「塾ジイの日記」32 ―諦めという名の鎖を身をよじってほどいてゆく―
質問力と学力の関係
こんにちは。出口利光(でぐち りこう)と申します。40年間進学塾で教鞭をとり、5年ほど前に定年退職しました。最近行きつけの飲み屋さん【きさらぎ】の定休日に店を間借りして、ちょっとだけバーテンダーをしています。私の前職を誰から伝え聞いてか、仕事帰りのお客さんから子どもの学習相談を受けることが増えました。今日も【きさらぎ】の常連客で飲食店を経営している草間さんが娘の紗弓さん(中2)が通う塾についての相談をしにやって来ました。酔いに任せてちょっとヒートアップしています。
質問するのは良い生徒?
「だいぶ酔っているな。大丈夫か?」
「仕事も家庭も大変だよ。原材料費の高騰で仕入れ値が跳ね上がって売値を維持出来ないんだよ!」
「飲食業界は特に大変じゃな。で、何飲む?」
「ボトルをキープしているんだ。あそこのダバダ火振(栗焼酎)」
「すごいな!一升瓶でキープしているのか?!」
「それでも一週間もたないんだよ」
「一升瓶を一週間!しかも週一しか来店していないから一日で一升じゃないか!飲みすぎじゃ。ボトルキープする意味が無いんじゃないのか?」
「塾ジイに言われたらおしまいだな」
「ところで紗弓ちゃんは元気か?」
「最近大変なんだよ。バレーボール部のキャプテンに任命されたとかで帰宅が遅くなって塾へ行くのがいつもギリギリなんだよ」
「あるあるじゃな。ここからの一年間は紗弓ちゃんにとって正念場じゃ。ここでちょっと頑張っておくと一年後良いことがあるかもしれん」
「良いこと?」
「進路の選択肢が広がるということじゃ」
「なるほど…。今日は塾ジイに聞いてほしいことがあって来たんだよ。紗弓が通う塾にクレームをつけようかと思って」
「ほう、どんなことじゃ?」
「社会の先生に質問をすると『自分で調べなさい』って言われたみたいなんだ」
「なるほど」
「これっておかしいよね?!高い授業料払って行かせているのに。先生は質問する生徒をむしろ褒めるべきじゃないの?」
「本当に『自分で調べなさい』って言われたのか?」
「紗弓からはそう聞いたけど」
「おそらくその先生は『先ずは自分で調べなさい』って言ったんじゃないのかな?」
「先ずは?」
「もしそう言われたなら、その先生はむしろ有能な指導者じゃ」
「えっ!どういうこと?!」
理解のボーダーライン
「生徒が先生にする質問には次の2つのタイプがある。
①習ったことの意味がわからないからする質問
②問題の解き方がわからないからする質問
①は【授業や復習にしっかり取り組めている】のが前提じゃ。これは自分で“何がわかっていないか”を認識出来ているということじゃから学力向上に繋がりやすい。問題は②のパターンじゃ」
「解き方がわからないから先生に質問するのは当たり前だよ!」
「まあまあ、落ち着け。この“わからないから”がクセもんなんじゃ」
「わからないものはわからないんだよ!」
「わかろうとしたのかな?」
「えっ?!」
「わしは経験上“すぐに質問する生徒の学力は伸びにくい”という仮説を持っている」
「躊躇することなくすぐに疑問点を解消しようとすることはダメなの?」
「“疑問点”ってどういうことじゃ?」
「考えてもわからないことだろ?」
「考えたのかな?」
「何が言いたいんだよ!」
「自分の頭で考えたりテキストで調べたりしたうえで『ここまではわかるけど、ここからがわからない』という境目、つまり“理解のボーダーライン”が明確になっているか否かで質問する成果は大きく左右される」
「何でもかんでも質問するなってことか…」
「平たく言えばそういうことじゃ。紗弓ちゃんが先生にどう言われたのかを確認したうえでやはり『自分で調べろ!』という言い方をされたのならクレームを言うのも良かろう」
「なるほど…帰って紗弓に訊いてみるよ」
◆◆◆一週間後◆◆◆
「この前の件、塾にクレームを言ったのか?」
「いや、塾ジイに相談して良かったよ。塾ジイの言った通り『先ずは自分で調べて、それでもわからなければテキストとノートを持って質問に来なさい』って言われたみたいだ」
「そうか。良い先生に見てもらっていて良かったじゃないか」
「そうだね。でも塾ジイも昔同じような対応をして親からクレームを受けなかったの?」
「何回もあるな。親御さんどころか同僚の先生からも『質問してくる生徒を無碍に扱うなんて信じられない!』って言われたもんじゃ」
「そんなときはどうしたの?」
「『問題解法についての質問対応は知識のアウトプットの手助けだ。教師が手とり足とり教えてその場でわかったように見えても真の理解には繋がっていない』と都度言っていたな」
「なんか塾ジイ今夜はええこと言うなあ」
「多分このダバダ火振のおかげじゃ。もう一杯飲んで更にレベルアップじゃ」
「このペースだと一週で二升ペースになりそうだ…」
*この記事はフィクションです。人物名等はすべて架空のものです。
親御さんの立場から見れば「子どもの質問に懇切丁寧に答えてくれる先生こそ良い先生だ」というイメージをお持ちかもしれませんが、そうとは言い切れない場合も多々あるんですね。私は問題を一目見ただけで「最初から解き方を教えてほしい」という生徒さんの要望には応えないようにしていました。その場で理解させたように思えても、全く意味をなさないことが明白だからです。先ずは自分で考え、調べることで理解の欠落部分を認識させ、それを補充してあげることが真の理解に繋がるのだと確信していました。ですから、「わからないことは先生にすぐに質問しなさい」というアドバイスや指導は、場合によっては逆効果にもなり得ると思います。そのあたりの状況を踏まえて学校や塾の先生とやり取りしていただくと効率的な学習方法が見えてくるかもしれません。
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