デザインを買う、デザインすることを買う
1|収納を増やす前に考えたいこと
60歳という年齢は、
何かが終わる時ではなく、
これからの時間を自分の意志で選びなおす時期です。
広島で設計の仕事をしていると55歳から65歳の方から、
住まいのリノベーションや住み替えの相談をよく受けます。
子育てが終わり、
仕事も少しずつ役割を変え、
これからの暮らしをどのような住まいで過ごすかを考える時期です。
そのとき、多くの方が口にされるのは収納についての相談です。
物が増えてしまったので、
収納を増やしたい。
使いやすく整理したい。
それは自然な願いです。
テレビで設計士の仕事が紹介されるときも、
いかに工夫された収納をつくるかが一つの見どころになっています。
けれど私は、その相談を受けるたびに思います。
本当に必要なのは、収納を増やすことではなく、
自分にとって大切な物を見つめ直すことなのではないか、と。
2|日本の住まいが持っていた、物との距離
日本の家では、
作り付けの家具ですべてを収めるのではなく、
使わないものは蔵や納屋にしまい、
日常の空間には必要なものだけが置かれていました。
季節に応じて使うものを入れ替え、
物を生活の中心から少し離しておくことが自然に行われていました。
無理に物を置かず、
必要なときだけ迎え入れる。
役割を終えれば再び離す。
この距離感が、住まいを整え、暮らしを軽やかにしていたのです。
これは、リノベーションや小さく暮らす設計を考えるときにも同じです。
物と自分の距離を整えることが、
これからの暮らしを身軽にしてくれます。
3|döstädningと小さな暮らしへの思索
スウェーデンの「döstädning(ドスタニング)」という言葉をご存じでしょうか。
人生の終わりに向けて、自分の持ち物を整理することです。
残された家族が困らないための行為ですが、私はこう考えます。
これは終わりのためではなく、
これからの自分の時間を軽やかに生きるための行為だ、と。
広島のまちには、長く住み継がれてきた家が多くあります。
親や祖父母の世代から受け継いだ物も、今も静かに残っています。
しかしもしこれからワンルームや小さな部屋に引っ越すとしたら、
何を持っていくでしょうか。
長く使ってきた椅子や本、思い出の品。
本当に大切なものは、それほど多くないことに気づくかもしれません。
物を減らすことで、
空間だけでなく、心も暮らしも軽くなります。
小さく暮らす設計の考え方は、
物を減らすことから始まるのです。
4|住まいはこれからの時間を支える場所
家には名義があります。
しかし物の多くには名義がありません。
いつのまにか増え、住まいの中に残り、
やがてそれをどうするかという問いが自分に返ってきます。
リノベーションや住み替えは、
設備を新しくする機会であると同時に、
物と自分の関係を見つめ直す機会でもあります。
何を残し、何を手放すかを選ぶこと。
それが、住まいを軽やかにし、
人生を身軽にしてくれるのです。
住まいは、物を収める場所ではなく、
自分の時間を支える場所。
これまでの時間を受け止めながら、
これからの時間のために、物と家と自分の関係を少しずつ整えていく。
人生の後半を、自分の意志で
軽やかに設計していくこと。
それが、最も豊かなセカンドライフにつながるのだと思います。




