仙台の行政書士より241130心のメッセージ
本日は午前中、建設業許可申請と心の障がい者の就労支援のご相談をお受けいたします。また午後は、「熊本復興さくら咲くプロジェクト」出発式に出席いたします。
今日は、宮下雪子先生の言葉のご紹介です。
私は自分の名前が嫌いでした。幼い頃、叔母から「雪ちゃんはね…、本当は私の家にくる予定だったんだよ」と言われたことがありました。確かに四女に生まれ、四月生まれなのに、雪子。季節柄もあっていない。雪子=「いなくてもいい子」。そう私は45年間思ってきました。
TCSに触れ、癒されてきた中で、封印してきた「自分の名前」が浮上してきました。既に父は亡くなり、実家に高齢の母が暮らしています。「そうだ、母に私の名前の由来を聞いてみよう」と心が動きました。
母に、「私が生まれたとき、『また女か…』と言ったでしょう」と尋ねると、母は大声で笑いながら「確かに言った。でもそれはあなたの姉ちゃんの時だった」という答えに、私は拍子抜けしました。「じゃ、私の名前は誰が付けたの?四月に生まれたのに雪子。あの叔母さんが付けたんでしょう…」と尋ねると、「いいや。二つの名前の中から、『雪子がいいべ』と父ちゃんと二人でつけたんだ。確かに妹にお前をあげる話もあったけど、生まれたらやっぱりここで育てようと決めたんだ」。「雪子」という名前が存在を得て、輝いた瞬間でした。
私のように、小さかった頃、大人たちの何気ない言葉を自分なりの解釈で取り込み、苦しんでいる人がおられます。もしあなたにも思い当たることがありましたら、今一度確認して見てはいかがでしょうか?新たな自分を生きる礎を築くことができます。