20代・30代が始める終活とデス活のリアル~人気の終活スナックやラストレターとは?~
模範的な老後に違和感?
日本における「老後の過ごし方」といえば、真面目で慎ましい生き方が理想とされてきました。
健康に気を配り、地域とのつながりを大事にし、年金で節約しながら暮らす。社会貢献に努め、終活やエンディングノートの準備にも前向きに取り組む。こうした「模範的な老後像」が、社会やメディアを通じて知らぬ間に押しつけられてきたように感じることはないでしょうか。
しかし、それが本当に自分にとって心地よい生き方なのかは、また別の問題です。
定年後にやることが見つからず、孤独を感じる人。地域活動に馴染めず、家族との距離感に戸惑う人。「自分の人生は何だったのか」と思い悩み、不安を抱え続ける人もいます。模範的とされる老後の姿に違和感を抱きながらも、世間体や常識に縛られ、自分らしく生きることに戸惑う人も少なくありません。
そんな中、「老後の固定観念」にとらわれず、自分らしく楽しんでいるのがイラストレーターでエッセイストの みうらじゅんさん です。
仏像や昭和のマイナー文化といった「好き」を追い続けてきた彼は、年齢を重ねた今もその感覚を大切にしています。誰かの理想に合わせるのではなく、自分にとって心地よい老後を生きる考え方を、著書『アウト老のススメ』で語っています。
「アウト老」に込められたみうらじゅんの価値観
みうらじゅんさんは70歳を目前に、がん手術という節目も経験しました。そのうえで語るのは、
「無理に若く見せるより、老いを楽しんだほうが自由になれる」
という言葉です。
彼が大切にしてきたのは、「人の目を気にせず、自分が面白いと思うものを追う姿勢」。仏像を「かっこいい」と語り、世間が見向きもしない文化にも夢中になってきたその感覚は、今も変わらず老後の時間に向けられています。
孤独や衰えといった「アウト」に思えることさえ、自分の一部として笑い飛ばし受け入れる――そこに「アウト老」の面白さがあります。
不器用で変わり者な自分を否定せず、ユーモアと愛情をもって暮らす姿からは、飾らない生き方が伝わってきます。他人と比べず、自分の基準で生きていく姿勢こそ、自分らしい老後の出発点といえるでしょう。
老後の孤独や不安をネタに?~みうらじゅん流アウト老という生き方
もちろん老後には、現実的な問題もあります。
配偶者との死別、経済的不安、子どもとの疎遠、体力や記憶力の衰え、終活や介護の課題――年齢とともに避けられない問題に、心が疲れてしまうこともあります。みうらじゅんさん自身も、父の死や自身のがんを通じて「有限な存在である」と痛感したと語ります。
それでも彼は、そうした経験を「ネタ」に変えてしまいます。
病院の待合室での高齢者を観察して笑い話にしたり、介護パンフレットの文言を自由研究のように楽しんだり、終活を深刻な準備ではなく「気軽に楽しめるもの」として語る――それがみうらじゅん流です。
「老後の孤独」や「老いへの不安」に正面から向き合いながら、それを笑いと独自の視点で乗り越えていく。そのスタンスこそが「アウト老」の核心であり、人生をまるごと味わい尽くすための哲学です。
みうらじゅんが語る、自分らしく歳を重ねるということ
社会の中で存在感が薄れていくように思える老年期。しかしそれは「消えていく」のではなく、「自分のリズムで生きる自由な時間が始まる」時期でもあります。
みうらじゅんさんの「アウト老」には、他人の目や正しさに縛られず、自分らしく歳を重ねる前向きさと、いい意味でのゆるさがあります。
変わり者になる必要はありません。「普通」にこだわる必要もありません。「老いを隠す」のではなく「老いを面白がる」ことで、老後の時間は自然と意味や彩りを帯びていきます。
大切なのは「死ぬ前の準備」ではなく、
「今、生きているこの瞬間」
です。老いを否定せず、笑いながら語れる余裕があれば、それで十分なのかもしれません。
それが「アウト老」でしか見えない景色であり、これからの老後を自分らしく楽しむ第一歩になるのではないでしょうか。



