「塾ジイの日記」32 ―諦めという名の鎖を身をよじってほどいてゆく―
決戦前夜
こんにちは。出口利光(でぐち りこう)と申します。40年間進学塾で教鞭をとり、5年ほど前に定年退職しました。今では自宅のアトリエで趣味の油絵を楽しむ傍ら、近所の小中学生に勉強を教えています。最近親御さんや子ども達から学習や受験に関する相談を受けることが増えました。夏休み以降塾に入会しH高校を目指している大山良太くんが入試前日、塾の帰りに寄ってくれました。
「脳力」を信じる
「いよいよ明日じゃな」
「やっぱり怖いよ」
「そうじゃろう。それが当たり前なんじゃ。この前も言ったようにそれもH高校との出会いの一部じゃ」
「そうだったね」
☞「塾ジイの部屋」12 https://mbp-japan.com/kyoto/kyoshin/column/5152431/
「もし、難しそうな問題に出くわしたらそうすれば良いの?」
「以前模擬試験の活用の話でも触れたが、自分の「脳力」を信頼するんじゃ」
「あ、解ける問題かどうかを見極める力“選球眼”が大事だって話?」
「その通りじゃ。目の前の問題に拘るより“トータルを意識すること”が重要じゃ。常に【諦める勇気】を持ち合わせておくのじゃ。
☞「塾ジイの部屋」8 https://mbp-japan.com/kyoto/kyoshin/column/5121535/
あと、【知らないことに惑わされない】ことも重要じゃ。選択問題で迷ったら【少しでも自分が知っている選択肢を選ぶ】と比較的正解できる可能性が高い。選択肢に知らない言葉があるとついそれが正解だと思ってしまう。これは出題者のトラップ(罠)じゃ。それに引っ掛かってはならん。今まで吸収した知識、自身の「脳力」を信頼するんじゃ」
「わ、わかったよ。あと、心構えみたいなのある?」
「明日はH高校の生徒として試験会場に入るんじゃ」
「どういうこと?あ、脳を勘違いさせるってやつか!」
「そうじゃ。H高校の生徒になりきるんじゃ。WBC決勝戦で大谷翔平がチームメイトに言っていたな。『アメリカのチームを憧れてはいけない。憧れていては勝てない』と。入試も同じじゃ。夢を達成している自分に憧れてはならん。「なりたい自分にあと少しで出逢える」という高揚感をもって試験に挑むんじゃ」
「高揚感…」
究極の再現性
「あと、すごく追い詰められてテンパってしまったらどうしたら良い?」
「目を閉じるんじゃ」
「はっ?」
「目を閉じてその教科を指導してくれた先生を妄想するんじゃ」
「またいつものオカルト話が始まった!」
「目を閉じてイメージするんじゃ。『この問題、あの先生ならどう解説するかな…』と。そうすれば必ず【例の、いつものやり方】で先生がナビゲートしてくれる筈じゃ」
「例の、いつものやり方…」
「学校や塾の先生は、生徒が自分の手を離れても問題に対処できるためのノウハウを駆使して指導するんじゃ。試験会場にいる自分の生徒がどんな問題でも対応できる術を必死に研究し伝授するんじゃ。【例の、いつものやり方】でも解けない問題は、他の受験生も解けないと判断すればよい。それが先生の指導を信頼するということじゃ」
「そうなのか…」
「受験指導する教師はそういう気概と覚悟を持って指導しているんじゃ」
「君よ、輝いて挑め」
「そしてこれがわしから良太への最後の指示じゃ」
「なに?」
「明日家を出るときにお父さんとお母さんに言うんじゃ。『塾に通わせてくれてありがとう』『学校のこと色々調べてくれてありがとう』『見守ってくれてありがとう』と」
「えっ?」
「ゼッタイに言うんじゃ」
「LINEじゃダメ?」
「ダメじゃ」
「なんか…照れくさいな…」
「受験は団体競技じゃ。家族はチームメイトであり応援団じゃ。その人たちの協力無しには受験生活は成り立たん。家族や先生の協力は当たり前ではない」
「わ、わかったよ。今練習しようかな…」
「何を?」
「塾ジイ、今まで色々相談に乗ってくれてありがとう。塾ジイに出会えて良かったよ」
「そうか。わしは何にもしとらん。良太の“一粒の勇気”を後押ししただけじゃ」
☞塾ジイの部屋1 https://mbp-japan.com/kyoto/kyoshin/column/5112568/
「ありがとう。行ってくるよ」
そう言うと良太はキリっとした表情で部屋を後にした。半年前より身長が伸びていたが、それ以上に人間力の成長がその後ろ姿から感じ取れた。
感謝の晩餐会
翌朝良太のお母さんから電話があった。
「良太の様子はどうじゃった?」
「意外と落ち着いていたわ。でも、びっくりしたわよ」
「何が?」
「いきなりあの子、『今まで応援してくれてありがとう』って言うもんだから…」
「そうか」
「塾ジイ、あの子に何か言ったの?」
「いや、わしは何も言っとらん。良太も成長したな。で、良太のその言葉に何と応えたんじゃ?」
「応えようとしたら横にいた旦那が大泣きしたのよ」
「そうか(想定外だ…)」
「塾ジイにはこの半年間お世話になって感謝しているわ。何かお礼がしたいわ」
「わしは少し良太の背中を押しただけじゃ。あ、それならわしの“塾カレー”大山精肉店に置いてもらえんかな?」
「それは無理」
「やっぱりか…。あ、そうじゃ。忘れるところだった。今日以降合格発表日までに“晩餐会”をやるように」
「晩餐会?それって合格のお祝いじゃダメなの?」
「結果が出る前にやるのが重要じゃ」
「どうして?」
「不合格の場合のシミュレーションをしておくんじゃ」
「えーっ?! やっぱりあの子厳しいの?」
「いや、そういう意味ではない。合否に関わらず次の一歩を想定するんじゃ」
「次の一歩…」
「特に高校受験は結果が出た直後の行動が人生を左右する」
「えっ?そんなに重要なの?」
「そうじゃ。これまで培った学習ノウハウを継続して実践し、エンジンを回転させたまま高校に入学することが極めて重要なんじゃ」
「つまり大学受験を見据えろと…」
「その通りじゃ」
「わかったわ。じゃあその晩餐会に塾ジイも呼ぶわ」
「いや、わしは居らんほうが良いじゃろう」
「なぜ?」
「大事な家族会議じゃからな。わしみたいな酔っぱらいは用無しじゃ」
「そうなの。残念だわ」
「旦那さんに伝えておいてくれ。『今度〈きさらぎ〉で山崎のボトルキープよろしく』と」
「そっちの方が高いやないかーい!!」
*この記事はフィクションです。人物名はすべて架空のものです。
いよいよ大山良太くんの挑戦の時がやってきました。彼が中3の夏休みに部活を引退して以来、お母さんやお父さんと味わってきた経験は平坦な道のりではありませんでした。
良太くんの成績がなかなか上がらず、本人やお母さんがH高校を諦めかけたこともありました。それでも塾ジイは常に寄り添いながら叱咤激励を続けました。受験勉強は【他人に援助を乞い、解決策を模索する】絶好の機会です。その経験を通して問題解決能力が醸成され、自立した人間への階段を上がっていけるのです。そういう意味では、塾ジイのような指導者との出会いは人生を左右する程のインパクトがあるように感じます。
「わしは良太の“一粒の勇気”を後押ししただけじゃ」という塾ジイのセリフは、塾講師の本質をついています。良太の背中を押した掌には“教務力”“統率力”“発信力”“人間力”等様々なスキルが凝縮されています。特に“教務力は”試験場の生徒が【例の、いつもの方法】で設問と対峙できる【再現性】を伴った指導が大きな鍵になるんですね。
さて、良太くんの合否結果はどうなるのでしょうか?そして彼は今後どのような成長の階段を上っていくのでしょうか?
それは読者のみなさんのご想像に委ねたいと存じます。
大山良太くんのシリーズはこれでおしまいです。今後も塾ジイの様々な生徒や親御さんとの関りを掲載いたします。また、新たな塾ジイシリーズも近日スタートいたします。
最後までお読みいただきありがとうございました!
全ての受験生諸君のご健闘をお祈りしております。
*参考文献:人生を変える「心のブレーキ」の外し方 石井裕之 著
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