インスタントラーメンとは
産まれ育ったオンボロの家は、御竈(オクド)が有り羽釜で炊飯したり大鍋で煮物したり。
風呂は五右衛門釜で薪を燃やして沸かしておりました。
家は柱と壁に隙間が有り小雪が舞うとその隙間から吹き込んでいました。
そんな環境で男兄弟3人で育ってきたのです。
私の弟、次男坊は「このボロ家を建て直したい」と言う夢を描き出したのです。
元々絵画が大変上手な次男で建築設計のような形の描写とかには向いていたのかもしれません。
鶴崎工業の建築科に無事合格しその頃は「大蔵省」の宿舎設計建築を行う部署への就職を実現しました。
このケース(国家公務員への就職)は、学校始まって以来の事だったと後で聞きました。
就職してから自分で勉強に励み、一級建築士の資格を取得しました。
大変な努力家であります。
竹田市荻町の家はもう30数年前に父が定年退職を機に建て替えてくれました。
その家の設計を行ったのは、次男です。木造の家の設計は初めての経験でした。
平屋のスレート瓦葺の建坪30坪くらいでしょうか。
施工は、大分市内にあった遠い親戚の建設会社にお願いしました。
弟は夢を実現したのでした。
父の死後、私はこの家を空き家にするのが忍び無く、会社の作業場所として主たる作業を行う環境を作りました。
荻町の家には、6畳の洋室(床が板間)が一つあります。
弟は熊本市内在住なので時折荻町に戻ってきます。
私「この部屋に薪ストーブ置けるな?」
弟「壁に煙突の穴開ければ置けるで」
弟の小学校からの同級生達は、とても仲が良いのです。
その中の一人に、地元の建設会社の社員としては働きながら溶接技術の資格を持つヤツがいました。
プロパンガスのガスボンベの使用期限切れのを手に入れて、なんと薪ストーブを作ってしまったと。
彼が、試作品を実際に使って欲しいという事で話がまとまったのです。
早速、私と弟二人で煙突を調達し、壁に穴をあけて煙突を通して例のH型のを取り付けて
針金等で固定をして。
彼から格安で譲り受けた薪ストーブの設置を実現したのです。
試作品は、プロパンガスのボンベを縦にして上のガスの取り出し口部分を完全に潰して
長さは50CMくらいでしょうか。
設置して手で作業が出来る位置に、四角い穴(20CmX10Cm)を開けて、薪等を投入する口として
平板を溶接で組み合わせた蓋つきが有ります。
その口から焚き付けの小枝をいれ、着火したら割った薪を投入したり。
問題点は、先ず着火時点。
恐らく今思えば、下の方からの空気の取込み量が不十分だったのかも知れません。
大量の煙が発生しました。
ストーブの着火時は窓を開けてなんと扇風機を置き、室内空気を窓の外に出すように準備。
七転八倒し無事に着火が出来たら、薪を順次投入する事で薪ストーブ特有の温もりを味わえました。
その様な状況でしたので、なんだか面倒になってしまい、実際に使用したのは一冬10回くらいでした。
使用感のレポートをちゃんとA4二枚くらいにまとめて、製作者へには提供しました。
阿蘇の温泉入りに行き、ホームワイド(旧ヨコマン)に寄る事があります。
そこで見つけたのは、小学校の教室で使ってた「だるまストーブ」。
価格も何とか手が届く位だな
これは買い!!
だるまストーブは組み立て式でマニュアル通り。
煙突のサイズも同じサイズだったので、ストーブだけを一人で据え替えました。
「だるまストーブ」は良いです。
小学校からずーと使い慣れたタイプなので使い勝手が良い。
着火時の煙も僅かです。長い間使われるのには、ちゃんと意味があるんだなと思います。
五右衛門風呂で火を起こして薪を割ってくべて沸かすのは子供の頃からの習慣でした。
こういう経験がちゃんと生きるのです。
南阿蘇に薪ストーブの販売してる会社がありました。
一応訪ねて行き、どんなストーブか?設置の方法は?
ちらりと、費用を聞きました。
「設置工事込みで無いと販売しません。安くて100万程度でしょうか」



