調剤室の中の薬剤師
富士市富士宮市にて在宅医療に携わっている薬剤師の栗原です。
目次
お薬の「副作用」って、怖いイメージありますね?
私は何も、副作用は怖くない、と言いたいのではありません。むしろそのように感じるのは当然のことと思います。
例えばかつて、世界的に鎮静剤として使用されたサリドマイドというお薬は、妊娠初期に服用すると胎児に奇形が生じる薬害をもたらし世界を騒然とさせました。日本だけで300人以上の被害認定がなされ、死産を含めると被害者は1000人と推定されています。
サリドマイドは、妊婦のつわり対策としても服用されていたことが、その被害を拡大することにつながりました。
1)サリドマイド事件から薬学界が学んだこと
サリドマイド事件から薬学界が学んだことは以下の3つです。
1)お薬には未知の副作用がある可能性がある
まずお薬には、未知の副作用があると想定すべきである、ということです。
お薬は、「目的」に向かってピンポイントで利用することができれば副作用は無い、とも言えるでしょうが、現状のところは、全てのお薬には副作用が認められています。
サリドマイド事件のように世界を騒がせるような事件となったような副作用だけでなく、人間の生命維持にとってそれほど深刻な影響のない副作用は数知れません。
例えば普段、皆様が触れることはないと思いますが、全てのお薬にはその基本情報が記載された添付文書というものが存在します。それを参照すれば、全てのお薬に副作用として考えられるデータが集約されているのです。
それを普段、皆様の目に触れる形で提示していないのは、およそお薬について考えられる副作用が列挙されているので、過度に患者を刺激し、服用すれば得られるはずのメリットを受ける機会を損失させる可能性があるからです。
かと言って、薬剤師や製薬会社が全ての副作用を把握しているわけではありません。例えば特定の遺伝子や特定の疾患を持っている患者様にのみ現れる副作用だってあり得ることでしょう。
ですから正式(医師や薬剤師の指示通り)に服用されたお薬によって何か副作用症状が出て、それが入院などにつながった場合には医薬品副作用救済制度が設けられています。これは本人や家族、もしくは医療機関(病院や薬局)がPAMDAという機関に報告し、検証後、医療費や障害年金といった形で補償する制度です。
2)副作用に対して迅速に対応する
次は、国(制度)としても副作用の情報に対して迅速に対応することの大切さです。
サリドマイド事件では、実際のところ外国ではサリドマイドの副作用か知られ注意喚起がされていたにも関わらず、国としての対応が遅れたことが、日本における被害の拡大に繋がりました。ドイツのレンツ博士がサリドマイドの危険性を発表してから10ヶ月経って、ようやくに販売中止に至ったのです。
どうして対応が遅れたのか?薬の副作用について社会的な自覚が足りなかったことや製薬会社の利害関係も絡んでいたのかもしれせん。
先ほども触れたPAMDAは、正当に手に入れたお薬について副作用の自覚症状があれば誰もが報告することのできる機関(制度)であり、被害者本人ならびにそのご家族の救済はもちろんのこと、情報をいち早く集めて、対策が遅れることによる副作用被害拡大を最低限度に収束させる勤めをも持つ機関となっています。
3)開発の段階から副作用対策をする
次は、お薬の開発の段階から副作用の有無について検証し、その服用方法や注意事項を洗い出しておくということの大切さ、です。
お薬は市販される前に一定期間、副作用の有無について臨床試験が行われています。比較的人間に近い哺乳類動物に開発中の新薬を投与し、お薬の働きや副作用を調べます(最近は「動物実験」について倫理的な問いが立てられることも多くなってきています)。
その上で実際に現状な成人に投与して、その効果や副作用を調べます。どれだけの用量を投与すれば効果が出るのか、また人間の体内でどのような運搬経路を辿り、どのように体内に留まり、どのように消失されていくのかを調べます。
今度は、実際に特定の疾病を持つ患者様に投与してその効果が検証されることになります。
かような段階を経ることで、副作用被害の発生を、お薬の開発の段階からできる限り排除していくことは、第一義的に重要な対策と言えるでしょう。
薬物が体内に入って、どのような働きを担うのか・・。多くの薬物の化学構造が明らかになっている現代では、ある程度推察することが可能です。こういった構造を持つ薬であれば体内に留まりやすいとか、作用しやすいといったことが判明しているのですから、そのデータを活用して、副作用が生じにくいお薬を開発していくということはとても大切な副作用被害対策と言えるのです。
2)副作用対策は新薬開発の1つの中心テーマ
お薬の開発で目指されていることは、実は以下の2つに集約出来ます。
1つ目は、それまで想定されていなかった作用(筋道)で疾病の発現を抑えるお薬の開発。
2つ目は、働きとしてはそれまでのお薬と同じだけど、副作用軽減のためにピンポイントに疾病の発現を抑えてくれるお薬の開発。
1つ目はとても難しく、何かお薬をデザインして開発するというよりも、既存のお薬や自然由来の食品、古来より健康に役立つとされてきた植物などの研究を通してなされるもので、時間のかかるものです。その分、開発されると画期的な薬になる可能性があります。
でも2つ目の開発は、より実践的なものです。
お薬というものは、一度体内に入れてしまえば、吸収され、全身で作用することがあります。例えば花粉症(アレルギー)対策のお薬は、脳内でもその作用を発揮することで眠気などの副作用を生じさせることになります。そのため、脳内に移行しにくいアレルギーのお薬を設計するなどの対策が立てられ、副作用発現の軽減が目指されることになります。これはとても実利的なアプローチであると言えます。
つまり新薬の開発の中で、2のうちの1つを占めるほど、「副作用対策」というものは大事だということなのです。
3)「副作用」に対する薬剤師の専門性
最近、テレビタレントの方が、「薬局で薬剤師に色々聞かれるのは面倒くさい」といった発言をしたことでネット上で騒動になっていると同僚から聞きました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/296bc67546d0f76a6f1caf721082459b323a3c77
この記事を読んで薬剤師がどう感じるかというと、ほとんどの薬剤師は「そんなふうに感じるんだろうな」という反応が実際のところ多いのではないかと思っています。
つまりこれは、薬剤師には薬の専門性があるからこその誤解なのではないかと感じると思います。
患者様にとっては、病院で医師に自分の症状を説明して医師が診断し、その上でお薬を出してもらうのだから、何を今更、薬局で自分の症状について説明する必要があるのだろう?と感じるようなこともあるかもしれません。
医療機関は、多くの患者様にとっては非日常的な空間です。言い換えると、一刻も早く通常の作業、日常に戻りたいと感じるストレスがあると思います。病院だけでも並んだりして特別な時間をとられるのに、さらに薬局で時間を取られたくないと感じることでしょう。
でも、薬剤師の働きを知れば、あえでそこでも時間を取られるだけのメリットを受けているとご理解頂けると思います。
薬剤師の専門性は、お薬そのものについて医師よりも時間をかけて勉強をしているということ、それに加えて、お薬を体内に入れた後に、体内でどのように吸収ならびに代謝(排除)されていくのかについての知識にあります。
もちろん、薬剤師に対する世間の不理解は、薬剤師の自己開示の努力不足とも言えます。 もっと私たちが自分たちの仕事について公に分かりやすく説明して良い働きをしていれば、こんな記事もなかったことでしょう。その点、自分の至らなさも覚えます。
4)医師と薬剤師のアプローチの違いがとても大事
基本的には医師と薬剤師は、お薬に対するアプローチ方法が違うと考えて頂きたいです。
医師は患者様の症状を傾聴した上で、それに対して相応しいと考えるお薬を選択します。その上で処方箋を書いて、患者様にお渡しする筋道を取ります。
これに対して薬剤師は、処方箋に記載されたお薬から患者様を見るという、医師とは逆のプロセスを取ると考えてください。
病院内の薬剤部であれば、電子カルテを開いて患者様の情報を集めることが出来るので、あえて患者様から改めて話を聞く手間は少なくなります。
それに対して病院の外にある調剤薬局では、処方箋に記載されたお薬についての知識から、患者様を見て、そのお薬が本当に患者様に相応しいのかどうか、それを検証するために患者様にお話をお伺いしているのです。患者様のカルテを見ることができないことには、お薬から患者様をシンプルに見ることができるというメリットがあると言えます。
そこで患者様の背景(アレルギー歴、体質、副作用歴、併用薬の有無など)、自覚症状の様子などを聴取させていただいた上で、処方されたお薬が本当にその患者様に妥当なのか、その判断をお薬をお渡しする最終段階でさせていただいているのが薬剤師の働きなのです。
5)薬剤師は副作用発現の最終障壁となっている
患者様の手に渡ってしまえば、よほどのことがない限り患者様は疑うことなくお薬を服用されるでしょう。
でも、その人にとって問題のある薬も、一度、体内に入ってしまえば、その影響を取り除くのがとても困難なのです。そのお薬の悪い効果も、全身に回ってしまうのです。それを未然に防ぐ最終防御壁が薬剤師の知識と経験なのです。
さらに、たとえそのお薬を飲むことに問題がなさそうであっても、すでに触れた通りお薬の副作用は未知のものもあります。その人がその薬物に対して拒絶反応を示すこともあります。例えば子供にも服用させることの多いカロナールによって甚大な被害が成人に生じることだってあり得るのです。
先ほどのテレビタレントの事例は、薬剤師に対する偏見に満ちたものですが、このような出来事を通して、少しでも薬剤師の働きとは何か?を知っていただける機会ともなったことは、ある意味幸いなことでもあったと思います。
6)「副作用」が、実は「主作用」になることもある
最後に、少し発展になりますが、お薬の「主作用」と「副作用」の関係について触れたいと思います。
冒頭で触れたサリドマイドは、実は現在、特定の癌(多発性骨髄腫)やハンセン病に効果があるということでアメリカをはじめとした国々で改めて「薬」として使用され始めています。これはまさにサリドマイド事件をもたらした副作用を用いた治療法と言えます。サリドマイドの副作用を、逆に主作用として用いた活用法なのです。
抗がん剤は、頭髪が抜けるといった副作用が知られています。毛根は常に細胞分裂しているため、細胞の増殖を抑える抗がん剤の効果が目に見える形で働いているからです。でもその副作用は、がん細胞という、増殖力の高い細胞の分裂(増殖)をも防いでくれるということでもあるので、抗がん剤の副作用は、同時に主作用と一体であるとも言えるでしょう。
皆様も、風邪薬を飲むと頭がボーっとして眠気に襲われるという経験がおありのことと思います。風邪薬に含まれる成分の鎮静作用が眠気をもたらしているわけですが、その働きにより不要な身体の動きを抑制することでウイルス防御にエネルギーを振り向けるという良い面もあります。つまりここでは、副作用はもはや主作用と言っても良いくらいなのです。
つまり、お薬には、良い面と悪い面があって、しかも必ずしもその悪い面が悪いにとどまらないし、一見「良い」と思われている部分についても、よく調べてみるとそうでもないといったことがあります。
例えば高熱が出ると脳症を発生することがあるため解熱剤は大切なお薬ですが、体の中では体温を上げることで免疫力を強化させているという働きが生じているのです。熱を下げるということは大切だけども、かと言って熱を下げること自体が正しいことでもないのです(免疫の働きは37度を超えたあたりから活性化されるので、大体37.5度以上を目安に解熱剤の服用が指定される場合が多い)。解熱鎮痛剤の働きは、体の防御反応が過剰に働くことを抑制することで、病原菌の悪さを抑えるという、少し矛盾したものと言えるのです。
薬剤師は当然こういったことを踏まえた上で、目の前の患者様にとって何が最善かを考えつつ、お薬を投与させていただいているのです。