人間関係の“ありがた迷惑”をなくすコミュニケーションスキル・「収集」とは?【後編】
コラムを開いてくれたみなさん、ありがとうございます。
さて、突然ですが、あなたが最後に「ありがとう」と伝えたのはいつですか?
今朝奥さんにお弁当を手渡されたときの「ありがとう」?
さっき資料を持ってきてくれた部下にかけた「ありがとう」?
それとも、プレゼンの出来を褒めてくれた上司に返した「ありがとうございます」でしょうか。
きっと1日で何度発したかもわからないほど、感謝の言葉は溢れていますよね。
それ自体は本当に素晴らしいことだと思います。
ですが、私が今回問いかけたいのは、「それって本当の感謝なのかな?」ということなんです。
私はある習慣を始めてから、他者に対して深い感謝の気持ちを持てるようになりました。
心からの感謝って、本当にいいものです。
人間関係を驚くほど豊かにしてくれますし、何より自分自身を満たしてくれます。
今回はそんな話をしてみようと思います。
「ありがとう」は報酬の対価なのか?
食事を作ってくれて「ありがとう」。
資料を持ってきてくれて「ありがとう」。
優しい言葉をかけてくれて「ありがとう」。
何かをしてもらったことに対してお礼を言うのは、もちろん大切なことです。
でも、思うんです。人は誰かに対し何かをしてあげないと、感謝されるべきではないのでしょうか?
そんなことないはずです。
かく言う私も、かつて「ありがとう」を報酬の対価のように思っていたことがあります。
☆私がコーチングに出会った経緯はこちら。
めざせ、挑戦が溢れる社会!コーチング会社Hitofuriです
でも、わが子が生まれて考え方が変わりました。
生まれたばかりの子どもは、自分ひとりでは食事も取れないほどか弱い存在です。
喃語しか話せない口からは、有益なアドバイスや最新の情報が発せられることもありません。
――それでも、ただいてくれるだけでありがたい。
その尊さを前にして、それまでの感謝の概念はまったく違うものになりました。
相手が何もしなくても、存在そのものに感謝すること。
それが私の思う「感謝」です。
「してもらった感謝」から「いてくれる感謝」へ
例えば、家族。
一緒にいることが当たり前になると、ありがたみをつい忘れてしまいがちです。
でも、妻がいてくれるから、子どもがいてくれるから、今の自分の日常がある。
☆私がわが子に対して思うこと。
これから大きくなる君へ―わが子に向ける、たったひとつの願い
友人や、職場の仲間も同じです。
部活の試合、受験勉強、仕事。これまでの人生を振り返ると、周りの人たちとの関わり合いの中でしか得られなかった経験がいくつもあるはずです。
そこで味わった感情のすべてが今の「自分」を作っていると気づくと、
周りの人たちがいてくれること自体が奇跡のような巡り合わせだと思えてきませんか。
「何かをしてくれたから、ありがとう」じゃない。
「新しい世界を見せてくれて、ありがとう」
「自分の未熟さに気づかせてくれて、ありがとう」
そんな風に、存在そのものが与えてくれる「学び」や「気づき」に感謝できると、人生はもっと厚みのあるものになると思うんです。
☆ありのままを認めるためのスタンスを知りたい方はこちら。
“評価しない”ことで生まれる信頼。「承認」①
「感謝」の心がもたらすウェルビーイング
この「存在への感謝」をいつも心の真ん中に置けるようになると、めちゃくちゃいいです。
まず人間関係が豊かになります。
「自分も相手のためになりたい」と思うようになり、自ずと行動が変わるのでしょう。
さらに、自分の人生の見え方が変わります。
ちょっと大げさですが、「周りの人に生かされている」と思えるようになるので、自分にも他人にも優しい気持ちが持てるようになるんですよ。
ただ、その感謝の気持ちを忘れずに持ち続けることは、とても難しい。
そこに空気があることを意識しないのと同じように、近しい人ほど存在が当たり前になり、「ありがたい」という気持ちも薄れてしまいます。
後編コラムでは私が実際に行っている習慣を紹介させていただきます。
次回もぜひご覧ください。



