戦前陸軍における歯科医
私が高校生の頃、進路選択を吟味する余裕はありませんでした。定期テストや模試、部活動に追われていたように思います。そして、残念なことに多様な未来から「これだ！」という道を切り拓けるほどの能力も気概もなかったのです。
大学を卒業して約10年がたち、あらためて歯学部を選択することはいいことなのか？を考えてみました。多くの場合で医学部との比較がもっぱらのテーマになりがちです。しかしながら、歯科医師は医師とは全く別のものであり、仕事内容や教育は一部重なる点もありますが、医師を目指して歯科医師を選ぶのは筋が違うということです。これは現役歯科医師（口腔外科系の先生に多い）からもよくミスアナウンスされている話題かと思いますが、私は病院歯科にいた時も、そして開業してからも多くの医師の先生と仕事を共にしてきましたが、彼らが私たちの仕事を肩代わりすることはできませんし、反対に医師の代わりを私たちがすることもできません。両者は完全に異なる職業であり、一部で協力関係にはあるものの、完全な互換性はないのです。
以上を大前提におきまして改めて歯学部を選択すること、を考えてみます。これもまた歯科医師という職業特性と今後について正しく語れる人があまりに少ないように思います。特に歯科医師過剰、歯科医師不足の神学論争はその最たるものですが、現状だけでいえば数の上からも、ニーズの上からも、歯科医師は過剰です。ただし、過剰であるから職業的な魅力に欠けるとか将来は暗いとか言う話にはなりません。将来の見通しについても、勤務医vs開業医で認識が異なってしまい、バイアスがかけられて一般の、ましてや高校生にはわかりにくい話となってしまっています。もちろん、歯科医師の8割が開業医ですから、その開業医の顔ぶれも様々であり一概に歯科診療所開業について成功や失敗を評価するのは難しいものがあります。
例えば、歯科医師は病院や大学、公的機関のポストが少なく、一部の人を除き大多数は開業しなくてはなりません。キャリアの最終形態が開業であることが、受験生や保護者にとってそのリスクを考えると、歯学部進学を躊躇する理由かもしれません。営利を主目的にしないとは言えサービス業ですから競争も激しく、国からの診療報酬も低く抑えられていることだけ見たら歯科医療は斜陽産業という向きもあります。
歯科医師は確かに成長する見込みが低い業種ですが、言い換えれば安定産業だということでもあります。日進月歩の医学に比べ、歯科医学は一部の先端歯科医療を除けば保険診療の中身は40年前からあまり変わっていません。受験生にとっても、国立大歯学部でさえ全学部で比較したら入学が容易いほうですから、まずは浪人の危険性を排除できます。私立大は開業医子弟の後継者養成校ですが、17校もありますしそれだけ子弟を歯医者にさせたいと願う親がいるのは紛れもない事実です。国家試験も難しいと言われていますが、それでも6割受かるのです。毎年1割〜2割しか受からないような難関国家資格は他にいくらでもあります。そして、歯科医師になれば勤務医、開業医問わず生活に困るという人を私は見たことがありません。私自身、開業してみて何度も苦しい目を見ましたが、その都度周囲の支えもあってなんとか乗り越えてきました。
今は働き方改革や個人の自由になる時間、プライベートの充実が重要視されています。一般的な歯科医院は基本的には予約診療制で1日の患者数をコントロールできますし、基本的に夜勤も緊急呼び出しもありません。小さくて、細かい作業のために非常に神経を使いますが体力勝負かというとそうではないため、男女差もないし、体が丈夫がどうかもそんなに気にしなくてすみます。大学や大きな病院に所属せずとも、セミナーや様々な勉強会が全国各地で催されており、今ではその大部分がオンラインで完結しますので生涯学習も容易です。子育て中や子育て後の仕事復帰もしやすいのではないかと思っています。
歯学部は、30代・40代を過ぎてから目指しても遅くないと私は思っています。時間をかけ、家庭と勉強のバランスをとりながらゆっくりと学ぶことができます。歯科医師という仕事は、特殊で独自性豊かです。歯科業界はタイトな文化が根強いですが、それでも少しずつ着実に変革しています。その強みにフォーカスしてもいいかもしれません。
