現場の「専門性」を殺さない。リーダーが一人で抱え込まないための『組織の橋渡し役』という選択。【後編】
東日本大震災から15年。動物園で起きた「停電で動かない扉」が教えてくれたこと
2026年3月11日。東日本大震災から15年が経ちました。震災当時、私は神奈川県内の動物園で業務に携わっていました。その時の経験の中で、今でも強く印象に残っている出来事があります。
それは、「停電で獣舎の扉が開かない」という問題でした。
動物園では、動物の出入りを管理するため、多くの獣舎で扉が電動化されています。普段は安全で便利な設備ですが、停電が起きた瞬間、その設備が大きな課題になる可能性があります。
実際に震災当日、私たちはその問題に直面しました。
地震直後の動物園
当時私は動物園で勤務していたため、震災直後の園内の状況を今でもよく覚えています。
午後2時46分。それまで経験したことのないほど長く大きな揺れでした。現場で最もベテランだった職員がすぐに無線を入れ、動物や施設の安全確認と来園者の迅速な退園を指示してくれたため、初動対応そのものは大きな混乱なく進みました。
しかし、本当の問題が起きたのはその後でした。
停電で動物を収容できない
地震の直後、園内は停電しました。
当時、獣舎の動物用扉の多くは電動で開閉する方式でした。そのため、停電すると通常の操作では扉を動かすことができません。若手職員の多くは、停電時にどのように扉を操作すればよいのかを知りませんでした。
幸い、その日は園内を知り尽くしたベテラン職員が出勤していました。その職員が獣舎を一つ一つ回り、電気のない状態での扉の開閉方法を指示してくれました。夜までかけて対応し、ようやくすべての動物を収容することができました。
もしそのベテラン職員がいなかったら、対応はもっと混乱していたかもしれません。
職員が帰れない、出勤できない
私が働いていた動物園は神奈川県にあり、幸い施設や動物に大きな被害はありませんでした。しかし別の問題が発生しました。公共交通機関がすべて止まってしまったのです。
多くの職員が帰宅できず、携帯電話も夜まで通信障害が続いたため、職員同士の連絡や家族の安否確認もできない状態が続きました。帰宅できない職員の食料も十分ではなく、動物用に備蓄していた非常用の乾パンを食べながら夜を過ごしました。
翌日も交通機関の混乱は続き、職員配置のやりくりは非常に困難でした。その一方で、飼育動物にはできる限り普段と変わらない環境を整える必要があり、その点が特に大変だったと記憶しています。
その後に起きた「見えない問題」
震災後、動物園を中期的に苦しめたのが、物資の供給でした。
ガソリンの供給が不安定になり、園内車両の使用を制限せざるを得なくなりましたまた、動物用飼料の供給も一時的に不安定になりました。特に特殊な餌を必要とする動物では餌の確保が大きな問題となりました。計画停電もあったため、予定される停電時間までに飼育作業を終えなくてはならない、制約もありました。停電は扉の開閉の問題もありましたが、もう一つ水圧を保つためのポンプが作動しなくなり、獣舎を掃除する水が出なくなる問題もありました。さらに冬の時期だったため、重油で動く獣舎の暖房も節約しながら使用する必要がありました。
動物の餌が完全に途絶えることは幸いありませんでしたが、供給が不安定な状態が続き、職員として非常に不安を感じながら日々の飼育業務を続けていたことを覚えています。
現場の経験だけに頼る防災には限界がある
この経験を通して私が強く感じたことがあります。
それは、災害時の対応が、現場の経験に大きく依存していたということです。
今回の震災では、たまたまベテラン職員が現場にいたため対応することができました。しかし、もしその職員が不在だった場合、状況は大きく変わっていたかもしれません。災害時の対応を、個人の経験や勘に頼る状態は、組織として大きなリスクになります。
動物園や動物飼育施設にもBCPが必要な理由
そこで重要になるのが、BCP(事業継続計画)です。
BCPとは、災害などの非常時においても重要な業務を継続し、できるだけ早く復旧するための計画のことです。動物園や動物飼育施設の場合、BCPでは例えば次のような点を整理しておくことが重要になります。
・停電時の設備の操作方法
・職員の役割分担
・危険動物の管理体制
・飼料や水の確保
・長期的な物資供給
災害はいつ起きるか分かりません。だからこそ、現場の経験だけに頼るのではなく、組織として備える仕組みを作っておくことが重要だと感じています。
BCPは「作るだけ」では意味がない
もう一つ大切なことがあります。
それは、BCPは作るだけでは意味がないということです。実際の災害では、想定外のことが必ず起きます。
そのためには
・定期的な訓練
・マニュアルの更新
・現場職員との共有
といった取り組みが欠かせません。BCPは一度作って終わりではなく、現場とともに育てていく計画です。
動物園や動物飼育施設のBCPは、一般企業のBCPとは少し違う
BCPという言葉は広く知られていますが、動物園や動物飼育施設では、一般企業とは異なる視点が必要になります。
例えば
・危険動物の逸走リスク
・動物種ごとの管理方法
・飼料供給の継続
・限られた飼育職員での対応
・来園者対応との両立
これらは、動物の飼育現場を理解していないと、現実的な計画を作ることが難しい分野です。しかも、緊急時はこれらの対応を同時にこなさなくてはなりません。
私はこれまで動物園で業務に携わる中で、こうした現場の安全管理について考える機会が多くありました。
現在はその経験を活かし、動物飼育施設の安全管理や業務改善についてのサポートも行っており、先日もある施設の安全管理について現場視察と改善提案レポートを作成しました。施設長の方から「これから何をしていけばいいか明確になった。ありがとうございます」とのありがたい言葉を頂いています。
震災から15年。今こそ改めて考えたいこと
東日本大震災から15年が経ちました。
しかし、災害のリスクがなくなったわけではありません。その後も大きな地震や強力な台風による被害、また最近では新型コロナウイルス感染に起因した非常事態宣言の発令など、誰もが予想しないような事態が次々と実際に起こっています。
動物園や動物飼育施設では、来園者の安全だけでなく、動物たちの命を守る責任もあります。その責任を現場の努力だけに頼るのではなく、組織として支える仕組みを整えることが必要です。
震災から15年という節目に、動物飼育施設の防災について改めて考えるきっかけになれば幸いです。
動物園や動物飼育施設では、それぞれの施設ごとに設備や飼育体制が異なるため、防災対策の形も施設ごとに変わります。
もし
・災害時の対応を整理したい
・BCPを作りたいが何から始めればよいかわからない
・職員向けの安全研修を検討している
といったことがあれば、お気軽にご相談ください。




