ツバメの渡り

木戸伸英

木戸伸英



ポカポカ陽気が増えたここ最近、軒先にツバメの巣を見つけました。最近ではすっかり珍しくなったツバメの巣には、3羽のかわいらしい雛が元気な顔を覗かせています。親鳥が一生懸命子供たちに餌を運んできています。今回は、そんなツバメの物語です。


1、巣立ち


春のある日、一軒の民家の軒先に、小さなツバメの巣がありました。

その巣には、三羽の雛が肩を寄せ合って暮らしていました。親鳥は朝から晩まで飛び回り、せっせと虫を運んできます。三羽はぽかぽかとした日差しの中で日ごとに大きくなり、やがて親鳥と見紛うほど立派な若鳥へと育っていきました。

三羽はほとんど同じ大きさに見えましたが、最初に卵からかえった兄ツバメだけは、ほんの少しだけ体が大きく、顔つきもどこか自信ありげに見えました。

いよいよ巣立ちの朝が来ました。

親鳥たちは近くの電線に止まり、やさしく声をかけました。

「さあ、おいで。お前たちなら飛べるよ」

兄ツバメは少し迷った様子がありましたが、真っ先に巣から身を躍らせました。風を切って宙に舞い上がり親鳥の隣に止まりました。親鳥は大喜び。

「あなたはなんて勇気があるの。立派だわ」
「そうだね。きっと将来は素晴らしいツバメになってみんなのリーダーになるに違いない」

口々に兄ツバメを褒めたたえます。

ホクホク顔の兄ツバメが残った二羽に向かって言いました。

「ほら、僕でもできた。みんなも飛べるから、早くおいで!」

残された二羽は、互いに顔を見合わせたり、親鳥を見たり、兄ツバメを見たりしています。すると、片方のツバメが囁きました。

「外は危険がいっぱいだよ。ここにいれば、お父さんとお母さんがご飯を持ってきてくれるじゃないか。わざわざ外に出ることはないよ」

その言葉は、蜜のように甘く胸に沁みました。

もう片方のツバメは正直なところ、自分が空を飛べるとはとても思えません。自信もありません。けれど、親鳥が「おいで」と呼ぶ声のほうが、どこか正しいように感じられました。

――よし。

そのツバメは目をつむって、巣から飛び出しました。

するとどうでしょう。体がふわりと浮き上がり、翼が自然と風をとらえました。気がつけば、空を飛んでいました。

「飛べた。僕は飛べたんだ。」

春の風がツバメをそっと支えていました。

2、嘴


巣立ちを終えた後、二羽は親鳥から飛ぶ練習と餌の取り方を教わりました。

兄ツバメは体つきが良かっただけあって、何でもあっという間に覚えてしまいました。空中で虫をパクリと捕まえる様子は実に鮮やかで、親鳥たちは声をそろえて褒め称えました。兄ツバメもまんざらではない顔で、胸を張って飛び回りました。

一方、もう一羽のツバメはなかなかうまくいきませんでした。

飛び始めるのも遅く、餌を取るのも遅い。

親鳥は「やればできる」と言ってくれました。しかし兄ツバメは違いました。

「なぜできないんだ。お前は能力がないな」

そう笑いながら飛んでいく兄の後ろ姿を見ながら、ツバメは小さくなりました。

けれど、お腹が空くことだけはどうにもなりません。空腹に耐えかねたある日、ツバメは思い切って飛んでいる虫に飛びかかりました。

パクリ。

なんと美味しいことか。

それから少しずつ、ツバメは餌を取れるようになりました。やがて自由に空を飛び、いつでも食べられるようになり、親鳥の元を離れても一人で生きていけるようになりました。

そんなツバメには、悩みがありました。

兄ツバメは飛ぶ能力も高く、体つきも立派で、仲間たちから憧れの目で見られていました。それに引き換え、自分は飛ぶ能力も低く、なんとか餌を捕まえられる程度、体つきもごく普通で、地味で冴えない。それになんと言っても嘴の色。自分でもあまり美しくないことはよく分かっていました。。
ツバメはそのことが、ずっと心の隅に引っかかっていました。


3、渡りの日


暑い夏が過ぎ、空気がひんやりと変わり始めた秋の頃、ツバメたちの間でひとつの話が広まりました。

「冬が来る前に、南へ渡らなければならない」

この地の冬は厳しく、留まれば命を落とすというのです。しかし大海原をはるか遠く飛び続けるなど、ツバメには想像するだけで息が詰まりました。なにしろ、やったことがありません。その先に何があるかもわかりません。

仲間の一部はこう言いました。

「冬に死ぬなんて嘘だ。この地に留まろう」

その言葉もまた、甘く胸に響きます。ツバメの心は揺れました。

そしていよいよ、渡りの日が来ました。

兄ツバメはみなから「お前なら絶対大丈夫だ」と声をかけられ、自信満々でした。

「俺が一番乗りで着いてみせる」

そう言って真っ先に飛び立ちました。そして空から呼びかけました。

「お前も早く来い」

ツバメはひどく迷いました。自信などありませんでした。未経験の距離を飛び切れる根拠など、どこにもありませんでした。

それでも、ツバメは飛び出しました。


4、大海原


飛び始めてしばらくすると、後ろの陸地がみるみる遠ざかりました。

前を見ても、横を見ても、海だけが広がっています。どこまで行っても、次の陸地が見えません。

「このまま陸地がなかったら。疲れて海に落ちたら。」

翼が重くなってきました。お腹も空いてきました。不安が波のように押し寄せてきます。飛ぶ力が落ちていくのが、自分でもはっきりとわかりました。

周りを見ると、仲間たちも皆、苦しそうな顔をして飛んでいました。誰も誰かを助ける余裕はありません。励ましの言葉をかけることもできません。

ふと遠くを見ると、兄ツバメが何かを叫んでいました。

「誰か俺を励ましてくれ!俺は素晴らしいツバメだと言ってくれ!そうでないと、力が尽きてしまう!」

しかし誰も答えませんでした。皆、自分のことで精一杯だったからです。

ツバメは自分の不甲斐なさを嘆きました。

「もっと能力があれば、こんなところは楽に飛べたのに。」

そのとき、ふと、これまで生きてきた日々のことが心に浮かびました。

巣立ちの朝、初めて自分で虫を捕まえ時。できないと思っていたことが、やってみたらできたんだ。

「そうだ。僕はいつだって、できない不安に打ちのめされてきた。でも、ちょっと勇気を出してやってみたら、できたじゃないか。」

そして次の瞬間、心の奥底からじわりじわりとある思いが込み上げてきました。

「僕は飛び切れる。僕はできる。僕はできるツバメなんだ。やってやる。」

何の根拠もありませんでした。そう自分に言ったところで、速く飛べるわけでも、力がみなぎるわけでもありませんでした。それでも、ツバメはただひたすら、自分自身に声をかけ続けました。

「できる。できる。僕はできる。」


5、陸地


遠くに、黒い影が見えました。

陸です。

そこから先の記憶は、ほとんどありません。ただ必死に、自分を励ましながら飛び続けました。

気がつくと、足の下に枝の感触がありました。

ツバメは、大海原を渡り切っていたのです。

しばらくの間、ツバメはその場に座り込んで、ぼんやりとしていました。やがて息が整い、心が落ち着いてくると、ひとつの考えが静かに、しかしはっきりと胸の中に灯りました。

「そうか。自分で自分を励ますことができれば、想像もできないような力を引き出すことが出せるんだ。」

「これは自分にしかできない。死ぬ直前まで、諦めずに生きる道を探すんだ。」

そしてツバメにはある気づきがありました。

嘴の色

「どうせ誰も褒めてくれないなら、自分で自分を褒めてあげればいいじゃないか。この嘴の色だって」

ツバメは、自分の嘴をそっと見ました。

悪くない、と思いました。

お腹が減ってきたツバメはふわりと空に飛び立ちました。


おしまい

リンクをコピーしました

Mybestpro Members

木戸伸英
専門家

木戸伸英(獣医師・中小企業診断士)

獣医師と中小企業診断士の専門知識を生かし、動物の専門用語と経営・行政の用語を両立し、現場の声を意思決定に変換。組織内外の摩擦を減らし、職員が本来の専門業務に集中できる環境をつくるお手伝いをします。

プロのおすすめするコラム

コラム一覧に戻る

プロのインタビューを読む

動物関連事業の経営を支える獣医師・中小企業診断士

木戸伸英プロへの仕事の相談・依頼

仕事の相談・依頼