法律の道を志した原点
学生時代、友人を守ろうとした行動をきっかけに、司法の現場に携わる立場の人から「勇気は認めるが、争いは法で解決するもの」と諭された経験がありました。当初は「それなら法知識を身に付けてやる」という反発心から法律を学び始めましたが、勉強を重ねるうちに考えが変わっていきます。
フランス革命での「人間と市民の権利の宣言」をはじめ、法の下での自由を勝ち取るために命を落としてきた無数の人々の存在を知ったことで、「法律は権力者のためではなく、市民の権利を守るためにある」という確信を得ました。この認識の転換が、行政の内側から市民を支える仕事への道を開きました。大学は特待生として卒業しています。
その後、昭和62年に福岡市役所へ入庁。最初に配属されたのが西区役所の保護課でした。病気やけが、老齢、母子家庭などで厳しい状況に置かれた人々の実情を間近で見たことが、弱者支援の原点となりました。
市役所中枢で積んだ3つの「全国初」
福岡市役所在職中、私が関わった取り組みの中に「3つの全国初」があります。
1つ目は、「全国初の協定方式による第三セクターの情報公開制度の条例化」です。当時、第三セクターの情報公開は制度的に整備されていなかった領域でしたが、新たな仕組みを設計し条例として実現しました。
2つ目は、「全国初のPFI事業(タラソ福岡)の破綻再生」です。民間資金を活用した公共事業の破綻という未知の問題に直面し、再生の道筋をつけました。
3つ目は、「全国初の『移動権(交通権)』の理念に立脚した議員提案条例の制定支援」です。交通弱者の移動する権利を法的に保障するという当時では先進的な取り組みで、著書「交通権(移動権)の保障と制度開発」(地域科学研究会)の共著者としても理念を発信しました。これらの実績は、「前例がない問題を法令と創意工夫で解決する力」の証明でもあります。
市議会議員当選後は行政を外部から監査する立場も経験。「担う側」と「監視する側」の両方の目を持つことで、行政の意思決定の論理とその盲点を深く理解できるようになりました。この複合的な視点が、行政不服申し立てにおいて有効な論点を見つけ出す力の源になっています。
宮司・農業・受験指導。三足のわらじが教えてくれたこと
熊本移住後は、義父が建立した三元神社(単立・神仏習合)の宮司を引き受け、スマート農業でミニトマトを栽培する会社も興しました。農業事業は現在委譲していますが、就農時に国の補助金は採択されたにもかかわらず、日本政策金融公庫の融資が受けられなかった経験をしました。この「制度の理不尽さ」を自分自身が体験したことで、行政の手続きや制度の問題点に対してより深く向き合う契機になりました。
行政書士試験受験指導の「法志塾」は、「志を持って法を学ぶ人達が研鑽し合う現代版寺子屋」として開講しています。福岡市役所在職中から福岡大学経済学部等での講義や各種研修の講師を務めてきた教育経験と、実務経験を持つ指導者として、個別指導とWebコーチングを提供しています。「法律専門家をたくさん育てたい」という想いが原動力です。
神社の宮司としても、単なる宗教施設にとどまらず、地域の人々が悩みを持ち寄れる相談の場として開かれた存在でありたいと考えています。また、農業事業を通じて外国人労働者の懸命に働く姿に触れたことから、在留資格申請サポートについても学びを深めています。行政書士として、宮司として、指導者として。どの立場でも共通しているのは「人の願いや悩みに耳を傾け、笑顔になってもらえる仕事」への情熱です。ぜひお気軽にご相談ください。



