自虐という呪いは否定と拒絶の言葉から生まれる
みなさんは、幼い頃想像していた自分と現在の自分は近いですか?
どんな自分を想像していたか忘れた人も多いと思います。
「三つ子の魂百まで」という古いことわざがあります。
源氏物語では「才能」のような意味で表現されていたのが語源という説もあるようですが、一般的には「幼少期の人格は基本的に何歳になっても変わらない」という意味で使われています。
人格は自我への感情の蓄積によって構成されるというのがこの理論の前提なので、記憶喪失にでもならない限り、リセットされることはありません。
一度生まれた感情は、経験を重ねることで上書きされ強くなります
たくさんの感情が生まれた人は感性が豊かになるし、少なければ本能に近いシンプルな感情が表れやすくなります。
幼い頃の事故の他に、小学生時代にもう2回ほど交通事故に遭っているのですが、擦り傷程度だったこともあり、親に否定されるのが嫌で事故のことを隠していたことがありした。
結局はそれが発覚したときに、隠していたことを否定されることになります。
幼少期はそのくらい逃げてばかりいましたが、約30年間の社会経験で多くの人と出会い、想像もしていなかった荒波に揉まれたことで、呪いから逃げることは無くなりました。
言葉の扱い方を自分なりに身に付けたからです。
2025年、今放送されている名作ドラマの続編「ちはやふる-めぐり-」で、前作の主人公のひとりが再登場し、かるた大会に出場する生徒たちに贈った言葉があります。
「過去の選択は悔やんでもやり直せませんが、それを正解にしていくことは今からでもできます」
原作漫画と映像化の両方のファンなので、この言葉に感動してしまいました。
おそらくどこかの場面で使わせて貰うと思いますし、ここにも書いておくことにします。




