ゴールデンルートを越えて ― 沖縄が変える観光の未来図

多田進吾

多田進吾

テーマ:島時間コラム


「ゴールデンルート」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
東京・富士山・京都・大阪を結ぶ訪日観光の定番ルートで、初めて日本を訪れる外国人の約6割がこのルートを巡るといわれています。交通アクセスの良さ、観光密度の高さ、言語対応のしやすさ――すべてが整った“完成された動線”です。
しかし同時に、それは「人の流れが固定化されている構造」でもあります。多くの観光客が同じルートを辿る一方で、地方や離島は“ルートの外”に置かれています。この視点に立つと、沖縄の立ち位置が見えてきます。沖縄は、ゴールデンルートから最も離れた「独立型観光地」。その位置こそが、次の観光構造変化の起点になるかもしれません。

【ゴールデンルートが生んだ「効率」と「偏り」】
ゴールデンルートは、日本観光の黄金モデルとして、長く世界中の旅行者に親しまれてきました。東京で最新のカルチャーやショッピングを楽しみ、富士山を背景に日本の自然を感じ、京都・大阪で伝統文化と食を満喫するーー。わずか数日間で「日本らしさ」を凝縮して味わえるこのルートは、初めて日本を訪れる旅行者にとって理想的な導線でした。鉄道や空港などの交通網が整備され、観光インフラや多言語対応も進んでいるため、移動のストレスが少なく、滞在満足度も高い。まさに“効率的に楽しめる日本”の完成形といえます。
しかし、その成功が新たな「偏り」を生みました。観光庁の「インバウンド旅行者周遊ルート調査(2025)」によれば、訪日外国人の約70%が三大都市圏(埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県・愛知県・京都府・大阪府・兵庫県)に集中して行動しています。つまり、多くの旅行者が“定番の日本”を体験して帰国しており、それ以外の地域にはまだ十分な観光消費が広がっていません。
この集中構造は、観光業全体に二つの課題をもたらしています。
一つは、地域間の経済格差の拡大です。宿泊・飲食・物販といった観光消費の7割が一部の都市圏に集中し、地方や離島では受け皿となる産業が成長しにくい状況が続いています。もう一つは、観光体験の均一化です。どこに行っても似たようなホテル、同じブランドのカフェ、定番の観光写真――。訪日外国人がSNSで「どの国でも同じ」と感じ始めているのは、この構造の副作用といえるでしょう。
一方で、地方・離島・農村地域には、まだ眠ったポテンシャルがあります。
地元の暮らしに根ざした体験、自然を生かしたアクティビティ、地域コミュニティとつながる宿泊体験など、“ゴールデンルートにはない日本の深さ”がそこにあります。つまり、観光の中心が「便利さ」で形成されたなら、これからの観光は「多様さ」で再構築されるべきタイミングに来ているのです。効率的に整ったルートの内側でなく、その外側――未整備の領域こそが、次の観光価値を生むフロンティアになりつつあります。

【沖縄が持つ“ルート外”の優位性】
その中で、沖縄は日本の観光地の中でもきわめて特異な存在です。本州から地理的に離れているため、東京・京都・大阪を結ぶゴールデンルートには物理的にも心理的にも組み込まれません。しかし、それは「取り残された」ではなく、「独立した目的地」としての強みでもあります。観光構造の文脈で言えば、沖縄は“日本の中の国外”という独自ポジションを確立しているのです。海と空でアクセスする島国でありながら、言語・治安・文化の安心感を保ちつつ、南国リゾートの開放感を味わえる――これは、他の地域にはない圧倒的な個性です。訪日外国人の動向を見ると、ここ数年で「初めての日本」から「2回目以降の日本」へとシフトしています。観光庁の分析によると、再訪率は全体の4割を超え、リピーター層の多くが地方や離島を目的地に選んでいます。東京や京都のような観光都市で“定番の日本”を体験した彼らが、次に求めるのは「より深い体験」「よりゆったりした時間」「地域の人との交流」といった、“自分だけの日本”です。その象徴が、まさに沖縄です。
また、LCC(格安航空会社)の就航拡大と円安効果によって、台湾・香港・韓国・シンガポールなど東アジア各国からの直行便が大幅に増加しています。那覇空港はもはや国内線のハブを超え、アジアのゲートウェイとして再び注目を集めています。2〜3時間で到着できる距離感は「気軽に行ける海外」として理想的で、特に家族旅行や短期滞在型の観光層に強く支持されています。
さらに、沖縄の魅力は“都市と自然の共存”にあります。那覇の都市機能をベースにしながら、1時間も走れば世界屈指のビーチや豊かな自然、歴史的景観が広がる。都市滞在とリゾート体験を同時に叶えられる場所は、アジアでも稀です。
観光トレンドとしても、「リゾート×文化体験」「自然×ウェルネス」「食×地域交流」といった複合型の旅が求められており、沖縄はそのすべてを内包しています。
こうした背景から、沖縄はもはや「ルートの外」ではなく、「もう一つのルートの中心」になりつつあります。ゴールデンルートが“定番の日本”を体現しているとすれば、沖縄は“感性で選ばれる日本”です。旅の目的が「有名な場所に行くこと」から「自分が心地よく過ごせる場所を見つけること」へと変わる今、沖縄はそのニーズを最も自然な形で満たせる地域といえるでしょう。観光の主流が“効率”から“感動”へ、“都市”から“離島”へ移りゆく時代――沖縄の真価は、まさにこれから試されようとしています。

【観光動線の外側にこそ、ビジネスの余白がある】
ゴールデンルートは、観光の効率化を極限まで追求した“完成形”のモデルです。誰もが迷わずに移動でき、名所や宿泊施設、交通インフラ、ガイドブック情報まで整いきったルート。そこでは、旅行者の動線が既に定型化され、宿泊・飲食・小売のあらゆるセグメントで競争が激化しています。つまり、完成された市場とは、すでに“余白のない市場”でもあるのです。京都や大阪のような成熟エリアでは、宿泊料金や飲食単価は一定の水準で安定している一方、運営コストや人件費は上昇しています。そのため、「良いものを提供すれば売れる」だけでは成立せず、予約サイトでの評価、SNSでの発信、広告投資など、あらゆる競争軸にリソースを割かねばなりません。市場が成熟しすぎた結果、“参入”よりも“維持”が難しくなる――それが、ゴールデンルートの影の側面です。
一方で、沖縄のように観光動線の外にある地域は、まだ“構築途中のエリア”といえます。観光インフラが整いつつも、土地価格や出店コストが比較的抑えられ、体験型観光やローカルビジネスを展開する余地が大きい。これは、参入を考える事業者にとってはむしろ大きなチャンスです。民泊であれば、ただの宿泊施設ではなく「地域とつながる滞在体験」を設計できます。たとえば、地元の漁師と一緒に朝食をつくる体験、地域のシーサー工房を訪ねるプラン、農園と連携した季節限定の朝食――こうした“人と土地を結ぶ宿泊”は、旅そのものの目的になり得ます。飲食や物販の分野でも同様です。
“観光地価格”ではなく“滞在価値”を感じさせる設計――つまり、旅人が「もう一度立ち寄りたい」と思える価格・品質・時間のバランスが重要になります。地元の旬食材を使ったカフェ、職人のクラフトを扱う小さなギャラリー、地元の人が通う商店の延長線にあるお土産店。こうした“地域の温度”を感じられる業態は、単なる購買行動ではなく、旅行者の「記憶」として残ります。観光の“動線の外”にあるビジネスほど、旅の印象をつくる力を持っています。効率的に整えられたルートの中では、旅の体験はどうしても“消費”に寄りますが、動線の外に踏み出すことで、“感”や“発見”が生まれます。
沖縄はまさに、その余白を持つ地域です。
定番から一歩離れた場所にこそ、観光の新しい価値が芽生えます。そして、それを形にできるのは――地域に根を下ろして事業を営む人たちなのです。

【観光構造の変化が示す、次のステージ】
日本の観光産業はいま、“拡大”から“成熟”への転換期を迎えています。観光庁の『令和6年版観光白書』によると、2023年の訪日外国人旅行者数は約2,507万人と、コロナ前(2019年)の79%まで回復しました(中国を除くと実質102%)。
旅行消費額は5兆3,065億円と過去最高を更新し、2019年比で約10%の増加。これは単なる「回復」ではなく、「質的成長」への移行を意味しています。



項目別に見ると、2023年の日本におけるインバウンド消費単価の内訳は、宿泊費34.6%が最多で、次いで買物代26.4%、飲食費22.6%、交通費11.3%、娯楽等サービス費5.1%です。2019年比では宿泊費が+4.7pt、買物代が-7.2pt、娯楽等サービス費が+1.1ptと推移しています。参考までに米国の2023年は娯楽等サービス費が13.5%と日本の約2.6倍で、体験消費の伸びしろが日本には依然大きいと言えます。



また、観光・レジャー目的の訪日外国人1人あたり旅行支出(消費単価)は、2019年の15.5万円から2023年には20.4万円へと約31%増加しました。平均宿泊数も6.2泊から6.9泊に伸びており、単価・滞在日数ともに上昇傾向です。特に宿泊費は4.4万円から7.0万円へと約59%増加しており、旅行者の支出の中心が「宿泊」と「体験」へと移行していることが分かります。飲食費も3.3万円から4.6万円へ、娯楽等サービス費も1.6万円から2.4万円へと増加しており、単なる観光地巡りではなく“体験を楽しむ旅”が主流となりつつあります。こうした変化は、観光の価値基準が「量」から「深さ」へシフトしていることを示しています。旅行者がどれだけ長く滞在し、どれだけ地域にお金を落とし、どんな体験に価値を見いだすか――その“時間と支出の質”こそが、これからの観光指標です。沖縄でも、この「質の観光」への転換が進んでいます。美ら海水族館やジャングリアのような大型施設が観光の入口を担う一方で、滞在満足度を左右しているのは民泊、地域カフェ、体験型ツアーなどの小規模事業者です。宿泊を「寝るための場所」ではなく「過ごす時間」として設計し、地域の食や文化を通じて物語を届けることが、観光消費の“深さ”を生み出しています。
次のステージに必要なのは、“人の心に残る時間のデザイン”です。
旅の中心が「観光地」から「体験地」へと移る中で、宿泊・飲食・体験事業者こそが新しい観光経済の主役になりつつあります。“量を追う観光”から“価値を積み上げる観光”へ――。その変化をいち早く読み取り、地域の魅力を「体験」として昇華できた場所から、日本の観光はもう一段階、進化していくのです。

【まとめ】
ゴールデンルートが築いた「定番の日本」は、確かに完成度の高い観光モデルです。しかし、その成功の裏で、観光の多様性が失われ、地域間の格差が広がっていることも事実です。いま求められているのは、同じ道を繰り返すことではなく、新しい道を描く視点です。沖縄は、その変化の最前線に立っています。いまは“ルートの外”にあるかもしれませんが、だからこそ描ける物語があります。その物語こそが、次の時代の観光地図を塗り替えていくのです。
観光の焦点は「場所」から「体験」へ、「消費」から「共感」へと移りつつあります。問うべきは、「何人が訪れたか」ではなく、「どんな時間を過ごしてもらえたか」。人々が“ここでしか味わえない時間”を求めて訪れる――
沖縄は、その答えを、静かに、そして確かに示し始めています。

【出典一覧】
•観光庁『訪日外国人の消費動向 2024年 年次報告書』
https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001884192.pdf
•株式会社リクルート じゃらんリサーチセンター『インバウンド旅行者の主要周遊ルート調査2025』 https://jrc.jalan.net/wp-content/uploads/2025/04/report_inbound-route2025.pdf
•観光庁 『令和6年版観光白書について(概要版)』
https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/content/001743038.pdf

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多田進吾
専門家

多田進吾(不動産仲介)

沖縄リアルエステート株式会社

東京で富裕層向け不動産仲介に従事し交渉力や提案力を磨く。沖縄移住後は宿泊施設を開業し運営ノウハウも取得。迅速かつ丁寧な対応を強みに、空き家活用から収益化の提案までオーナー様に寄り添った不動産取引を支援

多田進吾プロは琉球放送が厳正なる審査をした登録専門家です

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