お薬手帳ってそんなに大事?
みなさまお元気でしょうか?ふじやま薬局の薬剤師の栗原です。
最近、自分に与えられた時間を用いて自分の人間力を育て(直す)べく、文学作品など手に取っています。
わたしは大学の薬学部で学びをしたので、周りにはどうしても理系的な発想をする友人が多い気がします。
1)理系文系の垣根を越えたい
現代は理系も文系もないと言われますし、薬学の世界でも患者一人ひとりにどう向かい合うか?について学ぶ機会が与えられることも多くなってきました。・・それにしても大学時代の友人や同僚と文学の話をするか?というと、あまりそういう機会がなかったりするな・・と思ってしまうのです。
あえて自分から理系文系の垣根を越えていく努力も必要と感じています。
2)文学は共感を作り出す
文学作品って不思議ですね?一人一人の読み手の人生経験は全く別物であるはずなのに、同じ一つの風景描写を読んで、共感したりします。
登場人物の声に耳を傾けるにしても、おそらく読み手一人一人が登場人物に対して抱く人物像も、違うはず。同じ物語、登場人物を追いながらも、本当は別な物語を読んでいるような気もします。つまり小説作品では描かれない余白の部分を私たちは自分の人生経験で思い描きながら作品に向かい合っているのではないかと思います。
3)『マクリーンの川』
今日は『マクリーンの川』という小説を読みました。以前、どこかで紹介されていて読んでみたいと思い、古本で見かけたので手に入れたのですが、ようやくページを開くことができました。
抒情的な少年時代の川沿いの景色が豊かに流れる作品です。とても豊かな表現力で、川の匂いや音がいつの間にか自分の周りを取り囲むような感じを受けます。
4)私の原体験
多分私も、著者と同じような原体験を持っているような気にさせられます。
自分自身の少年時代は、おそらく近所には魚の釣れるような川はありませんでしたから、多分ですが、近くのため池でザリガニやボラか何かを釣った経験でこの作品を読んでいたのだと思います。
魚を釣った、というのも、もしかしたら自分の経験というよりも、自分の友達のお兄さんの成果だったりするような気もします。そしてザリガニを釣り上げたというよりも、実際は途中まで釣り上げて最後は逃げられたような記憶もあります。
それでもこの作品を読むのに十分。子供の頃の本の小さな体験こそが、自分の心の土台を形成しているのだと気がつかされる・・。それだけでもこの作品を読むのに値するのだと思います。
5)事実と真実の違い
自分の原体験について想像逞しくなるって、どうでしょうか?あまり過大視して、それを他の人に誇ったりするようなら、決して人から共感されることもないと思います。『マクリーンの川』の著者も、そんな気はさらさらにないでしょう。
でも、昔亡くした自分の兄弟との昔の思い出は、著者にとってかけがえのない宝であり、それをこの作品を書き始める70代に至るまで温めてきたからこそ、多くの人に共感される作品として、現代アメリカの名作とまで呼ばれるものになったのだと思います。
実際に自分の原体験がどうであったのかということと、その経験に宿る真実は別物です。その真実は決して軽んじられるべきものではないのだと思います。それが文学作品というものが私たちにもつ魅力なのではないでしょうか?
6)患者様の声を聞き取る
患者様の言葉や痛みや経験を理解するってことも、多分ですがこれと同じで、自分の貧しい経験から類推して理解しているような気がします。
経験を積めば積むほど、患者様の痛みや気持ちに対する想像力が逞しくなる。そんな経験を患者様から頂いて、それを次の患者様に活かしていくこと。
私の日々の業務はそういう経験の積み重ねだと思わされました。