雑誌会の部屋

フッ化ビスマスを電池用電解質として試用

この『雑誌会の部屋』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介するコーナーです。

フッ化物電池のお話です。

Alkaline Earth Bismuth Fluorides as Fluoride-Ion Battery Electrolytes

Spencer Doyle, Edvin Tewolde Berhane, Peichao Zou, Ari B. Turkiewicz, Yang Zhang,
Charles M. Brooks, Ismail El Baggari, Huolin L. Xin, and Julia A. Mundy*

ACS Omega 2024, 9, 39082−39087

(本文)
https://pubs.acs.org/doi/epdf/10.1021/acsomega.4c05872?ref=article_openPDF

(追加情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acsomega.4c05872/suppl_file/ao4c05872_si_001.pdf

充電して繰り返す電池(二次電池)として、鉛蓄電池⇒ニッケルカドミウム電池⇒ニッケル水素電池⇒リチウムイオン電池と発達して来ました。今はリチウムイオン電池が全盛です。ただ、このリチウムイオン電池にも問題があるようです。
『まずリチウムイオン電池の課題として、エネルギー密度の低さが挙げられます。スマホやパソコンの蓄電池としては使えても、電気自動車への搭載となると大容量のバッテリーが必要で、航続距離を長くすることが指摘されていますよね。電気自動車のみで考えても、よりコンパクトでより軽く電気エネルギーを蓄える次世代電池の発明が求められています。
もう一つの課題として、リチウムイオン電池は使用している電解液の関係上、高温で発熱して発火する可能性があるのです。韓国で電気自動車の火災が多発しているというニュースや、飛行機内でノートパソコンのリチウムイオン電池が発火するという事例を聞いたことはありませんか? こうした背景からより高性能な次世代電池が求められています。』

そこで、『フッ化物イオン電池は、リチウムイオン電池の数倍のエネルギー密度が出ます。そのため、私はフッ化物が次世代電池として一番現実味があると考え、これを研究しています。』『「フッ化物イオン電池」はフッ素を含むので資源的な意味合いでは豊富かと思います。ただ一般の方のフッ素に対するイメージが悪いのが残念ですね。フロンガスなどを連想されて「フッ化物イオン電池って、充放電するときにフッ素が出るんでしょう?」などと誤解される方もいます。』とあります。

(過熱する次世代電池の開発競争「全固体フッ化物イオン電池」が切り拓く未来)
https://newsmedia.otemon.ac.jp/3426/

これまでCaF2やSrF2が研究されて来たようです。
CaF2については、『蛍石型構造をもつフッ化カルシウム(CaF2)やフッ化バリウム(BaF2)は、全固体フッ化物電池において重要な高電圧下での利用が期待されますが、その反面、イオン伝導率が低い物質です。』とあります。
(原子配列の乱れをもつフッ化物イオン導電性固体電解質のイオン伝導メカニズムの解明)
https://www.kek.jp/ja/press/202409061400

一方のSrF2についての詳細はわかりませんでしたが、17700円/10g、55500円/50gのようです。
https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/product/aldrich/450030

更にはBiF3を電極として用いることも研究されているようです。
(原子間力顕微鏡を用いたフッ化物シャトル二次電池の電極/電解液界面解析)
http://molsci.center.ims.ac.jp/area/2018/pdf/3A16_w.pdf
ただ、BiF3は電気容量が小さいようです。

そして、Ba-Bi-Fの系統が有効であることがわかって来たようです。
そして、SrTiO3基板の上にBaBiF5の単結晶フィルムをBaBiO3からレーザー加工で得られることがわかった研究例があったようです。
(Fabrication of Fluorite-Type Fluoride Ba0.5Bi0.5F2.5 Thin Films by Fluorination of Perovskite BaBiO3 Precursors with Poly(vinylidene fluoride)
https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/acsomega.8b02252
なお、上記研究例にはイン伝導性に関する検討はなかったようです。

今回の研究例ではSrTiO3の上にBaBiO3を設けるやり方と、BaF2の上にBaBiO3を設けるやり方の2通りを検討したようです。
BaF2が突然出てきましたが、その理由はわかりません。
ただ、図1を見ますと、SrTiO3とBaBiO3との間には結晶格子サイズにずれがあり、点線で示されています。一方、BaF2とBaBiO3の間には結晶格子間のサイズがほぼ一致しており、どうやらこれが影響したようです。
そして、BaBiO3はトポタクティック反応により、BaBiF5に変換されたようです。
トポタクティック反応については、
『トポタクティック反応とは、物質の基本骨格が保たれたまま、一部の元素が出入りする反応であり、固相反応法と比べて低温で進行するのが特徴の一つである。特に、膜厚がナノメートルオーダーの薄膜試料の場合、体積に対する表面積の割合が極めて大きいため、反応性がバルク結晶と比べて極めて高くなる。すなわち、バルク結晶ではアニオン置換が出来なかった物質でさえ、薄膜形状ではアニオン置換が可能となる。』とあります。
(複合アニオン酸化物薄膜の合成と新機能探索)
https://www2.kek.jp/imss/pf/workshop/kenkyukai/20180703/Abst-Chikamatsu.pdf

今回の研究例の場合は、
(1)まず、フッ化亜鉛( https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/Z0050)とポリ(ふっ化ビニリデン)( https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/product/detail/W01POS18734.html)をフッ化用試薬として準備。
(2)BaBiO3(on SrTiO3 or BaF2)、SrBiO3(on SrTiO3)のサンプルを準備。
(3)チューブ中、アルゴンガス気流下(約50mL/min)、BaBiO3をフッ化亜鉛とポリ(ふっ化ビニリデン)から1cm離して設置。
(4)200℃×20時間加熱。
ということだったようです。

改めて図1を見ます。電池の構成は図1cになるようです。
また、図1dは平面格子パラメーターで、BaBiO3とBaBiF5とBaF2は近い値だが、SrTiO3は離れた値となっています。これが図1aと図1bで見られたように、点線で表された部分でのズレの原因であったようです。

図2aはX線回折測定の結果で、SrTiO3の上に高品質なBaBiO3あるいはSrBiO3のフィルムが形成されていたことがわかったようです。
また、BaF2の上にもBaBiO3のフィルムが形成されていたことも確認できたようです。

図2bと図2cは逆格子マップ(逆格子空間マップ?)(reciprocal space map、RSM)を表しています。
この逆格子マップの作成により、結晶方位がわかるようです。
「 結晶に X 線を照射すると、原子の並びに対応した X 線の回折現象が生じます。X 線回折法では、この回折 X 線を検出することで、原子の周期間隔(格子面間隔)や結晶方位に関する情報を取得することが出来ます。
『X 線回折法による逆格子マップ測定』では【図 1】のように、膜の垂直方向~斜め~水平方向に観測されるすべての回折 X 線を測定し、それらを組み合わせた 2 次元の強度マップを作成します。この 2 次元の強度マップを逆格子マップと呼び、検出された回折線の位置関係から結晶方位を評価可能です。」とあります。
(【技術資料】 半導体材料の結晶構造解析(逆格子マップ))
https://tosoh-arc.co.jp/wp-content/uploads/2017/04/T1701Y.pdf

図2cからBaF2はSrTiO3より有利であることがわかったようです。
BaBiO3/BaF2(青)の逆格子マップは面内格子の一致を示し、BaF2上に成長したBaBiO3の電子回折像は、基板、6ユニットセルの膜、30ユニットセルの膜の間で一貫した格子間隔を示していることがわかったようです。一方、SrTiO3の場合はそのような一致が見られなかったようです。図2のXRDデータから抽出した面外格子パラメータは表1に示されているようです。

BaBiO3あるいはSrBiO3をフッ素化した後の様子が図3aに示されています。
BaBiF5の場合は(001)にピークがあり、SrBiF5の場合は(001)にピークがなかったようです。

図3bはBaBiO3をフッ素化してBaBiF5とした前後のX線光電子分光法(XPS)の結果になります。
(X線光電子分光法(XPS)の原理と応用)
https://www.jaima.or.jp/jp/analytical/basic/electronbeam/xps/

酸素1sのピークは528eV、ビスマス(Bi)のピークは678eVだったようです。フッ化物1sのピークはBiのピークと重なるものの、強度が遥かに大きかったため、首尾良くフッ素化は達成できたようです。また、フッ素化後も、酸素1sのピークは小さく存在しており、どうしても酸素は残存してしまうようです。これは過去の研究例でもあったようです。

最後にイオン電導性を評価しています。
図4a、BaBiF5/SrTiO3の場合はイオン電導度が2.4×10-5S/mだったようです。
図4b、SrBiF5/SrTiO3の場合はイオン電導度が1.2×10-5S/mだったようで半減したようです。
更に、図4cに示されているように、BaBiF5/SrTiO3の活性化エネルギーはΔ240meVだったのに対し、SrBiF5/SrTiO3の活性化エネルギーはΔ80meVと大きく下がったようです。

所感です。
リチウムイオン電池に代わるフッ化物電池の研究例でした。
改めてフッ化物電池について調べました。
実用化は早くて2030年頃とあり、現状では劣化速度も速いようです。
(フッ化物イオン電池とは?エネルギー密度は?実用化目途は?)
https://hasimoto-soken.com/archives/8037

さて、今回の研究例ですが、BaBiO3をフッ素化してBaBiF5とすれば良いことがわかりました。そして、もう一つ、図2cから、土台をBaF2とした方が良いこともわかりました。
しかしながら、図4におけるイオン伝導率の評価では土台がSrTiO3のようです。ここは土台がBaF2である場合のイオン伝導率が知りたいところですが、なぜこのような中途半端にことになったのでしょうか?発表を急いだからでしょうか?疑問です。

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辻村豊
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辻村豊(技術コンサルタント)

合同会社 播羊化学研究所

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