散骨と世代間ギャップ~家族で考える供養のかたち~
シンガポールで進む高齢化と年間死亡者数の増加
シンガポールは都市国家として発展を遂げてきましたが、その一方で人口の高齢化が確実に進行しています。
国の統計によると、2024年には年間およそ2万5千人が亡くなりました。さらに2040年には約4万人に増加すると予測されています。限られた国土の中で、増え続ける死亡者をどのように見送り、どのように埋葬していくかが大きな社会課題となっています。
シンガポールの伝統的な葬送方法は、火葬後に納骨堂へ安置する形式が一般的です。しかし高齢化の進展にともない、既存の火葬場や納骨堂だけでは対応が難しくなってきました。人々が安心して大切な人を見送るためには、施設の整備や新しい供養の形が求められていました。
そこで国家環境庁(NEA)は、火葬需要の増大と多様な供養ニーズに応えるため、2025年8月15日に新たな内陸散骨施設を開業しました。それが「マンダイ北火葬場(Mandai North Crematorium, MNC)」と「ガーデン・オブ・セレニティ(Garden of Serenity, GOS)」です。
シンガポール初の内陸散骨施設「ガーデン・オブ・ピース」の誕生
実はシンガポールでは、これに先立ち2021年に国内初の内陸散骨施設「ガーデン・オブ・ピース」が開設されています。緑に囲まれた庭園のような空間で、遺灰を散骨して自然に還すことができる場所です。
利用には事前予約が必要で、当日はNEAのスタッフが立ち会います。宗教的な儀式や供物は禁止されており、シンプルな形で散骨が行われます。
敷地内には散策路があり、そこから散骨を行います。華やかな祭壇や演出はなく、鳥のさえずりや風の音、木々の緑に包まれながら静かに手を合わせる時間が流れます。派手さよりも、「ありがとう」と伝える落ち着いたひとときを大切にした場所です。
ガーデン・オブ・ピースは、土地の制約が大きく納骨堂が不足しがちなシンガポールにとって大きな支えとなりました。新たな土地を必要とせず、費用負担も軽いため、これまで納骨堂に頼っていた人々にとって現実的な選択肢となっています。
マンダイ北火葬場と「ガーデン・オブ・セレニティ」の開業
NEAはガーデン・オブ・ピースに続き、新たな施設づくりを進めました。
そして2025年8月15日、「マンダイ北火葬場」と「ガーデン・オブ・セレニティ」を正式に開業。約2.4ヘクタールの敷地に整備された両施設は、増え続ける火葬需要に対応する新たな供養の拠点としてスタートしました。
「マンダイ北火葬場」は最大18基の火葬炉を備え、6つのサービスホールを設置。遺族が故人を見送るための閲覧ホールや、棺を運ぶ自動搬送車(AGV)も導入されています。遺灰収集センターではセルフ方式で遺灰を受け取れる仕組みを整備。開業時点では火葬炉9基とサービスホール3室を稼働させ、今後の需要に応じて順次拡大していく計画です。
火葬から遺灰収集までを一括で管理できるシステムが導入されており、遺族が安心して利用できる設計になっています。建物も環境に配慮されており、屋上緑化や植栽、床下冷房システムの採用、さらに低炭素コンクリートの使用など、持続可能性を意識した構造が特徴です。これらの取り組みが評価され、建設局(BCA)から最高ランクである「Green Mark(プラチナ)」認証を受けました。
隣接して設けられた「ガーデン・オブ・セレニティ」は、ガーデン・オブ・ピースに続く国内2か所目の内陸散骨施設です。自然の庭園をイメージした設計で、園内には散策路や散骨専用レーンが整備されています。訪れる人が歩きながら心を落ち着け、静かに祈りを捧げられるよう工夫されています。敷地内には池のように見える雨水調整池もあり、防災機能を兼ねながら景観の一部としても調和しています。
ガーデン・オブ・セレニティは、ガーデン・オブ・ピースで得られた経験をもとに、より規模が大きく充実した施設として整えられました。都市国家シンガポールにおける新しい散骨の場として、多くの人の利用が期待されています。
シンガポールの多死社会に備えるマンダイ北火葬場と内陸散骨施設の役割
マンダイ北火葬場とガーデン・オブ・セレニティの開業は、これから多死社会を迎えるシンガポールにとって大きな意味を持っています。内陸散骨施設は、土地の制約を解消するだけでなく、「自然に還りたい」という人々の願いにも応える新しい供養のかたちです。宗教や形式にとらわれず、緑の中で静かにお別れできる場があることは、多くの遺族にとって心の支えになるでしょう。
NEAは今後も、人々が尊厳をもって大切な人を見送れるよう、必要な施設やサービスを整備していくとしています。ガーデン・オブ・ピースに続き、マンダイ北火葬場とガーデン・オブ・セレニティが加わったことで、内陸散骨という新しい供養の選択肢がさらに広がりました。
大切な人をどう見送るかは、残された家族にとって大きなテーマです。新たな施設の誕生は、それぞれが自分に合った方法で、心を込めて別れを伝えるきっかけとなっていくでしょう。



