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仙台の行政書士より180812心のメッセージ

菊地茂

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 本日は、仙台純福音教会の主日礼拝に出席いたします。

 今日は、佐藤優著 人生の役に立つ聖書の名言(講談社)から一節を紹介いたします。

 〈一粒の麦〉

 一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。自分の命を愛する者はそれを失い、この世で自分の命を惜しむ者は、それを保って永遠の命に至るであろう。
 「ヨハネによる福音書」12章24-25節

 ここにはキリスト教の発想が端的に表れている。
 一粒の麦は、そのままならば、いつまでも一粒のままである。しかし、土に落ちて「死ぬ」ならば、そこから芽が生えて、穂が実れば、そこから多くの麦粒が生まれる。自分が死を恐れずに行動することによって、自分の命に固執するよりもはるかに多くの成果をあげることができる。
 この前提にあるのは、キリスト教徒にとって死は、永遠の別れではなく、いずれ最後の審判のときに、死んだ人々も復活するという信仰だ。この信仰によってキリスト教は、生命至上主義を相対化する。人間は例外なく、いずれ死ぬ。この現実を理解せずに、いつまでも生きようと自己愛にとらわれる人は、決して幸せをつかむことができない。
 もっとも、命を粗末にすることをキリスト教が説いているわけではない。同じ一粒の麦でも、コンクリート舗装の道路の上に落ちたのでは、そこから芽が生えることはない。ただの無駄死には意味がないということが、このイエスの言葉からうかがわれる。

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