SPring-8に来られる先生方のサポートがしたいところですが…
この『雑誌会の部屋』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介するコーナーです。
エポキシ樹脂用の硬化促進剤であるイミダゾールと高分子化合物を錯体化して潜在性を付与させようとしたお話です。
Poly(2-alkyl/aryl-2-oxazoline)-Imidazole Complexes as Thermal
Latent Curing Agents for Epoxy Resins
Asu Ece Atespare, Taha Behroozi Kohlan, Saeed Salamatgharamaleki, Mehmet Yildiz,
Yusuf Ziya Menceloglu, Serkan Unal, and Bekir Dizman*
ACS Omega 2024, 9, 36398−36410
(本文)
https://pubs.acs.org/doi/epdf/10.1021/acsomega.4c03904?ref=article_openPDF
(追加情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acsomega.4c03904/suppl_file/ao4c03904_si_001.pdf
接着剤などに使われるエポキシ樹脂は2液型と言われ、2つの(主に)液体原料を混ぜ合わせることで、反応が始まり、重合が進み、接着性などの物性が発揮されます。
ホームセンターや最近では100均ショップなどでも、エポキシ接着剤は市販されており、2本のチューブ入りとなって、混ぜて使うようになっています。
しかしながら、2種類の原料を混ぜることは手間であり、できれば1本で済ませたいところです。
実際、1本で構成される1液型のエポキシ樹脂も既にあります。しかしながら、室温では保管中に反応が自然に進むので、冷蔵あるいは冷凍保管して使うことが多いです。
対策として、潜在性を持つ効果促進剤(触媒)があれば良いことになります。
ここでの潜在性の潜在とは『表面に現れず、ひそみかくれていること。(広辞苑)』にありますように、何かのきっかけで突然触媒能を発揮する性質のことです。比較的多くのパターンとして、熱による潜在性があり、ある温度までは触媒能が働かず、高温になれば、触媒能が発揮されるものです。ある温度は望ましくは室温より20~30℃くらい高い温度でしょうか?
このテーマ、以前からあるのですが、なかなか決定打が出ていないのが現状です。
硬化促進剤の一つにイミダゾールというものがあります。
下記資料7ページ目には『2.2 イミダゾールによる硬化』のところには『同じ第三アミンでも同一分子内に第ニアミンをもつイミダゾール〔VIII〕硬化は脂肪族第三アミンと異なっている。イミダゾールによるエポキシ樹脂の硬化は低温で比較的反応が遅く,高温で激しく反応し,高い温度で硬化された樹脂は150~160℃ の高いHDTをもつことが知られている。』とあります。
(エポキシ樹脂の硬化反応)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/networkpolymer1980/1/3/1_167/_pdf/-char/en
比較的高温で反応するということで、元々潜在性がいくらかあったところへ潜在性を更に深めようということでしょうか?
反応機構は上記資料、8ページ目の上の図、あるいは下記に出ています。
(イミダゾール硬化反応メカニズム)
https://kagaku.shikoku.co.jp/products/resin-additive/resin-additive-p5/
資料とホームページはやや違うところがありますが、イミダゾールの分子内、窒素原子2個とも反応させて重合していることに変わりはありません。
その窒素原子の一つをポリオキサゾリンなどとイオン結合させてキャップしようとしたようです。図1にイミダゾールをキャップする原理が出ています。
ポリオキサゾリンについては、
(ポリオキサゾリン:ポリエチレングリコールの代替材料)
https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/technical-article/materials-science-and-engineering/drug-delivery/polyoxazoline?srsltid=AfmBOooTpTuUlyHAfHhONGEi7Rp0tgN6UQAvmvwpXjnslcB-nyipJyzO
上記資料中のポリオキサゾリンの構造のRを置き換えることで、バリエーションがあるようです。
再び図1を見ますと、Rがエチルの場合はPEOZ、プロピルの場合はPPrOZ、芳香環の場合はPPhOZとなり、イミダゾールと錯体化した場合はそれぞれPEOZ-Im、PPrOZ-Im、PPhOZ-Imと呼ぶようにしたようです。
ポリマー側の合成については、追加情報に書かれています。
すべての2-(アルキル/アリール)-2-オキサゾリンモノマーを110℃で乾燥させた丸底フラスコ中で重合させ,真空下で冷却し,真空/N2サイクルで保持したようです。重合は、開始剤としてトリフルオロメタンスルホン酸(TfOH)を用い、モノマー濃度4Mのクロロベンゼン中で行ったようです。それぞれ1,000、2,000、5,000g/molのポリマー分子量(モル質量、molar mass = 1K、2K、3K)を得るために、モノマーと開始剤の比([M]/[I])を10、20、50としたようです。メタノールKOH溶液を用いて重合を終了させたようです。
ポリマー/イミダゾールの比率=1/1あるいは5/1を検討したようです。もし理想的に事が進めば、全てのイミダゾールがポリマーと会合して錯体を形成するはずですが、そうならずに、ポリマーと錯体を形成していないイミダゾールが遊離している可能性もあり得ます。そこで、ポリマーを過剰として検討したようです。
錯体の作り方は簡単なようで、ポリマーとイミダゾールのジクロロメタン溶液を40℃で2時間撹拌し、エバポレーターでジクロロメタンを留去したようです。
結果です。
まずは錯体の形成をFT-IRで確認しています。
図2aに、イミダゾール(Im)、PEOZ 1K(ポリマー分子量=1000g/mol)、PEOZ-1K/Im=1/1およびPEOZ-1K/Im=5/1錯体のFTIRスペクトルが示されています。ImのFTIRスペクトル(一番上の青い線)では、Imの鋭いC=Nピークが1668 cm-1に存在し、ImのN-H屈曲と伸縮に関連するピークがそれぞれ1540 cm-1と3124 cm-1に見られたようです。一方、PEOZ-1KのFTIRスペクトル(上から2番目の緑線)では、1625cm-1にアミドピークが存在したようです。PEOZ-1K-Im複合体のFTIRスペクトルでは、ImのシャープなC=NピークとPEOZ-1KのブロードなC=Oピークが融合していたようです。更に得られた錯体のFTIRスペクトルには、ImとPEOZ-1Kの他のピークが認められたようです。要は錯体のスペクトルにはそれぞれの原料に基づくピークが合わさっていたということのようです。もっとも、PEOZ-1K/Im=5/1の場合は、Imの存在比が薄まり、ピークの確認も難しくなってはいるようですが…
次にTGAを測定しています。
Imのみは一段階で分解し、範囲は178-222℃(Td,onset)であり、残渣は0.1%未満であったようです。PEOZ-1K/Im=1/1およびPEOZ-1K/Im=5/1は、各成分の分解温度が異なるため、多段階分解をたどることがわかったようです。PEOZ-1K/Im=1/1の分解ステップは、206-357℃(Td,onset、55.3 wt %)と357-800℃(Td,onset、39.0 wt %)だったようです。このように、2つに分解ステップが分かれ、それなりの%であったことは、ポリマー/Imの比率が1/1であることが確認できたみたいです。130℃までの重量減少(2.57%)は水分の蒸発によるものみたいです。全分解は0.96%の残渣で完了したようです。PEOZ-1K/Im=5/1の場合、最初の分解は121-357℃(Td,onset)で見られ、24.3%の重量減少だったようです。2回目の分解は357-800℃(Td,onset)で起こり、72.5%の重量減少だったようです。複合体に吸収された水分は3.0wt%であったようです。(120℃まで)分解の領域の比率から、いささか無理はあるものの、PEOZ-1K/Im=1/1の結果も考慮すれば、ポリマー/Im=5/1であることが確認されたようです。PEOZ-1K/Im=5/1の全分解は0.1%の残留物で完了した。他のPOZ-Im錯体についても同様の結果だったようです。
続いてダイナミックDSCを測定しています。
このダイナミックDSCですが、通常のDSCとの違いについて、原理として『ダイナミックDSCは通常のDSCの一定昇降温速度に、動的(Dynamic)な温度変化を加えて測定を行う。』とあり、特長として『得られたデータを演算処理することにより、可逆的に熱量変化する物質(比熱、ガラス転移温度Tg、融解)と非可逆的な熱量変化(結晶化、架橋反応)に分離することができる。従来のDSCより、測定感度、温度分解能が優れている。』とあります。
(ダイナミック DSC)
https://www.mcanac.co.jp/db/technical-note/tec-6c001.php
まず、Imとエポキシ樹脂であるDGEBA(図1のd))だけの混合物でImの含有率を変えて評価しています。結果が表1に出ています。Imの含有率を変えても、あまり結果は変わらなかったようです。
続いて、錯体の結果が表2と表3に出ています。
目標は如何にDSCのピークが高温側へ行って、潜在性が発揮されるか?ということのようです。
まず、表2と表3ですが、錯体形成の比率がポリマー/Im=1/1の場合が表2、ポリマー/Im=5/1の場合が表3となり、表3のポリマー/Im=5/1の場合の方の結果が良好です。
これは上記で申し上げたように、ポリマー/Im=1/1の場合ではImは完全にポリマーと錯体化し切れておらず、一部はフリーで遊離していたためではないか?と考えられます。
このあたりについては、図3(a1)あるいは図3(a2)でも確認することができます。
更には図6でも、ポリマー/Im=5/1の方がImがポリマーによりマイクロカプセル化されて取り込まれ、エポキシ樹脂中に首尾よく分散されていたことがわかったようです。
続いてモル質量を1K→2K→5Kと増やしていくと、ピーク(特にleft limit)は低温側にシフトしたようです。これについては、モル質量が小さい方がOHの数が増え、ポリマーとエポキシ樹脂の相互作用が強まったのではないか?と考察しています。
このモル質量の検討については図4にも示されています。
更にポリマーの種類ですが、PEOZあるいはPPrOZをポリマーとした方がPPeOZやPPhOZをポリマーとするより良好だったようです。
これはPEOZやPPrOZの方の親水性がPPeOZやPPhOZを比較すれば強く、その結果として、Imが良く分散されたためではないか?と考察しています。
このあたりについては、図3(b1)あるいは図3(b2)にも示されています。
更に、図5(a)では親水性のImのみの場合は疎水性のエポキシ樹脂の中では凝集してしまっていることが示されています。それが図5(b)のPEOZや図5(c)のPPrOZの場合のように、ポリマーが比較的親水性であるため、Imとエポキシ樹脂の中間をうまく取り持つようになり、Imはマイクロカプセル化され、Imは首尾良く分散したようです。そして、図5(d)や図5(e)となれば、ポリマーの疎水性が上がって、図5(a)に見られたImとDGEBAだけの状態に近づいたため、Imの凝集が発生したことがわかったようです。
そして、PEOZなのか?PPrOZなのか?になります。
チャンピオンDATAはPPrOZ-1K/Im(1%)=5/1の場合のleft limitが119.73℃になりますが、同じ条件でPEOZの場合が111.55℃と、あまり差がなかったことに加え、他の結果が軒並みPEOZの方が良好であったことから、その後はPEOZを中心に評価したようです。
続いて、潜在性の評価を等温DSCにて評価しています。
この等温DSCは温度をスキャンせず、一定温度に設定してDSCを測定する方法です。
下記参考資料には、『等温法はポリオレフィンの熱安定性を評価する目的で ASTM D3895 "Test Method for OxidafiveInduction Time of Polyolefins by Thermal Analysis"や日本水道協会 JWWA K 144 " 水道配水用ポリエチレン管"などの公定法に規定されている. JWWA K 144の測定法は, ポリエチレン試料15mgを用い, 50cm3・min-1窒素気流中にて20℃ ・min-1で200℃ まで昇温, ベースライン安定後に50cm3・min-1酸素気流に切換え, 酸化に伴う発熱反応を観測し酸化誘導時間を測定する手法である.』とあります。
この参考資料では酸化誘導時間を調べていますが、酸化反応をエポキシ基とイミダゾールの反応に置き換えれば良いことになります。
(示差走査熱量計による昇温法と等温法の測定値の精度検討と劣化検出) https://www.jstage.jst.go.jp/article/gomu1944/81/11/81_11_447/_pdf
結果が図7に示されています。
温度設定を3段階にするなど、条件を変えて検討していますが、結果的に青線のPEOZ-1K/Im(1%)=5/1の場合が最も良好であったようです。
表4はエンタルピーについて調べた結果です。
エンタルピーについては、『空気が持つ熱量(エネルギー)のことで、内部エネルギーと膨張・収縮するためのエネルギー(流動エネルギー)を合わせたものをいいます。単位は、kJで表します。』とあります。
https://www.apiste.co.jp/contents/precision-air-conditioning-navi/library/enthalpy-about/
(生成熱と反応熱の関係)
https://www.try-it.jp/chapters-9383/sections-9384/lessons-9416/
あるいは、エンタルピーについて
(反応熱・エンタルピー・熱化学反応式)
https://kimika.net/netsuhouteishiki.html
再び表4を見ます。
結局、高温でも激しく発熱反応することを避けたいということのようです。
その観点から見ると、PEOZ-1K/Im(1%)=5/1の場合は110℃でもエンタルピーは165.71J/gと低く抑えられ、残余エンタルピーも0.95と小さかったようです。
図8は室温で3日間保管した場合の評価の結果です。
PEOZ-1K/Im(1%)=5/1の場合はは元々エンタルピーが低く抑えられ、3日間保管しても落ち方がImだけの場合と比べて引くかったことがわかったようです。
図9は熱をかけた際の粘度の変化を、ImだけとPEOZ-1K/Im(1%)=5/1の場合とで比較した結果です。
50℃の場合、Imだけの場合は100分後に粘度上昇が始まり、その後は徐々に粘度が上昇したことがわかります。
一方、PEOZ-1K/Im(1%)=5/1の場合は、360分までは粘度上昇は見られず、一旦粘度上昇が始まると、粘度上昇の傾きがImだけの場合と比べて大きかったようです。
60℃になると、Imの場合の粘度上昇の傾きは50℃の場合より大きくなったが、PEOZ-1K/Im(1%)=5/1の場合は50℃の時と同じだったようです。
そして、PEOZ-1K/Im(1%)=5/1における硬化物を評価しています。図10は硬化物の外観や光透過率を調べた結果です。効果前は透明だったようですが、硬化後は濃い茶色となったようです。透過率は380nmで30%だったようです。
最後に硬化物のTgを動的粘弾性で評価しています。
動的粘弾性について、『弾性を表す貯蔵弾性率:E’、粘性を表す損失弾性率:E”であり、その割合を損失正接:tanδ(=E”/E’)と呼び、温度変化により物性が変わる場合などに粘性の増加などが起こる事を表す指標とされます。』『弾性率の値が50℃位から低下し始め、90℃を超えると大きく下がり始め
この変曲点がE’のガラス転移点です。また粘性を示す損失弾性率E”が110℃程度でピークを迎えます。またtanδが120℃付近でピークを迎えます。それぞれE”ガラス転移点、tanδガラス転移点となります。』 (動的な弾性率測定)
https://info.shiga-irc.go.jp/public/data/777/511.pdf
一般的にはtandδガラス転移点で評価するようですが、ここではE”ガラス転移点で評価し、69.35℃だったようです。
所感です。
潜在性硬化促進剤の開発は長期にわたって行われており、それだけ必要でありながら、難易度も高く、なかなか良いものが開発されていないのだろうと思われます。
今回の研究例はガチガチの強い共有結合よりやや緩いイオン結合を利用しているところが興味深いところです。
(【化学基礎】結合の強さはどの順番?)
https://kimino-school.com/study/post-2414/
なお、硬化物のTgが69.35℃でしたが、かなり低く、あまり実用的とは言えません。
もっとも、イミダゾールには種類が多く、硬化物のTgも幅が広いため、イミダゾールを変更することで、改善は十分期待できると考えられますので、まだこれで終わったとは言えないでしょう。
(エポキシ樹脂・硬化剤の組み合わせと用途)
https://www.shima-tra.co.jp/cms/shima/products/pdf/epoxy_resin_curing_agent.pdf