仙台の行政書士より250207心のメッセージ
本日は、仙台純福音教会の主日礼拝に出席いたします。
〈目的達成のために払う犠牲を恐れるな〉
種を蒔くとき、蒔いたら種がなくなってしまうから「もったいない」と、蒔くことを惜しみ、少ししか蒔かなかったらどうなるだろう。
当然のことながら、少しの収穫しか得られない。
しかし、蒔くことを惜しまずに、多く蒔けば蒔くほど、多くの収穫を期待できる。
それと同じように、どんなことであっても、期待している結果があるなら、それを収穫するためには、自ら進んで、そのために「犠牲を払う」という種を蒔かなければならない。
たとえば、その犠牲というのは、生活習慣を変えなければならないということかもしれない。
あるいは、まず先に、経済的な投資をしなければならないことであるかもしれない。
しかし、期待している結果があるにもかかわらず、そのための犠牲を惜しむなら、期待どおりの結果を得ることができないだろう。
ここに大事な原則がある。
豊かな収穫を期待するなら、多くの犠牲を払うことを惜しんではならないということだ。
豊かに蒔けば、豊かに刈り取れるのだ。
コリント人への第2の手紙9章6節



