自院の経営状態に不安がある方必見!動物病院業界の財務指標(後編)

新人と経験者、それぞれへの実践策
はじめに
前回の記事では、獣医師の採用を「学び重視型(卒後まもない層)」と「働き方重視型(一定の経験がある層)」に分けて考える重要性をお伝えしました。今回はその続編として、動物病院で獣医師に長く勤務してもらうための方法を、同じ二つの視点から掘り下げます。結論から言えば、定着の鍵は「教育への投資」と「働きやすさの設計」を両輪で回すことにあります。売り手市場が続く今、採用コストを外部に払い続けるよりも、自院の教育力と職場環境を磨くことが、長期的には最も確実で、病院にとって費用対効果の高い打ち手になります。
「学び重視型(卒後まもない層)」
まず、卒後間もない獣医師についてです。彼らの最大の関心は、知識と経験の獲得です。どれほど院内の雰囲気が良くても、2~3年で次の環境に挑戦したいと考える人は少なくありません。これは病院側の努力不足というより、キャリア初期の自然な志向です。したがって、経営者は「いつかは旅立つ」という前提で人員計画を立てる必要があります。そのうえで、教育に消極的になってしまうと、病院にとって致命的な機会損失になります。なぜなら、採用市場では「学べる場」こそが最大の魅力であり、院内での症例検討・OJT・メンター制度、さらに学会や研究会での発表機会の有無が、応募の意思決定に直結するからです。
採用コストの観点からも、教育投資は理にかないます。たとえば、人材紹介エージェント経由で1名採用するたびに数百万円の手数料が発生し、それが2~3年ごとに繰り返されれば、固定費のように積み上がります。これに対して、院内の教育のために年間100万円程度を投じ、若手に発表の機会を与え、症例の学びを体系化すれば、その内容自体が病院のブランド資産になります。たとえ若手が次のステージに進んでも、「育ててもらった」という好意的な印象と発信された実績は残り、結果として新しい応募が自院へ自然と流入する——この好循環を作れます。インターナルマーケティングの発想でいえば、従業員満足の向上が顧客満足を高め、口コミや評判の改善を通じて再び人材と患者を呼び込むのです。
教育の仕組みは「人の善意」に頼りすぎないことが重要です。実務では、メンターを明確に任命し、到達目標と評価軸を事前に共有します。新人が迷いやすいのは、指導医によって方針が食い違うときです。まずは一人の主担当メンターが基本方針を定め、応用や別解はケースディスカッションで広げる、という順序を徹底します。指導時間は勤務時間として正式に確保し、メンターには相応のインセンティブを用意します。これは特別なことではなく、一般企業ではすでに標準化されている人材育成の手順です。さらに、院外発表を奨励し、演題選定からスライド作成、査読対応までの支援を院内で標準プロセス化すると、教育は一段と加速します。若手は「学んだことを社会に発信できる」場を持つことで、病院へのロイヤリティが高まり、たとえ転職しても良好な関係性を保ったまま巣立っていきます。残るのは、病院に蓄積される知見と評判です。
「働き方重視型(一定の経験がある層)」
次に、一定の経験を積んだ獣医師の定着について考えます。彼らは結婚や子育て、介護など、仕事以外の責任を抱えやすいライフステージにあります。勉強や症例経験を積む意欲は保ちながらも、時間資源が限られることを自覚しているため、求めるものは「働きやすさ」と「収入の安定・予見可能性」です。ここで病院がすべきは、条件の明確化と柔軟性の設計です。週3~4日の固定勤務、短時間正社員、オンコール免除枠、残業方針の明示、評価と報酬の連動ルールなどを、最初から数字で提示します。これがあるだけで、経験者は安心して長く働ける土台を見出します。院長の人柄や院内の人間関係、忙しい中でも学べる最小限の仕組みが整っていれば、彼らは病院の「要」となり、ノウハウの継承者として機能します。新人教育の担い手にもなってくれるため、採用から育成までの一連の流れが院内で完結しやすくなります。
要するに、若手には「学びの設計図」を、経験者には「働きやすさの設計図」を提示することが、定着率を押し上げる最短経路です。具体的には、教育係の任命と権限付与、指導時間の制度化、メンターへのインセンティブ設計、到達目標の可視化、院外発表支援の標準化、勤務条件と評価基準の明文化——この一連を“仕組み”として回すことがポイントになります。こうして育った若手は、たとえ別の病院に進んでも好意的な評判を残し、経験者は院の中核として残り、新人を育てる。結果として、外部エージェントに依存せずとも、応募が集まり、育成が回り、定着が強くなるという循環が生まれます。
経営判断の要
最後に、経営判断として強調したいのは、コストの使い途です。人材紹介エージェントの手数料に継続的に資金を投じるのか、それとも教育と職場環境の改善に同額を投じるのか。短期的な人手不足の解消だけを追うと、将来にわたる出費は固定化します。一方で、教育と働きやすさに振り向ければ、病院の実力そのものが底上げされ、患者サービスの質も向上します。その積み重ねが、採用・定着・評判の三位一体の成果となって返ってきます。売り手市場のいまこそ、外部コストを内部資産に変える転換点です。自院の強みを磨き、学びと働きやすさを両立させる仕組みを整えれば、獣医師が自然と集まり、そして長く働き続ける病院へと確実に近づくと私は考えます。
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