仙台の行政書士より241125心のメッセージ
本日は、仙台純福音教会の主日礼拝に出席いたします。
今日は、前島誠先生の言葉のご紹介です。
神が人を創造された時、神にかたどって造り、彼らを男と女とに創造された……そしてその名をアダムと名づけられた。 [創世記・5章1-2]
今回は〈アダム〉という言葉の意味についてのお話です。
引用に「その名」とあります。原文ではシェマム―彼らの名―となっている点にご注目ください。彼らとは、もちろんその前の「男と女」を指しています。
従って男だけでなく、最初は女もアダムと呼ばれていたことがおわかりでしょう。後に人祖の代表という意味合いで、男の固有名詞になったのです。
アダム(人)の語原はアダマー「土」でした。となると最初の人の名は、さしずめ「土彦」「土姫」といったところでしょうか。
アダムはヘブライ語のアルファベット文字でADMと書きますが、この語にはいくつかの意味が込められています。頭の二文字ADだけを取り出すと〈エード〉ということばになります。これは「水分・湿り気」のこと。つまり人間を構成する要素の一つは、〈潤い〉にあったのです。
潤いはラテン語でhumor(ユーモア)、自分の欠けた所を受け入れる心のゆとりでした。ここから考えると、潤いのない人は人間ではないということになるんでしょう。人とは潤いにあり―日々心にとめたいものです。