いまを生きる~死について~
著名人とお墓のかたち~クラシック音楽家たちの埋葬と祈りのあり方
変わりゆく「お墓」の概念
近年、「お墓に入ることが当たり前」という価値観は少しずつ変化してきました。
先祖代々のお墓を継ぐことよりも、自由な供養のあり方を選ぶ時代になりつつあります。
その中で、お墓を持たない散骨という選択も注目され始めています。
しかし、かつてはお墓が一般的だった時代。私たちと同じように、歴史に名を刻んだ著名人たちにもお墓があります。
クラシック音楽家たちの埋葬地と最期の物語
バッハ(1750年没・享年65歳)
- ドイツ・ライプツィヒの「聖トーマス教会」に埋葬
- 代表作:「G線上のアリア」「マタイ受難曲」
- 死後150年経ってから発掘・再埋葬された
- 教会の空襲被害を経て改葬された
「聖ヨハネ教会の南の壁付近に棺がある」という噂を元に発掘され、顔を復元した結果、肖像画と一致したため“バッハの遺骨”と断定されたそうです。
現在はキリスト像と向き合うように、荘厳な石碑が置かれています。
モーツァルト(1791年没・享年35歳)
- オーストリア・ウィーン郊外の「ザンクト・マルクス墓地」に埋葬
- 代表作:「フィガロの結婚」「きらきら星変奏曲」「レクイエム」
- 共同墓地の「ただの穴」に無残に埋葬された
- 現在の正確な埋葬地は不明
映画「アマデウス」に描かれているように、棺から遺体を袋に移し、他の遺体と共に穴に投げ込まれ、石灰をかけられたといわれています。
ベートーヴェン(1827年没・享年56歳)
- 最初は「ヴェーリング墓地」に埋葬
- 後に「ウィーン中央墓地」に改葬
- 代表作:「月光ソナタ」「交響曲第5番(運命)」
- 葬儀には2万人が参列したと言われる
ベートーヴェンのお墓はメトロノームの形をしており、音楽に生きた証として象徴的です。
ショパン(1849年没・享年39歳)
- フランス・パリの「ペール・ラシェーズ墓地」に埋葬
- 代表作:「ノクターンop.9-2」「別れの曲」
- 心臓はポーランド・ワルシャワの「聖十字架教会」に納められている
- 遺言により、モーツァルトの「レクイエム」が葬儀で演奏された
ショパンの心臓が納められている石柱には「あなたの宝となる場所にあなたの心もある」と刻まれています。
ヨーロッパの土葬文化とキリスト教の関係
なぜ土葬が多いのか
ヨーロッパでは、火葬よりも土葬が主流です。
- キリスト教の教えに「死後の復活」があるため
- 火葬=復活できないという考えが背景にある
- 王侯貴族や聖職者でなければ個別のお墓は持てなかった
新約聖書の「ヨハネの黙示録」には、「この世の終わりに死者は復活する」という記述があります。
宗派による違い
- カトリック:伝統を重んじて土葬が主流
- プロテスタント:火葬を比較的早くから受け入れた
- ドイツ:プロテスタントが多く、火葬率約60%
- オーストリア:カトリックが多く火葬率は約30%
- ポーランド:火葬率は約16%と低い
オーストリア・ウィーンではカトリックからの脱会者が増え、火葬の割合が今後増加する可能性もあるそうです。
「墓碑」として祈りを捧げるモーツァルトのケース
モーツァルトの墓碑がある場所
現在、ウィーン中央墓地の「栄誉墓地」には、以下の作曲家の墓碑が並んでいます。
- モーツァルト(墓碑のみ)
- ベートーヴェン
- シューベルト
- ブラームス
モーツァルトは実際には埋葬されていないにも関わらず、墓碑の前で祈りやお花が絶えません。
「祈りの対象」としての墓碑
ウィーン中央墓地の墓碑に、モーツァルトはいない。
それでも人々は、まるで彼がそこに眠っているかのように手を合わせます。
モーツァルトは姿の見えない場所に眠っていても、その存在を想い、手を合わせる。これは現代の散骨にも通じる考え方かもしれません。
散骨と祈りのかたち
散骨には墓標がありません。
正確な場所も残らないことが多いです。
- 「自然全体がお墓」
- 「身近な風景の中に、故人を感じる」
- 「祈る場所は“ここ”と決まっていなくていい」
散骨後も、「ここにいるように感じる」「この海に還ったんだな」と思いながら手を合わせることで、心の中に祈りの場が生まれます。
モーツァルトの墓碑を訪れて手を合わせる人々のように、散骨された場所があいまいであっても、そこに心が向けば、祈りはきっと届いているのではないでしょうか。



