はじめに:増え続ける「いらない土地」問題
「田舎の実家を相続したけれど、使い道がない」「遠方の山林を管理するのが負担」——このような悩みを抱える方が増えています。土地を相続したものの、活用できず、売却もできず、固定資産税や管理費だけがかさんでいく。そんな「負動産」に頭を悩ませる相続人のために、2023年4月に新しい制度が始まりました。それが「相続土地国庫帰属制度」です。
相続土地国庫帰属制度とは?
相続土地国庫帰属制度は、相続または遺贈によって取得した土地を、一定の条件のもとで国に引き取ってもらえる制度です。これまでは、不要な土地を手放すには「相続放棄」しか選択肢がなく、その場合は預貯金などすべての財産を放棄しなければなりませんでした。
この制度により、「不要な土地だけを手放す」ことが可能になったのです。
制度創設の背景
日本では「所有者不明土地」が社会問題となっています。相続しても登記されず、放置された土地が全国で約410万ヘクタール(九州の面積を超える)にも及ぶとされています。こうした土地は公共事業の妨げとなり、地域の発展を阻害します。
相続土地国庫帰属制度は、所有者不明土地の発生を予防し、適切な土地管理を促進するために創設されました。
誰が利用できるのか?明確な条件
利用できる人
◎ 対象者
• 相続または遺贈で土地を取得した人
• 制度開始前(2023年4月27日以前)に相続した土地でも申請可能
• 個人のみ(法人は対象外)
◎ 共有地の場合
• 共有者全員の同意が必要
• 全員で共同申請する必要がある
利用できない人
✕ 対象外
• 売買や生前贈与で土地を取得した人
• 法人・団体
• 相続人以外の第三者
どんな土地が引き取ってもらえるのか?
すべての土地が引き取り対象になるわけではありません。国が管理できる土地に限定されています。
【申請時点で却下される土地】
以下に該当する土地は、申請しても受理されません:
1 建物がある土地
住宅、倉庫、工作物などが存在する土地
2 担保権や使用権が設定されている土地
抵当権、地上権、賃借権などが登記されている
3 他人の利用が予定されている土地
通路として使用されている、墓地が隣接しているなど
4 土壌汚染がある土地
特定有害物質による汚染が確認されている
5 境界が不明確な土地
隣地との境界がわからない
所有権の範囲に争いがある
【審査で不承認となる可能性がある土地】
申請は受理されても、審査の結果、以下に該当すると判断されれば不承認となります:
1 崖地や急傾斜地
勾配30度以上、高さ5メートル以上の崖がある
管理に過大な費用がかかる
2 地上に障害物がある土地
車両、廃棄物、樹木の根株など
除去に多額の費用がかかる物
3 地下に埋設物がある土地
基礎、浄化槽、配管など
管理・処分の障害となる物
4 隣地とのトラブルが予想される土地
境界紛争の可能性がある
訴訟による解決が必要な土地
5 その他、管理が困難な土地
工作物の残存がある
地形が極めて複雑
アクセスが著しく困難
メリット:この制度を使う利点
1 不要な土地だけを手放せる
相続放棄では、土地だけでなく預貯金や株式などすべての財産を放棄しなければなりません。この制度なら、不要な土地のみを国に引き渡し、他の財産は相続できます。
2 管理負担から解放される
経済的負担の軽減
• 固定資産税・都市計画税の支払いが不要に、また、相続税の軽減に
• 草刈りや清掃などの管理費用がゼロに
• 損害賠償リスク(所有者責任)からの解放
精神的負担の軽減
• 遠方の土地を管理する手間が不要
• 近隣住民への配慮から解放
• 将来の相続トラブルを回避
3 売却できない土地でも引き取ってもらえる
市場価値がない土地、買い手が見つからない土地でも、要件を満たせば国が引き取ります。不動産業者に断られた土地でも、この制度なら手放せる可能性があります。
4 適正な土地管理が実現
国が管理することで、荒廃を防ぎ、地域環境の保全に貢献できます。
デメリット:知っておくべき注意点
1 相応の費用がかかる
審査手数料:1筆あたり14,000円
• 申請時に収入印紙で納付
• 不承認になっても返還されない
• 複数の土地を申請する場合は筆数分必要
負担金:原則20万円
• 承認後に納付(10年分の管理費相当額)
• 土地の種類や面積によって変動
• 宅地(市街地):面積により20万円~数百万円
• 農地・森林:面積により算定
• 隣接する同種の土地は合算可能
例:東京都内の宅地100㎡の場合
• 審査手数料:14,000円
• 負担金:約80万円前後(面積により変動)
• 合計:約81万円以上
2 対象となる土地が限定的
前述の通り、建物がある、境界が不明、崖地など、除外要件が多数あります。実際には多くの土地が対象外となる可能性が あります。
3 手続きに時間と労力がかかる
必要な準備
• 相続登記の完了(必須)
• 境界の確認
• 各種書類の収集
• 現地の整備(障害物の除去など)
審査期間
• 申請から承認まで数か月~1年程度
• 現地調査が入る場合もある
• 補正や追加資料の提出が求められることも
4 承認率は約50%
2024年のデータでは、申請のうち国庫帰属が認められたのは約47%です。約半数は却下または不承認となっています。
5 納付期限が厳格
承認通知が届いてから30日以内に負担金を納付しなければ、承認が失効します。再申請には再度14,000円の審査手数料が必要です。
実際の利用状況:データで見る制度の現状
全国の申請状況(2024年10月末時点)
総申請件数:4,556件
内訳:
• 田・畑:1,755件(38.5%)
• 宅地:1,588件(34.9%)
• 山林:715件(15.7%)
• その他:498件(10.9%)
国庫帰属が認められた件数:2,145件
内訳:
• 宅地:784件
• 農用地:697件
• 森林:132件
• その他:532件
承認率:約47%
特徴的な傾向
1 急増する申請件数
2024年度は前年度比で4.7倍に増加、制度の認知度が高まっている
2 農地と宅地が中心
両者で全体の約7割を占める、特に使われていない農地の申請が多い
3 地域差
過疎地域からの申請が多い、都市部の宅地も一定数存在
4 却下・不承認も多い
約半数は要件を満たさず、事前相談の重要性が浮き彫りに
手続きの流れ:ステップバイステップ
ステップ1:事前準備
まず確認すべきこと
• 相続登記が完了しているか
• 土地の境界を確認しているか
• 建物や障害物はないか
• 担保権は抹消されているか
ステップ2:法務局への相談予約
予約方法
• 法務局手続案内予約サービスで事前予約
• 1回30分の対面または電話相談
• 土地所在地の法務局本局(支局・出張所は不可)
準備する資料
• 相続土地国庫帰属相談票
• 土地の状況チェックシート
• 登記事項証明書
• 公図・地積測量図
• 現地写真
ステップ3:申請書類の作成
自分で作成する書類
• 承認申請書
• 土地の位置・範囲を示す図面
• 境界点を示す写真
• 土地の形状を示す写真
役所等で取得する書類
• 印鑑証明書
• 固定資産税評価証明書
• その他指示された資料
ステップ4:申請・審査手数料の納付
• 管轄法務局本局へ提出(窓口または郵送)
• 審査手数料14,000円(収入印紙)を貼付
ステップ5:審査期間
• 書面審査(数週間~数か月)
• 必要に応じて現地調査
• 補正指示や追加資料の提出
ステップ6:承認・負担金の納付
• 承認通知の到達
• 30日以内に負担金を納付
• 納付時点で所有権が国に移転
• 登記は国が実施(申請者の手続き不要)
よくある質問
Q1 相続登記をしていない土地でも申請できますか?
A いいえ、できません。まず相続登記を完了させる必要があります。2024年4月から相続登記は義務化されており、相続を知った日から3年以内に登記しないと10万円以下の過料が科される可能性があります。
Q2 負担金20万円は分割払いできますか?
A いいえ、一括払いのみです。承認通知到達から30日以内に全額を納付する必要があります。
Q3 一部の土地だけを国に引き渡せますか?
A はい、可能です。複数の土地を所有している場合、その一部だけを申請できます。
Q4. 共有者の1人が反対している場合は?
A 共有者全員の同意が必要なため、1人でも反対すれば申請できません。
Q5. 申請後に気が変わったら取り下げられますか?
A 承認前であれば取り下げ可能ですが、審査手数料14,000円は返還されません。
Q6. 農地でも申請できますか?
A はい、農地法の制限はありません。また、農地転用許可を取る必要はなく、農地のまま申請できます。
Q7. 山林の場合、林道がなくても大丈夫ですか?
A 通常の管理ができる程度のアクセスは必要です。全く到達できない山林は「管理が著しく困難」として不承認になる可能性があります。
Q8 不承認になった場合、再申請できますか?
A はい、不承認の理由を解消すれば再申請可能です。ただし、再度審査手数料14,000円が必要です。
制度を利用すべきか?判断のポイント
こんな人には向いている
✓ 遠方の土地で管理が困難
✓ 固定資産税の負担を減らしたい
✓ 売却の見込みがない土地
✓ 将来の相続トラブルを避けたい
✓ 負担金20万円程度なら支払える
✓ 土地が制度の要件を満たしている
こんな人には向いていない
✗ 建物が建っている
✗ 境界が確定していない
✗ 費用をかけたくない(20万円以上)
✗ すぐに手放したい(数か月待てない)
✗ 将来的に活用する可能性がある
他の選択肢との比較
相続放棄
メリット
• 費用が安い(数千円程度)
• 土地以外の負債も引き継がない
デメリット
• すべての財産を放棄しなければならない
• 相続開始を知ってから3か月以内に手続き必須
• 撤回できない
土地の寄付
メリット
• 受け入れ先があれば無償で手放せる
デメリット
• 自治体はほぼ受け入れない
• 個人・法人も通常は受け入れない
• 現実的には非常に困難
売 却
メリット
• 対価を得られる
• すぐに処分できる可能性
デメリット
• 買い手が見つからない土地が多い
• 仲介手数料などコストがかかる
• 価格が二束三文のことも
専門業者への買取依頼
メリット
• 条件の悪い土地でも買い取る業者がある
• 手続きが比較的簡単
デメリット
• 買取価格が極めて低い(数万円~数十万円)
• 悪質業者のリスク
• 後々トラブルになる可能性
専門家の活用も検討を
司法書士
• 相続登記の代行
• 申請書類の作成サポート
• 費用:5万円~30万円程度
土地家屋調査士
• 境界確定測量
• 地積測量図の作成
• 費用:30万円~100万円程度
行政書士
• 各種書類の収集・作成
• 申請手続きのサポート
• 費用:5万円~30万円程度
トータルでかかる費用の目安
• DIY(自分で全て行う):20万円~30万円
• 専門家に依頼:50万円~150万円以上
まとめ:制度利用の前に考えるべきこと
相続土地国庫帰属制度は、不要な土地の処分に悩む相続人にとって有効な選択肢の一つです。しかし、すべてのケースに適しているわけではありません。
検討すべきポイント
1 本当に土地を手放すべきか
・ 将来的な活用可能性はないか
・ 子や孫の世代で必要になる可能性は
・ 一度手放すと取り戻せない
2 費用対効果は見合うか
・ 20万円以上の負担金は妥当か
・ 今後の固定資産税と比較してどうか
・ 他の処分方法と比べてメリットがあるか
3 要件を満たせるか
・ 境界確認に費用をかける価値はあるか
・ 建物解体費用を負担できるか
・ 障害物の除去は可能か
4 時間的余裕はあるか
・ 数か月~1年程度待てるか
・ 急ぎで処分する必要はないか
最後に
相続土地国庫帰属制度の利用を検討する際は、まずは、行政書士などの士業や法務局での無料相談を活用することをお勧めします。専門家の意見を聞き、自分のケースが制度に適しているか、他に良い方法はないか、総合的に判断することが重要です。 土地という財産は、時に「負動産」となり得ます。しかし、適切な選択をすれば、将来世代に負担を残さず、安心して次のステージに進むことができるでしょう。
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【制度に関する問い合わせ先】
•法務局相談ダイヤル:0570-013904
•土地所在地を管轄する法務局・地方法務局(本局)
•法務省ホームページ「相続土地国庫帰属制度」
※本原稿は2024年12月時点の情報に基づいています。制度の詳細や要件は変更される可能性がありますので、最新情報は法務省ホームページまたは管轄法務局でご確認ください。



