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フィリピン・サガダの神秘「ハンギング・コフィン」~自然と共に生きる伝統葬送~
崖に吊るされた棺~サガダの伝統葬送文化
フィリピン北部・ルソン島の山岳地帯にあるサガダには、世界的にも珍しい伝統葬送の形が今も息づいています。
それが「ハンギング・コフィン(吊るされた棺)」と呼ばれるもので、遺体を納めた棺を崖の中腹や高所の木に吊るすという、極めて特異な方法です。
この不思議で神秘的な光景は、多くの訪問者を魅了します。イゴロット族の間で何世紀にもわたって継承されてきたこの風習には、故人の魂がより速やかに天に昇るようにとの祈りが込められています。
高所に棺を吊るす理由~イゴロット族の信仰と誇り
ハンギング・コフィンの起源は明確ではありませんが、イゴロット族の価値観や死生観が深く反映されています。彼らは、魂が地に縛られることなく天へ向かうことを望み、遺体を地中ではなく空中に安置することでそれを叶えようとします。
また、動物による損壊から遺体を守るという実用的な理由もあります。
この風習は、生前に特別な功績を持った人に対して行われることが多く、地域の指導者や勇敢な戦士、知識や技術で貢献した人物などが該当します。高い位置に吊るすことは、敬意と崇拝の証でもあったのです。
棺が人目につく場所にあることで、故人の存在や生前の功績が記憶に残りやすくなり、地域の若い世代に「祖先の偉業」を伝える教育的役割も果たしていました。
このように、ハンギング・コフィンは単なる葬送手段ではなく、イゴロット族の誇りと精神性、そして祖先への敬意が込められた大切な文化なのです。
観光化がもたらす影響と課題
近年、この特異な風習が世界的に知られるようになり、サガダには多くの観光客が訪れるようになりました。しかしその一方で、文化の尊厳が損なわれるような事態も起きています。
- ごみの投棄や騒音などの環境破壊
- 無断での写真撮影やマナー違反
- 地元の生活環境への影響(渋滞、物価上昇など)
観光収入は地域にとって大きな利点ですが、それと引き換えに伝統文化が消費されてしまう危機感も広がっています。
こうした状況を受けて、地元住民やフィリピン政府、NGOなどが連携し、文化遺産保護の取り組みを進めています。観光客向けのマナー指導や教育プログラムを整備することで、ハンギング・コフィンに対する理解と敬意を深めてもらう努力が続けられています。
ハンギング・コフィンと散骨の共通点
現代では、自然へと遺灰を還す「散骨」を選ぶ人が増えています。
サガダのハンギング・コフィンとは形式こそ異なりますが、どちらも故人を自然の中に静かに送り出すという点で、共通した精神性を持っています。
こうした葬送のかたちは、私たちが自然の一部であることを思い出させてくれます。
自然の中に大切な人を還すという行為は、遺された人の心にそっと寄り添い、癒しをもたらしてくれるのではないでしょうか。
伝統と新しい供養の共存へ
葬送にはそれぞれの文化や時代背景に基づいた多様なかたちがあります。
伝統的なハンギング・コフィンと、現代的な散骨。そのどちらにも、故人を大切に思う心が込められていることに変わりはありません。
どちらも大切に守りながら、次の世代へと受け継いでいくこと。それが、文化の継承であり、死者への真の敬意でもあります。
サガダの「ハンギング・コフィン」は、これからも自然とともに生きる人々の祈りの象徴として、静かにその文化を未来へとつないでいくことでしょう。



