序章 ── 全部、消しました
先日、これまでマイベストプロに書いてきた記事を、全部、削除しました。
理由は、たった一つ。
「これは、私の言葉ではなかった」
そう、はっきり思ってしまったからです。
「DXで失敗する3つのパターン」
「業務効率化を進めるためのポイント」
「中小企業がDXに取り組むときに気をつけたいこと」
──そういう、どこかで読んだことがあるような、誰が書いても同じになるような記事を、私は何本も書いていました。
書いている時は、それなりに真面目に書いていました。
「正しいことを言っている」と思っていました。
でも、ある日ふと、自分の記事を読み返したとき、こう思ってしまったのです。
これ、私じゃなくても、書ける。
これを読んで、本当に救われる中小企業の社長さんは、いるんだろうか?
その瞬間、全部消したくなりました。
だから、消しました。
これは、その「消した日」のあとに、私 関 慎太郎が、何を書こうと決めたか、何を書かないと決めたか、そして、ここに至るまでに何があったか──についての、ちょっと長い、心の声です。
もしよかったら、最後までお付き合いください。
1. 私が書いていた、「IT屋らしい記事」── 動機の告白
正直に告白します。
私が書いていた記事は、突き詰めれば、マーケティング目的の記事でした。
「問い合わせの一本でも来てくれればいいな」── そういう、浅い動機で書いていた、というのが、嘘偽りのない、当時の私の本音です。
それを私は、「IT屋らしい記事」と呼んでいます。
IT屋らしい記事には、いくつかの共通点があります。
・「DX」「効率化」「業務改善」というキーワードから入る
・失敗事例を3つくらい並べる
・フレームワークやチェックリストを提示する
・最後に「うちにご相談を」で結ぶ
これって、検索で読者が来てくれて、問い合わせを生む記事の型としては、悪くないんです。実際、SEOの本にも、そう書いてあります。
でも、書きながら、私の心の奥には、ずっと拭えない問いがありました。
「これって、本当に中小企業のためになっているんだろうか?」
地方の中小企業の社長さんと、何百回と打ち合わせをしてきて、私はずっと、ある事実に気付いていました。
それは、社長さんたちは『ITはわからないんですよ』と謙遜するけれど、実はものすごく勉強している、ということです。
業務効率化のツール、AI、クラウド、SaaS、新しい働き方の仕組み ──
末端の技術や流行りのツールについては、私なんかよりずっと詳しい社長さんも、本当にたくさんいらっしゃるんです。
そんな方たちに、私が「DXの始め方」とか「効率化のポイント」とか書いて、何の意味があるのか。
彼らはとっくに、私の何倍も、その手の情報を知っているのに。
そう考えるうちに、私のなかで、もう一つの問いがハッキリ立ち上がってきました。
「では、中小企業の社長さんに、本当に必要な情報は、何なんだろう?」
そして、いま私が辿り着いている答えは、こうです。
社長さんに必要なのは、目の前の末端のツールの話ではない。
いま流行りの技術の使い方の話でもない。
社長さんが本当に求めているのは、もっと深いところにある何かです。
・技術がいくら変わっても揺らがない、「情報処理の本質」の部分
・「人を生かす」という不変の理念の上に、どうやって会社のシステムを設計し、運用していくかという、考え方そのもの
・そして何より、心の芯に訴えかける、誰かの想いと言葉
社長さんが本当に欲しがっているのは、「正しい答え」ではなく、「揺るがない考え方の枠組み」であり、「使い方」ではなく「向き合い方」なのだと、私は確信するようになりました。
そう気付いた瞬間、私が書いてきた「DXで失敗する3つのパターン」みたいな記事は、すべて、意味を失いました。
社長さんが、私からもらいたかったものは、そういう小手先の話じゃなかったんです。
申し訳なくなって、夜、PCの前で、記事を一本ずつ削除しました。
削除ボタンを押すたびに、私は、自分にこう言い聞かせました。
「もうこういう浅い書き方はしない。これからは、中小企業の社長さんの、心の芯に届く話しか、書かない。」
2. 私たちの本当の仕事は、システム納品ではなかった
これは、私の中で起きた、もう一つの大きな認識の転換の話です。
少し前まで、私はこう思っていました。
「私たちは IT を提供する会社。お客様の望むシステムを納品すれば、我々のミッションは終わり」
シンプルに、そう信じていました。
要件を満たすシステムを作って、納品して、検収印をもらう。そこまでが我々の仕事。
あとは、お客様が運用に乗せて使ってくれれば、それでハッピーエンド。── そう思っていました。
でも、システム導入の現場では、実際にはこんなことが、本当に頻繁に起きます。
・お客様が忙しすぎて、新しいシステムを使う側のオペレーションを切り替えられない
・何か小さな不都合が見つかると、「ちょっと様子を見てから本格運用にしましょう」と先送りされる
・打ち合わせの場では「うん、うん、それでいいです」と言ってくれていたのに、いざ実際に使うタイミングになって、「あれができない」「これができない」と、新しい不満が次々と噴出する
・結局、システムが導入されたまま、半年、一年、誰も使わない
こういうケースを、私は、たくさん見てきました。
そして、内心、こう思っていました。
「うちはちゃんと作って納品した。あとは、お客様が運用に乗せられない方の問題だ」
その認識が、根本から間違っていた、と気付いたのは、つい最近 ── 今から8ヶ月ほど前のことです。
経営指針を整え、週に1回・半日かけて全社員でミーティングをする習慣を始め、同友会大学に通いはじめた、ちょうどそれらが重なった時期でした。
それまで何年もぼんやりと感じていた違和感が、その時期に一気に、はっきりとした言葉になっていったんです。
そこから今に至るまで、私たちは社員と一緒に、「だったら、私たちのサービスは、どんな形であるべきか」を、ずっと真剣に考え続けてきました。
だから、この記事に書いていることは、過去にきっぱり整理が終わった話ではなく、今もなお問い直しの真っ最中で、私たちが辿り着いている、現時点での答えです。
そもそも、考えてみてください。
お客様は、システムが欲しくて、システムを買っているわけじゃない。
お客様は、自分の会社が強くなるために、システムというものに投資をしている。
これは、当たり前のことのようで、私のなかではずっと、ごちゃごちゃになっていました。
「IT を提供する会社」「システムを納品する会社」── そう自分を定義していたから、納品さえできれば仕事は完了、という発想から抜け出せていなかった。
でも、視点を切り替えると、こうなります。
私たちの本当の仕事は、システムを納品することではない。
私たちの本当の仕事は、お客様を「強い会社」にすること。
IT は、そのための手段。私たちが得意技として使えるから、使う。それだけの話。
この視点に立った瞬間、それまで「お客様の都合」だと思っていたものが、すべて、自分たちのスコープに見えるようになりました。
・運用に乗らないなら、それは「私たちの仕事がまだ終わっていない」ということ
・「忙しい」なら、忙しさのなかでも動かせる入り方を、私たちが考える
・「あれができない」と噴出してきたら、その「あれ」が出るまで噛み合わせ切れていない、私たちの責任
・「効果が出ない」なら、効果が出るまで関わり続けるのが、私たちの仕事
つまり、こういうことです。
「運用に乗るまで、効果が出るまで、私たちは マムシのようにしつこく 接し続ける」
これが、いま私のなかで定着した、新しい仕事の定義です。
3. ここに至るまでの、私の遍歴
第2章で書いた「私たちの本当の仕事は、システム納品ではなく、強い会社にすることだ」「だから、運用に乗るまでマムシのようにしつこく接する」── こういう考え方は、最初から私のなかにあったわけでは、まったくありません。
ほんの数年前まで、私は、これとは正反対の場所に立っていた人間でした。
社員のことも、お客様のことも、いまの私とはまるで違う見方をしていました。
ここに至るまでに、いくつかの大きな転機があります。
少しだけ、自分の昔話に、お付き合いください。
(1) 宮城同友会「指針を創る会」── 私が、社員に謝った夜
ここは、正直に書きます。
読んでいて、少し胸が痛むかもしれませんが、これが本当の私の過去です。
ある時期まで、私は、社員のことを 「人」として見ていませんでした。
これは、いま振り返っての言葉です。当時は、自分がそんなふうに考えているとは、まったく気付いていませんでした。
でも、頭の中の構造としては、こうだったんです。
・社員は、自分の代わりに手を動かしてくれる 「労働力」
・結局、「俺がやれば全部済む」 という発想で、社員に任せるより自分でやった方が早い、と本気で信じていた
・「人を雇う」ということと、「その人の人生を背負う」ということが結びつく、という発想自体、当時の私のなかには 存在しませんでした
そして、もっと正直に書きます。
私は、心のどこかで、社員を見下していた んです。
「自分の方が技術がある」「自分の方が判断が早い」「自分の方が経営の本質を分かっている」── そんな傲慢さが、ずっと自分の中にありました。
会社のホームページには、「私たちはチームです!」みたいな、耳障りのいい言葉を並べていました。
お客様にも、求人広告にも、そう書いていました。
でも本音のところでは、私たちは「チーム」にすらなり得ていなかった。
社員を、人間ではなく、労働力としてしか見ていなかった ── それが、嘘偽りない、当時の私の本音です。
ただ ── 当時は、それが業界の「普通」でもありました。
誰もそれをおかしいとは言わなかったし、私自身も、自分が間違っているなんて、思いもしませんでした。
でも、いま振り返ると、本当に、傲慢だったと思います。
転機は、宮城県中小企業家同友会の「経営指針を創る会」を受けたことでした。
半年かけて、自分の会社の方向性、自分が経営者として何をすべきか、社員と何を約束すべきか、を一つひとつ言葉にしていく講座です。
その過程で、私は 気付いてしまった んです。
「私は、社員一人ひとりの人生を、何も背負ってきていなかった」
「いや、そもそも『人生を背負う』という発想すら、私には無かった」
「自分の会社を、ずっと『自分一人のもの』として扱ってきてしまった」
それは、本当に、しんどい気付きでした。
雇った人の生活も、将来も、不安も、期待も、私はちゃんと引き受けてこなかった。
HPで「チームです」と謳いながら、心のなかでは、社員を「自分が動かす道具」のように見ていた。
そのギャップが、こんなにも大きく、こんなにも深く、自分のなかにあったのか、と、私ははじめて、自分の傲慢さに正面から向き合いました。
会の最終回のあと、私は社員に向けて、頭を下げました。
「いままで、ごめんなさい。これから、一緒に良い会社をつくっていきましょう」
その日が、私の経営の、本当のスタートだったと、いま振り返って思います。
(2) 個人事業主の集まりが、「仲間」になった
不思議なことに、私が頭を下げて、指針を共有した日から、社員たちの様子が変わり始めました。
それまでは、誰かが困っていても、「それはあの人の案件だから」と隣の人がスルーしてしまうことが、よくありました。
個人事業主の集まりだから、それは当然と言えば当然です。
お互いの仕事に干渉しないのが、互いを尊重する流儀でもあったんです。
でも、指針を共有してからは、空気が変わりました。
「あれ、私がやりましょうか」「私、それ詳しいです」と、自然に手が伸びる場面が増えていきました。
仕事を、自分の案件としてだけでなく、「うちの仕事」として見てくれるようになったんです。
私は、そのとき初めて、「会社」というものを、ちゃんと見たような気がしました。
それまで私が見ていたのは、「会社」ではなくて、「会社という形をした個人の集まり」だったのだと、その対比で初めて分かりました。
(3) 同友会大学で、もう一度、考え方が変わった
社員たちと「仲間」になり始めたあと、私はもう一つ、大きな学びの場に出会いました。
宮城県中小企業家同友会が主催する、「同友会大学」 という長丁場の学びの場です。
これは、全国規模の会でも、有名講師が一方的に語る場でもありません。
宮城県の同友会に集う、様々な業種・規模の中小企業の経営者や社員たちが、玉石混交で集まって、講義を聞き、そのあとグループ討論で自分の会社のことを語り合う。それを単元ごとに繰り返しながら、最後に卒業論文を一本書く。
成功者の秘訣を教わる場ではなく、自分と同じ目線で日々苦闘している人たちと、自分の会社のことをもう一度ゼロから問い直す場でした。
私には、これが必要だったんです。
そこで私は、それまでバラバラに転がっていた違和感や問題意識が、一つの体系として組み上がっていく感覚を、何度も味わいました。
私が書いた卒業論文のタイトルは、「大企業ドリブンから中小企業ドリブンへ ── 地域と関わり続ける経営実践から考える日本社会の在り方」。
書きながら、自分のなかで、こういう理解が固まっていきました。
──日本社会は、長年「大企業中心」の前提で動いてきました。
人口が増え、市場が拡大していた時代には、それは合理的でした。
でも今、人口は減り、地方は痩せ、市場は縮んでいく。
もうこの大企業ドリブンの社会では、地域は支えきれない。
──では、誰が地域社会を支えるのか。
答えは、中小企業でした。
中小企業は、大企業の劣化版でも、成長途上の未完成な存在でもありません。
人口減少社会に適応した、一つの完成形として、地域社会を「点」で支える主体になり得る。
──中小企業の特性は、その「近さ」にあります。
中小企業は、顧客・社員・地域との距離が近い。だから、利益だけでなく、誰が働き、誰が支え、誰が疲弊しているかを、無視できない構造のなかにあります。
倫理や道徳は、ポスターで掲げられるものではなく、日々の意思決定の中で引き受けざるを得ない現実として、はじめから組み込まれている。
これを私は、「人の血が通った経済活動」と呼ぶようになりました。
──さらに、中小企業にはもう一つ、隠れた役割がある。
分業化されていない現場の近さの中で、若者に仕事の技術だけでなく、責任の引き受け方、失敗との向き合い方を、実体験として伝える役割。
中小企業は、若者を社会へ接続し直す「最後の教育機関」でもあるんです。
──そして、ここで私は、自分の会社のことに引き戻されました。
「人を雇うことは、その人の人生を背負うことだ」という命題に、正面からぶつかりました。
雇った人の生活、将来、不安、期待。それを私は本当に背負えていたのか。
拙速に人を増やすのは、むしろ無責任なのではないか。
雇える会社の状態を、先に作るべきだったのではないか。
書いて、討論して、また書いて。
その繰り返しのなかで、指針を創る会で「気付き」だったものが、同友会大学で「思想」になりました。
そして、自分の会社の存在意義を、私はこう言葉にし直しました。
「ITは、効率や利益のためではなく、心を通わせるための手段である」
「中小企業こそ、地域社会にとって不可欠な存在であり、それを支えることが、私の役割だ」
「私たちフォーユーシステムは、強い中小企業を支えるために、ITという手段を通じて、関わり続ける」
ここまで来てようやく、第2章で書いた「私たちの本当の仕事は、システム納品ではない」という認識の転換も、同友会大学の学びのなかで、確信に変わりました。
中小企業を「一つの完成形」として尊重するならば、私たちが提供すべきは「システム」ではなく、「強い中小企業」そのものだ。
ITはあくまで、私たちがそれを実現するための、得意技にすぎない。
ここまで来て、ようやく、自分のなかでバラバラだった点が、線でつながった気がしました。
(4) フォーユーちゃんは、ある社員が生んでくれた
そして、こうして社員と仲間になり、同友会大学で思想が固まっていった、その先で ──
私の会社に、あるキャラクターが生まれました。
「フォーユーちゃん」です。
これは、私が思いついて作ったキャラクターではありません。
ある社員が、生んでくれたキャラクターです。
経営指針を整え、社員たちと仲間になっていくなかで、私たちは 週に1回、半日かけて全社員でミーティングをする 習慣を始めました。
それまでの「個人事業主の集まり」だった頃には、絶対にできなかった時間の使い方です。
案件の進捗報告ではなく、「うちの会社全体として、何を目指していて、何に困っていて、何をしてみたいか」 を、一緒に考える場でした。
あるとき、そのミーティングで、こんなテーマが出てきました。
「現場の人たちに、システムを違和感なく、楽しく使ってもらうには、どうしたらいいんだろう」
これは、第2章で書いた問題意識 ── 「運用に乗らない」「使われずに眠るシステム」 ── と、ぴったり重なるテーマでした。
当時の私たちは、それを言葉にしながら、社員みんなで本気で悩んでいたんです。
議論のなかで、誰かが言いました。
「ゲーム要素を入れたら、楽しくなるんじゃないか」
そこから話が広がって、
「だったら、操作をナビゲートしてくれる、可愛いキャラクターがいるといいんじゃないか」
という案が出てきました。
その日のミーティングは、「いいね、じゃあ、検討してみよう」と言って、解散しました。
それから数日後のことです。
私たちの全社員チャットツールに、ある社員が、こんなメッセージを投稿してくれました。
「こんなキャラはどうでしょう」
そこに添えられていたのが、丸っこくて、優しい目をした、キャラクターのスケッチでした。
名前は 「フォーユーちゃん」。『For You』── お客様のために動く、という想いを込めた名前です。
そして社員からのコメントは、「これ、使えますかね?」 ── たった、それだけの、控えめな問いかけでした。
私は、画面の前で、即決しました。
「よし、これを使おう!」
私一人だったら、絶対に生まれていなかったキャラクターでした。
個人事業主の集まりのままだったら、絶対に生まれていなかったキャラクターでした。
週1回半日の全社員ミーティングがなかったら、絶対に生まれていなかったキャラクターでした。
同友会大学で「人と心を通わせる経営」を学ぶ前だったら、私はその提案の意味を、たぶん受け止められなかった。
指針を整え、社員が連携し、思想が固まり、ちゃんと話し合える場ができた、そのすべての先で、ようやく生まれたのが、フォーユーちゃんでした。
今では5体のフォーユーちゃんに育って、『あなたはどの社長タイプ?』 という30秒の診断で、お客様一人ひとりに「あなた専属の相棒」として寄り添う、という形になっています。
私にとって、フォーユーちゃんは、社員からの最大の贈り物です。
そして、フォーユーちゃんは、過去の思い出として飾っておくのではなく、いま、私たちの 「バーチャル社員」 として、私たち本物の社員と一緒に、毎日、育ち続けてくれています。
これからこのマイベストプロにも、フォーユーちゃんたちには、どんどん登場してもらう予定です。
それは、社員一人ひとりが、自分たちの会社を、自分たちの手で、楽しみながら育てていく ── そういう感覚を、これからもみんなで味わい続けたいから、なんです。
(5) いま、ようやく、自分の考えがしっくり来ている
そして、これらすべての遍歴を経て、ようやく、いま、私の考えがしっくり来ています。
・「IT屋ではなく、相棒になる」
・「中小企業の社長に、『分からないままで来てください』と言える人になる」
・「キャラクターで、ITの固さを和らげる」
・「規模ではなく、深度で日本一を目指す」
これらは、私一人で考えたことではありません。
社員と、同友会の仲間と、お客様と、いろいろな人と関わるなかで、辿り着いた答えです。
だから、これからここに書くことは、私一人の言葉ではあるけれど、私一人の発明ではありません。
たくさんの人と歩んできた結果、辿り着いた、いまの私の声です。
4. 私は、「IT屋」をやめます
長い遍歴の話に、お付き合いいただき、ありがとうございました。
ここから、いまの私が辿り着いた結論を、はっきりお伝えします。
私は、「IT屋」をやめます。
私は、「中小企業の社長の、相棒」になります。
その違いは、外から見たら、ほとんど分からないかもしれません。
名刺には今もITという言葉が入っているし、扱っているのもITサービスです。
仕事の見た目は、ほとんど変わりません。
でも、内側の覚悟が、まったく違うんです。
【IT屋として動く / 相棒として動く】
・商品を売る → 関係を育てる
・システムを納品して終わる → 運用に乗り、効果が出るまでマムシのようにしつこく関わる
・プロジェクトを完遂する → 並走を続ける
・解決策を提案する → 一緒に悩む
・卒業されることが成功 → 卒業されないことが成功
・顧客の数で成長する → 顧客の深さで成長する
私は、右側の人になります。
というか、振り返ってみれば、社員たちと、同友会の仲間たちと、ここまで歩んできた経緯のなかで、私はすでに右側の生き方を始めていました。
ただ、それを 「IT屋らしい言葉」で語ろうとしていたから、矛盾していた。
矛盾は、コンテンツに滲み出ます。
だから、私の記事は、どこか他人事だった。
どこかで、自分でない誰かのフリをしていた。
それを、今日、やめます。
ただ、ひとつだけ誤解しないでいただきたいことがあります。
「IT屋をやめる」と書きましたが、ITを捨てるわけではありません。
むしろ、その逆です。
社長の相棒になった私は、これまで以上に、ITを徹底的に駆使していきます。
ITは、私が手にしている、たった一つにして、最強の武器だからです。
5. 強い中小企業を、日本中に、もっと増やしたい ── 私の、本当の気概
ここまでお読みになって、関 慎太郎という人間が何を本当にやりたいのかを、もう少しだけお話しさせてください。
私が、本当にやりたいこと。
それは、たった一つです。
強い中小企業を、日本中に、もっと増やしていくこと。
それも、片手で数えられる程度の数ではなく、一社、また一社と、地域に増えていく形で。
なぜ、「強い中小企業を、もっと増やしたい」のか
私が同友会大学の学びを通じて辿り着いた、一つの確信があります。
それは、いまの日本社会には、中小企業にしか担えない、大きな役割がある ── ということです。
少子高齢化が進み、市場が縮小していく時代。
これまでの日本社会を引っ張ってきた「規模と効率」の力だけでは、地域も、人も、若者の未来も、もう、支えきれなくなってきています。
そういう時代に入ったいま、中小企業が社会のなかで果たすべき意義は、むしろ、これまで以上に大きくなっている ── というのが、私の確信です。
ここで言う「役割」「意義」は、漠然とした「優しさ」や「温かさ」の話ではありません。
「経営者個人の人格」の話でも、ありません。
中小企業の「規模」と「人と人との距離が近いこと」から、自然と生まれてくる、社会的な役割のことです。
特に大事だと、私が考えている3つを、書かせてください。
1. 中小企業は、人を「単なる労働力」とは見なせない場である
大企業では、組織規模の大きさや公平性の要請から、人を制度や役割として扱わざるを得ない側面があります。
これは、大企業の怠慢や無関心によるものではなく、多くの人材を安定的に運用するために、組織として必然的に生じる仕組みです。
一方、中小企業は、社員との距離が近い。
社員一人ひとりが、いま家庭でどんな状況にあるか、どんな不安や迷いを抱えているのかが、意識せずとも、見えてしまいます。
その近さゆえに、人を「単なる労働力」や「数字の上の人材」として割り切ることが、できないんです。
否応なく、経営者は、社員一人ひとりの存在と、正面から向き合うことになります。
これは、地方の中小企業の社長さんなら、誰もが、心当たりがあるはずです。
2. 中小企業では、相手のことを「人」として知れる距離になる
大企業の組織では、人事部の決定が現場の社員に降りてくる、契約は本社が交わし現場は実行する ── そういう、お互いがお互いを「他人事的に」しか繋がれない構造になりがちです。
これも、組織の規模を維持するうえで、避けられない側面です。
中小企業では、それが違います。
社長と社員、社員と社員、自社とお客様、自社と取引先 ── そのほとんどの場面で、少なからず、相手のことを「人」として知れる距離にあります。
顔が見える。名前を呼べる。家族構成や、最近の悩みまで、知っていることもある。
「ウチが安く叩いて発注したら、あの下請けの田中さんが、また残業だ」
「来月、人を採るなら、その方の家族の生活まで、私が背負うことになる」
「この値上げをすると、毎月買ってくれている◯◯さんが、厳しくなる」
そういう想像が、判断の前提に、はじめから組み込まれている。
倫理や責任は、ポスターで掲げるものではなく、日々の意思決定の中で引き受けざるを得ない現実として、関係性そのものに組み込まれていきます。
私はこれを、「人の血が通った経済活動」 と呼ぶようになりました。
3. 中小企業は、若者を受け止める「最後の教育機関」── でなければならない
そして、もう一つ。
これは「なり得る」「果たし得る」ではなく、「ならなければならない」役割だと、私は強く考えています。
分業化されていない現場、人間関係の距離が近い現場 ── 中小企業のこの構造は、未熟さや失敗を抱えた若者を、社会人として受け止め直す「最後の教育機関」 として機能できます。
若者の失敗が、即座に評価低下や排除につながるのではなく、関係性の中で、修正され、引き受けられていく。
教科書には絶対に書かれていない「社会人として働くということ」の手触りを、若者は、横で、生身に、学んでいきます。
いまの若者は、生まれたときから社会の停滞や縮小を前提に育ってきた世代です。
失敗が許されにくく、努力が必ずしも報われるとは限らない社会のなかで、希望を持つことは、本当に簡単なことではありません。
その若者が、安心して社会と繋がり直せる場所 ── これは、もはや「あったらいいな」ではなく、これからの社会全体の質を高めていくために、絶対に必要です。
そして、その役割を担えるのは、学校でも、大企業でも、行政でもなく、地域に根ざした中小企業です。
だからこそ、中小企業が、この役割を、自覚的に、引き受けていく ── これが、これからの日本社会の質を、左右する。
私は、本気で、そう思っています。
ここで、誤解されたくないので、はっきり、お断りしておきます。
私は、大企業を否定するつもりは、まったくありません。
むしろ、大企業には、大企業にしかできない、社会にとって大事な役割があります。
スケールメリットを生かした研究開発、大規模インフラ、世界市場での展開、安定した雇用の供給 ── これらは、中小企業の集合では絶対に置き換えられません。
大企業の役割は、これからの日本社会にとっても、間違いなく不可欠です。
ただ、それと、まったく同じくらい、いま書いた3つの役割 ── 人を単なる労働力と見なせない場/相手を「人」として知れる距離/若者を受け止める最後の教育機関 ── が、社会にとって必要不可欠だと、私は思っています。
そして、いまの日本社会では、その後者の役割を果たす力が、急速に弱まっている。
若者が希望を持てない。地方が痩せていく。人の疲弊が広がる。
こうした歪みの根っこには、この「人の血が通った場」の不足が、深く横たわっている、と私は見ています。
大切なのは、大企業 vs 中小企業の対立ではありません。
大企業には大企業にしかできないことがあり、中小企業には中小企業にしかできないことがある。
そして、市場縮小と人口減少が進むこれからの日本社会は、後者を、もっと正面から大事にする必要がある ── そういう発想です。
ただし、ここで私は、正直に、もう一つだけ、書いておきたいことがあります。
「中小企業の経営者であれば、誰でも自然に、こういう経営ができている」── そんな話では、まったくありません。
第3章で書いた通り、私自身、ほんの少し前まで、社員を「労働力」としか見ていなかった人間です。
「人を雇うことは、その人の人生を背負うことだ」 ── そう問い直されるまで、私は、自分の規模と距離感が持つ意味の重みから、目を背けて生きてきました。
中小企業が、この3つの役割を、社会のなかで本当に果たしていくためには、制度改革や経済政策だけでなく、経営者一人ひとりの内面の変化 ── 自分の前提が揺さぶられる経験を経て、人と向き合う覚悟を、引き受け直すこと ── が、絶対に欠かせません。
だからこそ、私は、中小企業の経営者仲間に、心の底から、呼びかけたいんです。
私たちが、毎朝、社員の顔を見て「おはよう」と声をかけること。
お客さんと膝を突き合わせて「あの件、本当はどう思ってます?」と聞けること。
長く付き合ってくれている取引先の社長と、契約書じゃなく、本音で「次、どうしようか」を話せること。
若者の失敗を、横で見守って、一緒に立て直せること。
──こういう仕事は、世の中の誰にでもできるものでは、ありません。
社員も、お客さんも、私たち社長自身も、同じ地域に生きる一員として、互いの顔が見える距離にいる ── そういう私たち中小企業の経営者にしか、できない仕事です。
そして、いまの日本社会は、私たち中小企業経営者が、もっと本気で、もっと胸を張って、自分たちのこの仕事を全力で引き受けることを、待っています。
若者のために。
社員のために。
お客さんのために。
地域のために。
そして何より、我々、中小企業経営者の誇りのために。
私たちの会社を、私たちの地域を、私たちの未来を ── 本気で、強くしていきたい。
そして、私 関 慎太郎は、IT人として、その経営者一人ひとりに 「千の手」を授けるつもりで ── 持てるIT技術のすべてを、注ぎ込みます。
これが、「強い中小企業を、日本中に、もっと増やしたい」── 私の、本当の、本当の気概です。
では、私たち IT 人は、何ができるのか
「強い中小企業を、もっと増やしたい」という旗を立てたとき、次に出てくるのは、「で、お前は何ができるのか」という問いです。
私は、IT業界で30年以上やってきました。プログラム、システム、データ、AI ── そういう技術側の言葉と、日々付き合ってきた人間です。
私自身も中小企業の経営者です。ただ、お客様の業界での経営判断や、現場のものづくりや、日々の運営は、私の得意領域ではありません。私にはIT業界での業務経験しかないからです。でも、だからこそ、IT領域には絶対の自信を持っています。
そういう私が、社長さんたちのために、ただ一つ、武器にできるものは何か。
それが、IT技術です。
これだけが、私が手にしている、たった一つの武器です。
だから、私は IT を、駆使して、駆使して、駆使し倒します。
「中小企業には IT は難しい」「中小企業に高度な IT は要らない」 ── そんな声を、私は信じません。
中小企業こそ、もっとも IT を使い倒すべきだと、私は本気で思っています。
「人手が足りない」「予算が少ない」「時間がない」── そのすべてを、IT で埋めにいけるからです。
「大企業の知見を、中小企業の言葉に翻訳する」
ただ、IT を駆使するだけでは、足りません。
ここに、もう一つ、私が自分に課している役割があります。
世の中の IT 技術や、経営フレームワークや、業務改善メソッド ── これらの 9割以上は、大企業向けに作られています。
大企業の予算、大企業の人手、大企業のスピード感、大企業の組織構造を前提にしている。
これらを、そのまま地方の中小企業に持ち込んでも、ほとんど機能しません。
それなのに、IT 業界の人たちは、よくこういうことをしてしまう。
「大企業ではこの DX が成功しています、御社も導入を」と。
翻訳しないで、そのまま売る。
私は、これがずっと嫌でした。
だから私は、自分の役割をこう定義し直しました。
「大企業の世界で生まれた IT 知見を、中小企業の現場の言葉に翻訳して届ける」
「クラウド」を「小難しくて高い機械を社内に置かなくても、システムが使える仕組み」と訳す。
「DX」を「『今まで、出来なかった』を、デジタルで『出来た!』に変える営み」と訳す。
「データ活用」を「社長のカンを、社員みんなが使える形に変えること」と訳す。
そういう翻訳の積み重ねが、地方の社長さんたちが「IT を、自分の言葉で語れる」状態を作っていくと思います。
社長さんが自分の言葉で IT を語れるようになったとき、初めて、IT は中小企業のなかで本当に動き出すと信じています。
大企業のIT知見の、中小企業向けの翻訳家。
これが、私が自分に課している、もう一つの役割です。
私の、本当の夢
ここまで読んでくださって、もし「自分も、同じ気持ちかもしれない」と感じてくださった方がいたら ── 私の本当の夢を、最後にお伝えしておきます。
この想いを共有できる中小企業経営者の方たちと出会い、ご一緒に、強い会社づくりに全力で取り組み、汗を流し続けること。
そして、その積み重ねの先に、強い中小企業が地域を支える、強い日本が形作られていく ── これが、私の本当の夢です。
そのために、私は IT を駆使しつづけ、大企業の言葉を翻訳しつづけます。
この夢に気付いたのは、ほんの8ヶ月前のことです。
だからこそ、IT屋らしい記事を全部消して、決意を新たにしました。
社員たちと一緒に、サービスの構成も、お客様への向き合い方も、一つひとつ作り直してきて、いま、ようやくここに辿り着いています。
このマイベストプロも、その挑戦の一部です。
6. これから、ここに何を書くか
「IT屋」をやめて、「相棒」を名乗ると決めたあとに、私がここに書きたいことは、はっきりしました。
これからは、こんなことを書いていきます。
(1) 5つのタイプの社長の物語
私が30年以上見てきた、地方の中小企業の社長さんたちは、おおむね5つのタイプに分かれます。
・駆け込み寺型(困った時にだけ、頼れる相手がほしい)
・日々を支える型(業務は回っているけれど、なぜか進化しない)
・共に進化する型(経営と現場をもう一段噛み合わせたい)
・道しるべ型(何から始めればいいか、そもそも分からない)
・業界変革型(自社だけでなく、業界全体を変えたい)
5つのタイプには、それぞれが抱える固有の景色があります。
その景色を、5本の物語として、ここに書いていきます。
(2) 私が30年以上見てきた、地方ITの風景
東京のIT業界の言葉では捉えきれない、地方のオフィスで実際に起きていることを、私の言葉で書いていきます。
PCが壊れて、社長が自分で電気屋に走った日のこと。
Excelファイルが社内に100個ある会社の、本当の悩みのこと。
DXという言葉を聞いた瞬間に、若手社員の顔が曇ったオフィスのこと。
「DX革命の時代」みたいな大きな言葉では届かない、小さな身体的な景色を、書いていこうと思います。
(3) フォーユーちゃんと、社員たちとの物語
第3章でお話しした「フォーユーちゃん誕生」の続きの話も、書きます。
社員の一人が「フォーユーちゃん」というアイデアを出してくれたあと、私たちは5体に育てていきました。
お守り/保健士/進化/道しるべ/共創 ── 5タイプの社長の「相棒」を意味するキャラクターたちです。
なぜキャラクターを使うのか。
B2Bの固い業界で、なぜこんな柔らかいことをやっているのか。
そして、社員の発案がどうやって会社の中心になっていったのか。
そういう話も、ここで書いていきます。
(4) 大企業の知見を、中小企業の言葉に ── 翻訳辞典シリーズ
第5章で少しだけ書いた「クラウド」「DX」「データ活用」の翻訳。
これを、もっといろいろな IT 用語・経営用語で、続けていきます。
・「SaaS」を、中小企業の言葉でどう訳すか
・「KPI」を、社員に押し付けずに伝えるには
・「BI(ビジネスインテリジェンス)」を、社長のカン経営とどう繋ぐか
社長さんが、自分の言葉で IT を語れる ── そんな状態を作る、地道な辞書を、ここで作っていけたらと思います。
(5) 一中小企業経営者として、私が学び続けていること ── 同士の皆さんへ
私は IT 人であると同時に、一中小企業経営者でもあります。
日々、同友会で、社員との対話で、お客様の現場で、私もたくさんのことを学ばせていただいています。
経営者は誰でも、日々、勉強を続けていると思います。
私も、そのひとりです。
私がいま学んでいることをここで共有することは、同士の皆さんにとっても、有意義に感じていただける時間になるかもしれない ── そう思って、書いていきます。
・同友会で日々学んでいること、考え続けていること
・経営指針を毎年、社員と一緒にブラッシュアップしていく過程で、社内に起きている変化
・社員ミーティングで生まれた、思いがけない発見
・お客様の経営者から、私が逆に教わったこと
・「人を雇うこと」「中小企業の地域での役割」── 私がいま向き合っている問い
・経営の悩みに、IT 人として、どう関わっていけるか
完成された理論ではなく、いま私が考えていることを率直に書きます。
読者の皆さんと、同じ立場で、共に学び続けるつもりで書いていきます。
結び ── もし、ここまで読んでくださったあなたへ
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
もし、私のここまでの考えに、少しでも共感していただける部分があったら、よかったら、『あなたはどの社長タイプ?』 という診断を、試してみてください。
5人のフォーユーちゃんから、あなた専属の "相棒" が決まる、30秒の社長タイプ診断です。
5つのタイプのどれに当てはまるか、結果が出てきます。
診断後は、7日間にわたって、一通ずつメールが届きます。
そこには、ここに書いたよりさらに具体的な、5タイプそれぞれの「物語」が書かれています。
もう読まなくていい、と感じたら、メール内のリンクから、いつでも購読を止めていただけます。
→ あなたはどの社長タイプ? ── 5人のフォーユーちゃんから、あなた専属の"相棒"が決まる(30秒診断)
https://foryousystem.co.jp/diagnosis
診断だけで、自分のタイプを知って終わりでも、構いません。
そこから何も始まらなくても、構いません。
読んでくださっただけで、私は、嬉しいです。
「分からないままで、大丈夫」── 道しるべフォーユーちゃんが、そして私自身も、大事にしている言葉です。
これからもしばらく、私 関 慎太郎は、この温度で書いていきます。
月に1〜2本のペースで、1本5000字を超えることも、たぶんあります。
深く書きたい、と私は思っているからです。
そして、ときどき、社員が生んでくれたフォーユーちゃんたちにも、登場してもらいます。
よかったら、また、お読みになってくださいね。
──関 慎太郎


