大胆かつ緻密に
北海道新聞に、次の記事がありました。
常勤医退職の冬 窮地をチャンスに 「意識」と「数字」を徹底:北海道新聞デジタル
記事に関しての意見、次に述べます。
公立病院経営の難しさ、よく知れる記事でした。
公務員の体質もありますが、そもそもの医療機関の特質や雰囲気もあるかと思います。
数値化するという方針は良いですね。詳しくは知りませんが、病院には数値化するという慣習がない気もしましたので。
あとは何より風通しを良くしておくことが大切です。改革が頓挫する原因として大きなことは、組織崩壊が挙げられますので。
引用させていただきます。
↓
常勤医退職の冬 窮地をチャンスに 「意識」と「数字」を徹底:北海道新聞デジタル
<限界地域医療第7部 暮らす人がいる限り>②
2025年11月10日、白老町立国保病院(胆振管内白老町)。静まり返った応接室で、西科純病院経営監(63)は、本間力事務長(56)から報告を受けていた。
その数日前、2人しかいない常勤医の1人が退職を申し出てきた。そうなれば常勤は院長1人だ。院長らが慰留したが、揺るがなかった。
「無理に引き留めなくてもいいんじゃないか」
西科経営監は深追いしなかった。もちろん地方の医療機関を維持する上で、医師の確保は最重要課題だ。1人の退職でも小さな病院にとっては存続を揺るがす危機になり得る。だが、経営改革を進めるには、時に人の入れ替えが必要だ。「むしろ新しい体制に切り替えるチャンスだ」
経営改革について語る西科純経営監。「改革で最も重要なのは職員の意識改革」と強調する=2025年11月(高木乃梨子撮影)
◇
思い返していたのは3月まで勤めていた公立芽室病院(十勝管内芽室町)での経験だった。
芽室病院で事務長に就任した18年夏、病院は6年連続の赤字に陥っていた。そこで、組織を小集団に分け、独立採算で管理する経営手法でコスト意識を浸透させた。ほかにも研修強化など、約30項目の改革策を次々進めた。
3年目の20年度、病院は黒字に転換。その後、経営はおおむね安定した。「外から人材が入ってきたことが大きい。中にいる人たちだけでは、改革は進まない」
医師が辞め、院長やスタッフが入れ替わっていた。医師不足は恐ろしいが、「誰でもいい」わけではない。経営方針に共感できなければ、同じ船には乗れない。それが芽室で得た教訓だった。
◇
24年夏、芽室病院に白老の本間事務長が訪ねてきた。「助けてほしい、うちに来てくれないか」。白老もまた、外部の力を必要としていた。
厳しい経営状況は知っていたが、興味がわいた。「どん底からはい上がる方が面白い」。再建を引き受けた。
◇
25年春に着任し、真っ先に着手したのは「数字」による評価の徹底だった。病棟看護や事務局など10の部署に具体的な数値目標の設定を求め、毎月更新するA4の資料に目標と実績を並べた。例えばある月は、病床40床の利用率を「70%」とする目標だったが実績は47%にとどまった。月当たりのCT検査数は「70件」と据えたが5件届かなかった―。数字を基に改革の進み具合を確かめ、次の一手を決めた。
職員の前で話す西科純経営監(中央)。各部門ごとに数値目標の設定を求め「稼ぐ」意識の浸透を図る(高木乃梨子撮影)
事務局の壁には、その日の入院患者数や病床利用率を書いた紙も張り出した。「常に数字を意識し、それが経営にどう結びつくのか全職員が考えることが大事。公務員は『稼ぐ意識』を経験する機会が少ないから」
その日の入院利用率や患者数を示した紙を指さす西科純経営監。職員に数字を意識してもらう狙いがある=2025年11月(高木乃梨子撮影)
10月には、1日当たりの平均外来患者数が115.1人と過去最多を更新。11月には病床利用率が75.5%に上昇した。冬が近づくにつれ、効果は少しずつ見えてきた。
◇
だが、改革の最大の壁は、現場の「意識」だ。
入院患者が30人まで増えたとき、看護部門では悲鳴が上がっていた。業務量は増えたが、経営的に見れば「まだベッドは空いている」と映った。
そんな現場に、西科経営監は「自立」を求めた。事務局と看護局の橋渡しを担う「看護参事」のポストを新設。その指導のもと、現場が自ら勤務体制など業務のあり方を見直し、患者増に対応できる仕組みをつくった。外部コンサルタントによる研修も毎月開き、経験や個人の判断に頼りがちだった業務を論理的に見直した。
経営改革の一環で毎月開く外部コンサルタントによる看護局の研修会。事務局と看護局の橋渡し役となる「看護参事」も登用した=2月(白老町立国保病院提供)
それでも、速すぎる改革への戸惑いや反発は簡単にはなくならない。本間事務長が矢面に立つ場面も増えた。
寒さが厳しくなった12月下旬、心労を募らせた本間事務長の頭に「辞職」の文字が浮かんだという。改革の方向性を院内で共有できないいらだちを抱え、「自分がいない方がうまくいく」と周囲に漏らした。
だが、病院の改革にとっても、そのためにやってきた西科経営監にとっても、その存在は欠かせなかった。慰留を受け、本間事務長は改革への熱意を取り戻していった。
本間力事務長(右)と話す西科純経営監。時にぶつかりながら病院の再建を進めている(高木乃梨子撮影)
病院が冬を越え、その先へ進めるか。ロジカルな西科経営監と、熱っぽい本間事務長の組み合わせが、数字だけでは実現しない改革への「覚悟」を生みつつあった。
( 高木乃梨子 )


