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岩手医科大学 臨床教授 歯学博士 佐藤 一裕
令和7年11月18日 筆
1987年、私が北上市にて歯科医院を開業した当時、この地には今よりも牧歌的で大らかな気風が漂っていました。本年をもって、私が歯科医療に携わり約40年を迎えることになりますが、この間、記憶に残るいくつかの出来事がございます。
申すまでもなく、私はこれまで数多くの患者様方の温かいご支援とご教導を賜り、今日まで研鑽を積むことができました。一つ一つのエピソードは、私にとってかけがえのない財産であり、心より感謝申し上げます。
これらのエピソードは、私が開業間もない未熟な頃の記憶に基づいておりますため、事実と相違する点があるかもしれません。70歳を迎える一歯科医師の述懐として、ご寛恕いただければ幸いです。
当時は、歯科治療の一環として、患者様の義歯や修復物に使用されていた金属を取り外したり、再利用が不可能になったりすることが多々ございました。現在よりも金属を用いた歯科治療が主流であった頃、「これまで使用されていた銀歯は処分してもよろしいでしょうか」と患者様に確認することは、慣例となっておりました。
患者様側にも、古くなり破損した銀歯をわざわざ持ち帰る必要性を感じない方が多かったのが実情です。
ある患者様にも同様に「古い銀歯は処分いたします」と申し上げたところ、「捨ててください」とのご返事をいただきました。無事、新しい修復物を装着し、治療は完了いたしました。ところが、治療終了から約半年後、その患者様が再び来院され、「治療前の銀歯を返してほしい」とご要望されました。
医療廃棄物の取り扱いが今ほど厳格でなかった当時、廃棄物の回収も頻繁であったため、当然ながら私は治療前の銀歯を保管しておりませんでした。
その旨を説明したのですが、「預かってもらっていると思っていた」と、患者様は納得のいかないご様子でした。最終的に、駐在所の方にお出ましいただき、事情を説明して事なきを得ましたが、後日、駐在さんから「先生、抜いた歯なども法的には患者さんの所有物となるようです」と助言をいただきました。
1980年代当時、義歯(入れ歯)製作の治療は、現在よりも頻繁に行われていたように記憶しております。ある男性患者様に対し、義歯の製作について説明し、治療を進める運びとなりました。その後、最初に製作した義歯の調整や手直しを15年ほど繰り返してまいりましたが、さすがにその義歯も耐用年数を大幅に超え、傷みが目立つようになってきました。
私は患者様に新しい義歯の製作をご提案したのですが、「20年も経つが、お前はだんだん腕が落ちているのではないか」という厳しいお叱りを受けました。患者様にとってみれば、「一度入れ歯を作れば、その後は何でも噛める状態が永続する」と信じていらっしゃったのです。
私自身、治療の「時間軸」が患者様と共有されていなかったことを深く反省いたしました。私が「最低でも5年〜10年」と考えていた義歯の寿命を、患者様は「20年〜30年」という非常に長い時間軸で捉えていらっしゃったのです。
先の二つの出来事から、普遍的かつ絶対的な教訓が直ちに導き出せるわけではありません。患者様はそれぞれ固有のご事情をお持ちであり、個別具体的な事例から、すべての医療行為に適用できる一般論を無理に導き出す必要はないでしょう。
しかしながら、この二つのエピソードは、私が2000年代に臨床研修施設管理者や大学での学生教育補助に携わっていた頃、若い歯学生や研修医たちに折に触れて語り聞かせた大切な思い出として、私の胸に残っております。
今では直接、学生や研修医と接する機会も少なくなりましたが、これらは歯科医師という職業に留まらず、人と人との関わりにおける心構えの重要性を改めて示唆する事例であると確信しております。
「歯牙の帰属」の件は、医療提供者側の法的・倫理的な配慮の欠如を痛感させ、「義歯の期待」の件は、医療提供者と患者様との間にある「認識のギャップ」を埋めるための対話と説明責任の重さを教えてくれました。
医療とは、高度な専門技術を提供する行為であると同時に、患者様の期待、不安、そして背景にある人生に深く関わる人間的な営みです。この40年間の経験を通じて、患者様一人ひとりとの対話を重んじ、その心に寄り添う姿勢こそが、技術の研鑽と並ぶ歯科医師の真の矜持であると確信するに至りました。
この雑感が、読者の皆様にとって、過去を振り返り、未来の医療を考える一助となれば幸いに存じます。
ライター 佐藤 一裕
昭和33年 旧江釣子村 生まれ
昭和59年 岩手医科大学歯学部卒
昭和61年 岩手医科大学助教
昭和62年 北上市江釣子に開業
平成14年 岩手医科大学歯学部専攻生
平成24年 歯学博士
平成26年 岩手医科大学臨床教授
平成28年 北上インプラントデンタルオフィス 院長就任
令和4年 医療法人翔陽会 非常勤理事



