インドネシアのトラジャ族～葬儀やお墓・死生観について～

葬儀と死生観にみる文化の違い〜日本とインドネシア・トラジャ族の例

日本では、亡くなった人を静かに見送り、お墓に遺骨を納め、手を合わせて供養することが一般的とされています。しかし、世界にはその常識とはまったく異なる葬送のかたちや死生観が存在します。

今回は、インドネシア・スラウェシ島に住む「トラジャ族」の独自の葬儀や死に対する考え方を紹介します。

タナトラジャの風土と宗教的背景

タナトラジャは、インドネシア・スラウェシ島中央部の高地にある地域で、ランテパオやマカレ、レモといった町が点在しています。標高約1000m、雨が多く、稲作やコーヒー生産が盛んな土地です。

この地域にはトラジャ族が住んでおり、インドネシア全体がイスラム教国である中、約80％以上のトラジャ族はキリスト教徒です。

その背景には、1913年頃から始まったキリスト教の布教活動があります。初期の布教は土着文化との衝突により浸透しませんでしたが、若者や奴隷階級を対象とした布教活動により1930年頃には約10％がキリスト教徒となりました。さらに1950年～1965年にかけての宗教政策により、イスラム教かキリスト教への改宗が促進され、トラジャ族は豚肉の食習慣などからキリスト教への改宗を選びました。

ただし、キリスト教に改宗した後も、伝統的な土着文化や価値観は大切にされています。

「死ぬために生きる」〜トラジャ族の葬儀ランブソロ

トラジャ族の葬儀は「ランブソロ」と呼ばれています。「ランブ」は水牛、「ソロ」は儀式を意味します。人は人生の多くをこの葬儀のために費やすと言われるほど、重要な意味を持っています。

トラジャ族にとって、死とは終わりではなく、魂が天国「プヤ」に向かう過程です。亡くなった人はすぐには「死者」とはみなされず、「病気の人」として家の中で生活を共にします。葬儀であるランブソロが行われることで、初めて魂は旅立つとされます。

葬儀には多くの親族や村の人々が集まり、水牛が生贄として捧げられます。水牛は魂をプヤへ運ぶ乗り物とされており、数が多いほど早く到達できると考えられています。裕福な家庭ほど多くの水牛を捧げ、ランブソロは豪華になります。

水牛は「聖なる生き物」とされながらも、儀式後にはその肉を皆で食します。それは「神聖だからこそ味わう」のであり、特別な日を象徴する行為とされています。

ランブソロの最後には、明るく賑やかな雰囲気の中で棺を運び、故人を送り出すのが特徴です。

空へ近づくお墓〜レモの岩窟墓とタウタウ

トラジャ族の代表的な墓地には、「レモの岩窟墓」があります。ここでは地面に遺体を埋めるのではなく、崖や岩の中、高い場所に遺体を安置します。「地中は不浄、空に近いほど清浄」という信仰によるものです。

また、トラジャ族の埋葬は「風葬」にあたります。遺体を自然のまま崖や洞窟に置き、時間とともに風化・腐敗し自然に還す葬法です。その後、遺骨は洗われて納骨されます。

棺が吊り下げられている場合もあり、上段の棺が腐食して落下した遺骨が地面に散らばると、それを拾い集め、並べて安置しておく文化があります。誰の骨かわからなくても、地に放置しておくことに対して強い抵抗感があるのです。

墓には「タウタウ」と呼ばれる故人を模した木彫りの人形が設置されます。これは故人の守護者であり、プロの人形師によって一体ずつ丁寧に制作されます。

自然へ還るという考え方〜風葬と散骨の共通点

風葬とは、遺体を埋葬せず、自然の中に安置し、風や雨によって風化・分解され、やがて自然に還る葬送方法です。トラジャ族の自然観が反映された葬法であり、人は自然の一部であるという思想に基づいています。

日本でも、平安時代には風葬が行われていました。当時、火葬や墓を持つことができたのは高貴な人々に限られ、庶民の間では野ざらしにして風化を待つ風葬が一般的だったとされます。

モンゴルでも独自の風葬文化があります。遺体を馬車に乗せて運び、途中で落ちた場所をその人の還る場所と見なす風習です。落下した場所に遺体が残っていればそのまま放置し、7日後に確認に行った際に綺麗に無くなっていれば、成仏したと信じられています。

「自然に還る」という点では、海や森林に遺灰を撒く散骨もまた、同じ価値観に基づいた葬送のかたちだと言えるでしょう。

死を祝うという死生観

トラジャ族にとって、死は人生の終わりではなく、魂が新たな場所へ向かうための通過点です。だからこそ、「死ぬために生きる」という価値観を持ち、死を迎えることそのものが人生最大のイベントなのです。

葬儀までの間、遺体はホルマリン処理によってミイラ化され、家族と同じ空間で生活を続けます。服を着せ、食事を用意し、日々の暮らしの一部として故人を扱います。死者と生者の間に壁を設けず、共に生きるという考えがそこにはあります。

私たちが「死」という言葉を避け、悲しみや恐怖と結びつけてしまうのとは対照的に、トラジャ族は誕生と同様に「死」を祝います。

死を見つめることは、生を豊かにすること

国や宗教、文化によって死のとらえ方は大きく異なります。しかし、どの文化にも共通するのは、「死を見つめることで生を深く意識し、大切にできる」ということかもしれません。

死を遠ざけるのではなく、自分の中で向き合ってみることで、生きていることそのものへの感謝や意味が見えてくる――そんな示唆を、トラジャ族の文化は私たちに与えてくれます。