「終活」は、家族と未来を語る時間

多田進吾

多田進吾

テーマ:島時間コラム


私が20代前半の頃、父は50代で心臓病を患い、手術や入退院を繰り返していました。今振り返ると、あの時期から少しずつ、家族の間で将来の話をするようになったように思います。当時はまだ「終活」という言葉もなく、私自身も「そんな話、まだ早い」と感じていました。父がいなくなる日が来るなんて、想像すらしていなかったのです。それでも、何度か入院を経験するうちに、両親から真剣にその話をされるたび、少しずつ「自分ごと」として受け止めるようになっていきました。なぜなら、私は多田家本家の長男であり、兄弟姉妹もいない一人息子として、自然と後継者の立場にあったからです。
そして、私が30代に入ってからは、会話の内容もより具体的になりました。金庫の暗証番号、預貯金や有価証券の金額、土地や建物といった財産のことから、お墓をどうするか、母がもし認知症になった場合は施設に入れてよいのか、その費用はどうするのかまで。話し合うたびに、父が何を大切にしていたのか、どんな思いで家族を守ろうとしていたのかが伝わり、胸が熱くなったことを覚えています。父がすべてを包み隠さず話してくれたこと、そして家族としてそれを受け止める時間を持てたことに、今は心から感謝しています。
そのおかげで、父の死後も慌てることなく、葬儀、遺産分割、不動産の名義変更までを冷静に進めることができました。あのとき、父と話し合う時間を持てなかったら、きっと戸惑い、もっと不安な思いをしていたと思います。「話すのはまだ早い」と思う時期こそ、実は話せる最後のタイミングなのかもしれません。私がこの経験を通じて強く感じたのは、話し合いは「まだ早い」のではなく、「今だからできる」ものだということです。

【終活とは「生き方」を整える時間】
最近では「終活」という言葉を耳にする機会が増えました。終活とは「人生の終わりのための活動」を略した言葉で、自分の最期を迎える準備を行うことを指します。葬儀やお墓、財産相続の整理に加え、自分の人生を振り返り、これからをよりよく生きるための前向きな取り組みでもあります。遺された家族に負担をかけないこと、そして心豊かに老後を過ごすために行われる終活は、今では「死の準備」ではなく「生き方を見つめ直す活動」として広く受け入れられています。
父との経験を通して気づいたのは、終活とは「死を意識するためのもの」ではなく、「家族のこれからを考えるためのもの」だということです。父が生前に話してくれた内容は、単なる財産や手続きの話ではありませんでした。「母が困らないように」「家のことを任せても大丈夫なように」。その根底には、家族を思う温かな気持ちがありました。つまり、終活とは「残される人のための準備」であると同時に、「未来の不安を取り除き、安心へと変える行動」なのです。
とはいえ、いざ家族でその話をしようとすると、きっかけがつかめず、話し出すタイミングを逃してしまうこともあります。特に親世代の中には、「縁起でもない」「そんな話はまだ早い」と避ける方も多いでしょう。ですが、話し合いとは、何かが起きてからではなく、何も起きていない今だからこそできるものです。
終活の第一歩は、特別な準備をすることではなく、「家族で話す機会や時間を持つこと」です。
いきなり「もしもの時にどうしたいか」「財産はどのように扱いたいか」「お墓や実家をどうするか」といった本題は、切り出しにくいものです。大切なのは、焦らず、結果を急がないことです。私自身、父や母との話し合いを通じて実感したのは、話すことで家族の絆が強くなるということでした。これまで知らなかった親の考えを知ることができ、同時に、自分自身のこれからを見つめ直すきっかけにもなりました。終活とは、決して悲しい話題ではありません。むしろ、生きることと向き合い、より豊かな人生を過ごすための準備であり、家族と未来を共有するための時間なのです。

【不動産は「資産」ではなく「想いの形」】
終活の中で、最も多くの人が悩むテーマのひとつが「不動産」です。預貯金のように数字で分けることができず、そこには家族の思い出や感情が深く関わっているため、「どう扱うか」を決めることは容易ではありません。残された家族が住み続けるのか、売却するのか、空き家として管理を続けるのか。どの選択にも利点と負担があり、正解は一つではありません。私も父と何度も不動産の話をしました。「この家を残すべきか」「土地をどうするか」「管理は誰が担うのか」。父が元気なうちに具体的な意向を聞けたことは、今思えば本当に大きな意味がありました。父も母も、「この土地は守ってほしい」「ここは売却してほしい」とは言わず、「お前の好きなようにしていい」と話してくれました。
不動産は、単なる資産ではなく「想いの形」です。そのため判断を先送りにしがちですが、誰かが決断をしなければ、時間とともに管理の負担や税金が重くのしかかります。また、相続時に相続対象者が多い場合は、家族間で意見が分かれてしまうケースも少なくありません。だからこそ、元気なうちに家族で話し合うことが、何よりの備えになります。不動産の整理とは、「モノ」を片づけることではなく、「想い」を整理すること。誰に、何を、どんな形で残したいのか。その答えを見つけておくことが、家族にとって最大の安心につながります。

【日常の会話が、終活のはじまり】
私たち家族の場合は、たまたま両親も私もお酒が好きだったこともあり、よく一緒に実家でお酒を飲んだり、居酒屋へ行ったりしていました。また、年に一度ほどではありますが、意識的に家族旅行の時間をつくっていました。そうした何気ない時間を重ねるうちに、自然といろいろな話ができるようになっていきました。お墓のこと、家のこと、お金のこと。きっかけは些細な会話でも、少しずつ話題が広がり、気づけばお互いに隠し事なく、ざっくばらんに話せる関係になっていました。最初から踏み込んだ話をするのは、お互いに難しいものです。けれど、日常の中で少しずつ「過去や今」のことから話しはじめることで、「少し先の未来」のことを語り合うようになり、そこから自然と終活の会話が生まれていきます。話すことで、家族の絆が深まり、将来への不安もやわらいでいく。それが、私の経験から感じた“家族の会話の力”です。

【終活は「家族の未来」をつくる時間】
父の死を通じて学んだのは、終活とは「命の終わりの準備」ではなく、「これからをどう生きるかを整える時間」だということです。お互いの考えを知ることで、家族の絆は深まり、安心して次の一歩を踏み出せるようになります。その中でも、不動産は特に重要なテーマのひとつです。家や土地は、家族の思い出や想いが形になったものであり、単なる資産ではありません。だからこそ、「残す」「売る」「貸す」といった判断を、感情や状況に左右されずに行えるよう、早い段階で家族と話し合っておくことが大切です。
終活とは、「家族の心をつなぎ、未来を安心に変えるための時間」なのかもしれません。

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多田進吾
専門家

多田進吾(不動産仲介)

沖縄リアルエステート株式会社

東京で富裕層向け不動産仲介に従事し交渉力や提案力を磨く。沖縄移住後は宿泊施設を開業し運営ノウハウも取得。迅速かつ丁寧な対応を強みに、空き家活用から収益化の提案までオーナー様に寄り添った不動産取引を支援

多田進吾プロは琉球放送が厳正なる審査をした登録専門家です

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