2025年の総括/文明・構造(思想)編
生活短観
今は、どこもかしこも補助金だ。
とにかく補助金を出すのが政治みたいになっている。
いつからこうなってしまったのか?
こうなると、ほぼ全員、補助金目当ての行動になる。
「補助金があるからやる、なければやらない」
補助金自体は悪ではない。
どうしてもやるべき事業・分野だが、
民間だけでは負担が重すぎる場合、有効だ。
特定の分野への投資促進など、政治誘導も可能だ。
中国のEVはその最たるもの。
EVに補助金を出して、一気に世界一になった。
しかし、実体は、、、
実際に売れなくても、登録されれば補助金が出るらしく、
この制度を悪用し、あちこちに新車の墓場が出来た。
EVだから良いわけではないが、
これが「子供」だったらと思うと、
ちょっと怖い。
出生率改善政策という禁じ手
少子化対策として、国や自治体はさまざまな施策を打ち出してきた。
出産一時金、給付金、無償化、各種補助。
いずれも「子育て支援」という名で括られている。
市町村ごとに支援内容は一覧化され、
金額や条件は簡単に比較できるようになった。
結果として、
より手厚い支援を行う自治体へ人が移動する。
この動きは、すでに珍しいものではない。
なぜ不可解に見えるか
本来、少子化対策の目的は、
・地域の持続
・家族形成の安定
・定住の促進
にあったはずである。
しかし現実には、
・出生率は大きく改善しない
・自治体間の競争が激化する
・財政負担だけが増える
・定住ではなく移動が促される
支援を厚くすればするほど、
目的から遠ざかっているように見える。
それでもなお、
「もっと支援を」「さらに手厚く」という声は弱まらない。
即時報酬構造による再解釈
出産・子育て支援は、
すでに即時報酬として受け取られる構造に入っている。
・金額が明確
・比較が容易
・受け取りが早い
・善悪判断が不要
この条件が揃うと、人は考えなくなる。
考える必要がなくなる。
「正しいか」ではなく、
「多いか少ないか」で判断される。
これは知性の問題ではない。
集団の中では、誰もがそう振る舞う。
その結果、出生は、
未来への遅延投資ではなく、
条件付きで回収できる行為
として扱われるようになる。
結果として起きている現象
この構造のもとで、次のことが起きる。
・支援条件を基準にした自治体間移動
・一時的な出生数の増減
・条件が変わった瞬間の離脱
・支援の“当然化”
・さらなる条件競争
ここで重要なのは、
これが誰かの悪意によって起きているのではない点である。
人は、
・分かりやすいものに反応し
・多数が選んでいる方に寄り
・損を避ける判断をする
それだけである。
この反応は、
個人の資質ではなく、集団の性質だ。
なぜ「禁じ手」なのか
一度、即時報酬として設計された制度は、
引き返すことができない。
減らせば反発が起きる。
やめれば「奪われた」と感じられる。
つまり、
即時報酬を導入した瞬間、
政策は“調整不能”になる。
この意味で、
出生率改善のための即時報酬政策は、
禁じ手である。
効果がないからではない。
効いてしまうから、禁じ手なのである。
ここでは解決しない
ここで、
・制度設計を見直せ
・公平に配れ
・金額を調整しろ
といった提言は行わない。
この章で記録するのは、
即時報酬文明において、
人は集団化した瞬間に判断を放棄し、
分かりやすい報酬に合理的に反応する
という事実だけである。
私自身も例外ではない。
この構造の外にはいない。
だからこそ、
この政策は失敗ではなく、
文明の性質がそのまま表出した結果として扱う。
大好きな炭水化物よ、さようなら!



