お楽しみ会





南条幸子バレエ研究所のカリキュラム指導を担当する安村秀熙先生が、バレエ教育におけるリテラシーと学生の心得に関する共著論文を、早稲田大学の三浦哲都准教授と執筆し、国際誌に発表しました。
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(以下)
早稲田大学の三浦哲都准教授との共著論文が、Journal of Dance Education に投稿されました。
本論文は、情報があふれる現代において、バレエ・ダンスを学ぶ学生に必要なリテラシーを問い直すことを目的とした教育的論考です。私は第二著者として、自身の経験に基づく具体例を挙げながら、論考の執筆をお手伝いさせていただきました。
以下は私たちが論文を通して考えたかった事です。
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本論文で扱っている論点の一つは、「科学的」とされる知見が、どこまでを説明できるのか、その範囲には限界があるということです。インターネットを通じて、学生は日々さまざまな「身体に関する正しい知識」に触れます。しかし、学生がそうした知識に触れたとき、それをそのままレッスンやトレーニングに取り入れてよいのかは、慎重に考える必要があります。どのような知識も一概に「万人にとって絶対的に正しい」と言えるものはなく、個人の身体的特徴にその有効性が左右されるからです。
たとえば、「レッスン前の静的ウォームアップ、すなわちストレッチをやめると怪我の発症率が下がる」という、科学的に十分実証された情報があります。このとき、その知識を得た学生は、すぐにレッスン前のストレッチをやめるべきなのでしょうか。
ここで重要なのは、その知見が「どのような条件のもとで」「何を対象に」得られたものなのかを考えることです。この例で示されているのは、あくまで「怪我の発症率」という観点に限って、静的ストレッチを減らすことが有効である可能性です。しかし、ストレッチがバレエを踊る身体にとってもつ多面的な意味までは、その知見の中には含まれていません。
たとえば、筋肉を伸ばすことによって可動域の制限が和らぎ、レッスン中の技術習得にプラスに働く場合。また、身体の筋活動のパターンが変化することで、個人特有の身体的な癖の改善につながることもあります。さらに、そうした変化が、バレエに求められる身体の見え方や美しさに影響する可能性など。
つまり、「怪我を減らす」という一点だけを目的にするなら、その知見は有効かもしれません。しかし実際にバレエ技術の向上を目指す身体は、「怪我の予防」だけでなく、「身体の質的な状態」「技術の習得」「外見的な美しさ」など、複数の要素のバランスを取りながら育てていかなければなりません。そうした複雑さを考慮せず、有益に見える知識を一面的にみてそのまま取り入れてしまうことには、慎重であるべきです。怪我がないことはもちろん理想ですが、身体の質的状態が損なわれれば、慢性的な不調や、バレエに必要な運動機能の抑制につながることもあります。そして、そのような側面は、必ずしも研究知見が保障する範囲には含まれていないのです。
第二の論点は、特定の知識を一般化することの限界です。
たとえば、10人のバレエ生徒がまったく同じトレーニングを一定期間続けたとしても、全員に同じ結果が現れることはありません。ある人の経験から生まれたトレーニング法や練習方法、あるいは身体に関する知識は、その人固有の身体条件を前提として成立したものです。教師が「ここをこのように使って」と指導するときも、その言葉の背景には、教師自身の身体においてうまくいった経験があります。(もちろん、それが伝統的で当然唯一の指導方法なのですが。)
だからこそ重要なのは、他者の知識や方法をそのまま普遍化するのではなく、身体条件の違いを前提にしながら、「自分の身体において本当にうまくいっているのか」を問い続けることです。効果を一概に断定することは避けるべきであり、常に自分自身の身体との関係の中で確かめていく姿勢が求められます。
第三の論点は、それぞれの身体的特徴の差を、どのように評価し、理解していくかという問題です。
そもそも他人の身体的条件は、外から客観的に観察するだけで明確に理解できるものではありません。見た目には同じ動きに見えても、その内側で起きている感覚や負荷、無理の有無は人によって異なります。既存の教育方法はもちろん有効であり、長年の実績があります。一方で、他者の身体を完全に把握することには限界もあり、どのような優れた指導もその壁にぶつからざるを得ません。
ではバレエを学ぶ学生はどうすればこの壁に向き合えるのか。私からの提案として、「自分自身の『身体感覚』を丁寧に内省し続けること」が重要になります。自分の身体が何を感じ、どこに無理があり、何が機能しているのかを注意深く捉え続けること。言い換えれば、「身体の声」を聞き続ける姿勢こそが、多様な情報に振り回されず、自分にとって本当に必要な知識を見極めるための基盤になるのです。



