [18] | 走る、止まる、ルール理解、集団行動、協調性 [18, 25] |
| スキップリレー、ヘビさんジャンプ、輪投げ | 4歳児 [18] | スキップ、ジャンプ、投げる、バランス感覚、空間認識 [18] |
| 平均台じゃんけん、ドッジボール、鬼遊び(複雑なルール) | 5歳児 [18] | バランス、投げる、捕る、避ける、戦略、社会性、協調性 [18] |
| からだジャンケン、新聞ジャンケン、お尻歩きおにごっこ | 全年齢(アレンジ) [19, 20, 21] | 全身運動、バランス、体幹、股関節の連動、瞬発力 [19, 20, 21] |
| 魔法のノリ、ペアジャンプ、脱出ゲーム | 全年齢(アレンジ) [19] | 体幹、筋力、協力、問題解決 [19] |
園の特性を活かし、保育者一人ひとりが専門性を高め、子どもたちの「遊びたい」という内発的な動機を引き出す環境を創造することが、運動習慣形成の第一歩となります [6, 28]。



