有料老人ホームの保証人とは~金銭的負担か身元引受人かを整理する~
【質問の内容】
質問失礼致します。
私は、直葬でいいと思っているのですが、それを娘に相談すると「私たちからするとそういうわけにはいかない。直葬では私たちの気持ちの整理が出来ない。」と言われました。私はできるだけ私のことにお金をかけたくないというのが願いです。
旦那と自分たちがなくなった時の事を話しているときに旦那も直葬でいいと言っています。しかし、実際旦那が先になくなってしまった場合、娘の言っていた通り、通夜、葬儀・告別式という形にした方がいいのかなと思ってしまう気がします。
故人の為の葬儀なのはわかっていますが、私もその時になると直葬だけでは気持ちの整理が出来ないような気がしています。お互いに少しでも後悔なく送るためにはどうするのがいいのでしょうか。
【回答いたします】
ご質問を拝見し、送られる側の心理と送る側の心理、その両方を実際に体験されたからこそ生まれたお悩みなのだと感じました。
葬儀は確かに「故人のため」に行うものではありますが、その形式に故人の遺志がそのまま反映されるとは限りません。むしろ葬儀とは、「亡くなった方がどのような人生観を持ち、どのように人と関わってきたのか」を、残された人々が“答え合わせ”のように目の当たりにする場でもあります。
どれほど簡素な見送りを望んでいたとしても、残される側がそれを良しとしないこともあります。家族がいても関係性が否定され、誰にも見送られずに荼毘に付されるお別れをお手伝いしたこともありました。
つまり、葬儀の形式に関しては、故人となる人に決定権がないのです。
できることがあるとすれば、「お金をかけないでと言っても、きっとかけてしまうだろう」「悲しまないでと言っても、きっと悲しむだろう」という前提に立ち、その費用を準備したり、残される方々への思いを手紙にして残しておくことくらいでしょう。
とはいえ、これだけではあまりにも杓子定規で、救いがありません。
そこで、質問者様の状況に即して申し上げるなら、
「お別れにおいて、やってほしいことを具体的に伝える」
という方法はいかがでしょうか。
たとえば、
• 「祭壇はいらないけれど、柩に納まる程度のお花は用意してほしい」
• 「お経をいただくような通夜は必要ないけれど、皆と心ゆくまでお別れできる時間と場所は準備してほしい」
といったように、望むお別れの形を具体的に伝えることで、
「その形式なら直葬でもいいかもしれない」と、ご家族の考えが変わる可能性もあります。
質問者様は、ご家族とご自身の葬儀について話し合える、すばらしい関係性を築いてこられました。大切な人とのお別れを具体的に話すのは、どこか妙な空気を伴うかもしれませんが、やってみる価値は十分にあると存じます。



