雑誌会の部屋

水素製造に使う触媒の開発期間が6年から1か月に短縮できた?

この『雑誌会の部屋』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介するコーナーです。

Human−Machine Collaboration for Accelerated Discovery of
Promising Oxygen Evolution Electrocatalysts with On-Demand
Elements

ACS Cent. Sci. 2023, 9, 2216−2224

水の電気分解に用いる電極材料の探索を人の手で行うと6年間かかるところ、AIを利用したら一か月でできたというお話です。

(本文)
https://pubs.acs.org/doi/epdf/10.1021/acscentsci.3c01009

(追加情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acscentsci.3c01009/suppl_file/oc3c01009_si_001.pdf

最近、水素が注目されています。
『カーボンニュートラル社会実現のためのキーテクノロジーとして期待される「水素」。水からつくることができ、燃焼してもCO2を排出しないエネルギーです。気体、液体、固体などさまざまな状態で貯蔵・輸送が可能で、高いエネルギー効率、低い環境負荷、非常時の利活用が見込まれ、カーボンニュートラル時代において中心的な役割が期待されています。』
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20230419.html

水素を得るには、上記には『水電解、人工光合成、メタン分解』が挙げられていますが、最も現実的な方法は水電解と思われます。
これはいわゆる水の電気分解で、既にいつ学んだか?忘れておりましたが、今は中学2年で学ぶようです。
『授業「化学変化と原子・分子~水の電気分解~」|理科|中2|群馬県』
https://www.youtube.com/watch?v=UP3HEQ4rt3M

今回の研究例では、下記のように、『水を電気分解するための触媒で世界最高効率の材料を発見した。マンガンや鉄などの安価な5つの元素で構成される。グリーン水素の製造効率向上と低価格化につながる。人工知能(AI)で効率的に材料を探索して見つけたという。』とあります。
『水素製造触媒で最高効率、物材機構 AIで短期間に発見』
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC0196O0R01C23A2000000/

更にその背景として、『水電解による水素発生には、酸素発生反応=Oxygen evolution reaction (OER) が伴いますが、OERは反応速度が遅いという問題があり、これを速めるため電極触媒材料には高価で希少な白金族元素が必須と考えられていました。そこで、OER電極触媒の低コスト化・大規模化対応に際し、白金族元素を用いない多元系材料が注目を集めています。しかし、元素の組合せや化学組成は無限にあり、最適な材料組成を発見するためには、膨大なコスト、時間、人的資源が必要となっていました。』『今回、NIMS研究チームはデータ数によって予測する手法を変化させて進化することで、所望の特性を示す材料を正確に予測するAIを開発しました。このAIと人が連携することで、人のみで全候補材料を網羅的に探索すると6年近くかかる3000個程度の候補から、たった1カ月でOER電極触媒材料に適した新規材料を発見しました。発見された電極触媒材料は、Mn、Fe、Ni、Zn、Agという比較的安価かつ豊富な元素で合成できます。そして当該材料は、条件によってはこれまでのOER電極触媒材料の中で最もOER活性が高いルテニウム (Ru) 酸化物を超える電気化学特性を有していました。例えば、今回の新規材料の中で最も地殻存在量が少ないAgにしても、Ruの100倍近くも多く存在しており、水電解装置の大量生産を実現する電極触媒材料であると考えています。』とあります。
これが今回の研究例の概要です。
『進化するAIがエコな水素の普及のための新規材料開発を支援する』
https://www.nims.go.jp/news/press/2023/11/202311301.html

なお、 酸素発生反応については、
『水を酸化して酸素をつくる 金属錯体触媒』と書かれた記事もありました。
https://www.ims.ac.jp/public/vanguard/research-74.html

また白金族(platinum-group-metal、PGM)については、
『PGMには、プラチナ、パラジウム、ロジウム、ルテニウム、イリジウム、オスミウムの6種類のメタルがあります。これにゴールドとシルバーを加えると貴金属は8種類あることになります。』
https://www.oanda.jp/lab-education/metals_basic/pgm/history_features_uses/

そして、上記には、『これまでのOER電極触媒材料の中で最もOER活性が高いルテニウム (Ru) 酸化物』とありましたが、これは二酸化ルテニウム(RuO2)のことのようで、今回の研究例では比較用基準物質として扱われています。

AI利用の流れについては、ABSTRACTの横の図、あるいは図1に示されています。
最初に安価な11種類の元素を選定します。これは人の手で行います。
選んだ元素は11で、図1(a)に示されています。
11個の元素から5つの元素を選び出すことになるのですが、混合比が5つとも同じ場合(1:1:1:1:1)と一つだけ半分(1:1:1:1:0.5)の二通りを考えたようです。
5つの元素から成る電解触媒のことをquinary-element electrocatalyst(QEE)と呼んでいます。
混合比が同じ場合の順列組み合わせは11C5=461で、一つだけ0.5の場合は5×11C5=2310で、合計すると2772通りと、およそ3000通りとなります。
この約3000通りを検証するには、6年間が見込まれるようです。
その膨大な時間をAIにより短縮化しようとしたようです。
まず、10個のランダムに設計されたQEEサンプルの実験データを集め、可能性のあるQEEの構成を予測するための統計上のモデルや最適化アルゴリズムにおけるAI計算のためのトレーニングデータセットとして使われたようです。要は出発用のデータということでしょうか?

ここでトレーニングデータセットですが、機械学習のデータセットに該当すると思われます。
『機械学習は、ある程度まとまったデータを基にして、決められた法則で学習し、予測や推論を行っていきます。この、まとまったデータのことを「データセット」といいます。』
『トレーニングセットは、機械学習モデルを構築するために用いられる学習用のデータセットです。最初に使用され且つ、最も規模が大きいという特徴があります。訓練用データ、学習用データとも言われます。』
『データセットは、自身でアンケート調査を活用するなど独自でデータを収集することが可能です。その場合、工数はかかりますが、費用を抑えられるメリットがあります。
独自でデータを集めた際には、扱いやすいようデータを整理することが大切です。具体的には、以下のような点に注意して収集したデータをまとめるとよいでしょう。
Excelは、確認や修正がしやすいCSVファイル形式で作成する
データを入力する際は、サンプルを縦、特徴量を横に記載するなどシンプルに整理する
データの読み込みができるよう、セル結合は使わない』
とあります。
https://exawizards.com/column/article/ai/machine-leaning-data-set/

AIを使うに当たって、まずは人の手アナログでDATAを集め、まずはそれをトレーニングデータセットとして打ち込んだということのようです。
なお、10個のランダムに設計されたQEEですが、おそらく追加情報の表S2のことだろうと思われますが、よくわかりませんでした。

AI計算(AIループ)は2段階で行ったようです。
1段階目はベイズ最適化をPHYSBOというツールを使って行って5つの元素を絞り出したようです。
ベイズ最適化(Baysian optimization、BO)については、
『ベイズ最適化とは、ブラックボックス関数の式を観測済みのデータから推定するための手法です。その際、ブラックボックス関数はガウス過程にしたがうことが仮定されていて、獲得関数が最大になるとベイズ最適化が完了します。』『ベイズ最適化のメリットは以下の3点です。
・連続的でない関数に適用できる
・最適解を比較的低コスト、短時間で見つけられる
・一貫した手法で最適化できる』とあります。
https://www.tech-teacher.jp/blog/bayesian-optimization/

なお、PHYSBOについては、
『PHYSBO(optimization tool for PHYSics based on Bayesian Optimization)は、高速でスケーラブルなベイズ最適化 (Bayesian optimization) のためのPythonライブラリです。 COMBO(COMmon Baysian Optimization)をもとに、主に物性分野の研究者をターゲットに開発されました。 物理、化学、材料分野において、データ駆動的な実験計画アルゴリズムによって科学的発見を加速する、という試みが多く行われています。 ベイズ最適化は、このような科学的発見を加速するために有効なツールです。』とあります。
https://www.pasums.issp.u-tokyo.ac.jp/physbo/about

その結果、1段階目のAIループでは、各ループで2つのQEEを選択して8回の最適化ループを行い、16個のQEEを合成したようです。

ここで、QEEは合成=電極化だったようです。
電極の作り方については、実験項を見ますと、例えば、MnFeNiZn0.5Ag(AI検討22番目)の場合、
(1) 0.05MのMnCl2、FeCl2、NiCl2、ZnCl2、AgNO3の溶液(おそらく水溶液)を調製する。
(2) MnCl2/FeCl2/NiCl2/ZnCl2/AgNO3=1/1/1/0.5/1の割合で混合する。
(3) 混合液を2.5μl取り、チタン基板の上にキャスト、室温で乾かす。
(4) 加熱炉の中で、350℃×10分間予備か焼。
(5) このキャストと予備か焼を9回繰り返す。
(6) 最終的に450℃×1時間、か焼すれば、チタン基板上に金属酸化物層が得られ、評価用電極となった。
となっています。

比較のためにランダムに元素を選んで合成した16のQEEも準備したようです。

結果が図2に示されています。
横軸はサンプル数で、サンプルNo.にもなっています。
縦軸は電流密度が10mA/cm2における過電圧で、低い方が良いようです。
基準の酸化ルテニウムは低い値となっています。

なお、酸素発生反応と過電圧については、
『酸素発生反応は,水電解水素製造や亜鉛の電解製錬プロセスなどにおける陽極反応として,工業的に広く用いられている.また金属空気二次電池の充電時における陽極反応でもある.酸素発生反応を進行させるためには,O2/H2O 酸化還元対の平衡電位(1.23 V vs. RHE可逆水素電極基準)よりも高い値に電極の電位を設定する必要があるが,実際の系では,活性化エネルギーに相当する過電圧分の電圧を余分に印加しなければ反応は進行せず,著しく大きい過電圧は,莫大なエネルギー損失の原因となる.また,同じだけ電流を流すために電位を高く設定せねばならず,強い酸化雰囲気で反応を進行させることになり,副反応誘起の原因にもなる.』とあり、低い方が望ましいようです。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/materia/59/10/59_521/_pdf

図2を見ますと、最初の10個のデータ(水色の領域)は10個のランダムに設計されたQEEサンプルの実験データのことでしょうか?
10個の内、7個の過電圧が2.00V=N.A=無効であったようです。
ただ、3個は有効な値だったようで、この3個がなければ、その後のAI計算に影響したのか?否かは?は気になるところです。
その右の1段目のAI(only BO)の領域には、比較用のランダム(◆)の場合、トレーニングデータセット用の10個も含めると、5/26が有効(有効率=19.2%)であったのに対して、AI(ベイズ最適化、BO)を施した場合は、11/16が有効(有効率=68.8%)と、ベイズ最適化の効果が見られたようです。

更に第2段目のAIに突入するのですが、おそらく第1段目で酸化ルテニウムと比較して十分な効果が得られなかったからではないか?と思われます。

2段目のAIでは、ランダムフォレスト(RF)分類と呼ばれる作業をサイキット・ラーン(scikit-learn)というツールを用いて行ったようです。
サイキット・ラーンについては、
https://avinton.com/academy/what-is-scikit-learn/

ランダムフォレスト(RF)については、
ランダムフォレスト(Random Forest)とは、「決定木」と「アンサンブル学習(バギング)」という2つの手法を組み合わせたアルゴリズムです。機械学習の「分類」「回帰」といった用途で用いられます。
「決定木」単体で使うよりも高い精度を出せる点が特徴です。なお、ランダムフォレストをさらに多層化したアルゴリズムは「ディープ・フォレスト(Deep Forest)」と呼ばれます。
https://aismiley.co.jp/ai_news/random-forests/

分類(classification)については、
『分類(classification)とは、機械学習においては、離散的な入力値を、事前に定義された複数のクラスに分類することを指す』
https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/1901/06/news030.html

その結果、図2の2段目のAI計算結果(BO+RF)の欄に見られますように、1段目より良好な場合が増えたようです。特にその中でもAI利用の22番目=AI22と称するサンプル(Mn: Fe:Ni: Zn: Ag = 1:1:1:0.5:1)の場合が最も良好だったようです。

ここまで、62個(ランダム=32、AI=30)のサンプルについて評価を行いました。その結果、AIを2段目まで利用した場合に、良好な結果が出たことについて、説明しています。
2段目ではランダムフォレスト(RF)を導入したのですが、それが功を奏したようです。
RFを用いて、活性・不活性の材料を分類したところ、クロスバリデーションの精度は0.919であったようです。

このクロスバリデーション(cross-validation、交差検証)については、
『交差検証(cross-validation)とは、汎化性能を評価する統計的な手法で、分類でも回帰でも用いることができます。機械学習を行うとき、学習を行うための学習データと未知のデータに適用したときのモデルを評価するためのテストデータがあります。』
『交差検証の中でも、よく利用されるK-分割交差検証について説明します。K-分割交差検証は、データをK個に分割してそのうち1つをテストデータに、残りのK-1個を学習データとして正解率の評価を行います。これをK個のデータすべてが1回ずつテストデータになるようにK回学習を行なって精度の平均をとる手法です。』とあります。
https://aiacademy.jp/media/?p=263

ここでは、5-fold cross-validationとありますので、5-分割交差検証→データを5個に分割してそのうち1つをテストデータに、残りのK-1個を学習データとして正解率の評価を行ったことになるようです。その結果、Accuracy=正確さ=0.919(1.000が満点?)となり、この精度は90%以上の確率で活性組成のスクリーニングを進めることができることを示していることになり、その結果、より優れたQEEの探索プロセスが劇的にスピードアップしたようです。そして、図3aに見られるように、Fe、Zr、Mnを含む組成が分類に大きく影響したようです。
これとは逆にAg、Ti、Cu の重要性はデータドリブン解析の観点からは低く、これらの元素は活性・非活性の材料分類にあまり影響しないことが示唆されたようです。

ここでデータドリブン(data-driven)とは、
『データドリブンとは、経験や勘だけでなく、収集したデータをもとに意思決定をする手法です。』とあります。
https://www.tableau.com/ja-jp/learn/articles/what-is-Data-Driven

次に、26 個のデータから活性組成のみに着目し、過電位に対する回帰性能も評価したようです。(図 3b)ただ、どの26個のDATAなのか?はわかりませんが、AIを利用した30個のDATAより4つ間引いたってことでしょうか?

回帰(regression)については、
『回帰(regression)とは、機械学習においては、連続する入力値に対する次の値を予測することを指す』とあります。
https://atmarkit.itmedia.co.jp/ait/articles/1901/06/news048.html

回帰の結果、4つの重要な元素が見つかったようです。何と分類では重要度の低い元素に分類されるAgが、リストの最上位に位置していたようです。(図3b)
本文では『QEEの上位5試料はAgを含んでおり(表S1参照)』とあり、確かに追加情報の表S1を見ると、良好だった5つの結果(AI20、AI22、AI23、AI24、AI26)にはAgが含まれていることがわかりますが、その他にはAgが含まれていなかったことを示す部分は見つかりませんでした。おそらく、その他にはAgが含まれておらず、オーバーポテンシャルの値が良くなかった(=大きかった)のでしょうか?一方、Agと一緒に活性および不活性になった組成は同じであったようで、Agの有無は分類(図3a)の助けにはならなかったと書かれています。そして、適切なアルゴリズムを選択が重要なようですが、どのアルゴリズムをどのように選択するか?はどうなのでしょうか?

さらにデータドリブンの解析を進めることで、マテリアル記述子とOER性能の関係を求めることもできるようです。
記述子(descriptor)については、『記述子とは、プロセスがOSを通じて入出力操作を行う際に参照される、ファイルの構造や内容の要約、ファイル属性などが記された整数のことである。プログラムの構造が記される場合もある。』とあります。
https://www.sophia-it.com/content/%E8%A8%98%E8%BF%B0%E5%AD%90

ここでは、material descriptorsとありますので、材料記述子ということでしょうが…
そして、組成情報のみを用いて、24 種類の材料記述子を準備したようです。詳細は追加情報のS4ページに書かれており、周期表やDFT計算で得られる基本値を用いたようです。
ここで、DFT計算については、『1927年にDFT理論が提唱される→実用性なし→1964年にホーエンベルグ・コーン定理により証明される→1965年にコーン・シャム方程式が発表され実際の系に使えるようになった』とあります。
https://www.chem-station.com/blog/2015/07/DFT-2.html

具体的には原子番号、メンデレーエフ数、原子量、融解温度、周期表列、周期表行、共有結合半径、電気陰性度、価電子数、filled s軌道、filled p軌道、filled d軌道、 充填f軌道、未充填価電子数、S5未充填s軌道、未充填p軌道、未充填d軌道、未充填f軌道、基底状態での体積、基底状態でのバンドギャップ、基底状態での磁気モーメント、空間群番号だったようで、残りの2つの記述子は仕事関数と標準酸化還元電位だったようです。これらの値は、電気化学測定マニュアル(電気化学会編、2002年)より収集したみたいです。
その結果、図3(c)では特に体積(GS=generalized synchronization、一般化同期)と共有結合半径は、活性物質と不活性物質を区別する分類に強く有効であることがわかったようです。逆に、回帰分析によって抽出された電気陰性度、仕事関数、価電子数などのパラメータは、オーバーポテンシャル値を正確に制御するための重要な因子であることが明らかになったようです。
仕事関数(Workfunction)については、『仕事関数とイオン化ポテンシャルは固体表面から電子を1個取り出すときに必要なエネルギーです。』とあります。
https://product.rikenkeiki.co.jp/ac/principle/wf/index.html

ここからは、AIによって選択された元素を用いて試作した電極を実際に評価しています。
最も良好だったAI22(Mn:Fe:Ni:Zn:Ag=1:1:1:0.5:1→MnFeNiZn0.5Ag)以外にAI20(MnFeNiZnAg)、AI23(Ti0.5MnFeNiAg)、AI24(MnFeNiZnAg0.5)、AI26(Sc0.5MnFeNiAg)も評価したようです。
AI22の活性は、リニアスイープボルタンメトリー(LSV)曲線において50mA/cm2に達する最も高い電流密度を示したようです。(図4a)
リニアスイープボルタンメトリー(Linear Sweep Voltammetry、LSV)については、
https://kenkou888.com/denkikagaku/LSV.html

また、ZnをTi(AI23)またはSc(AI26)に置き換えると、QEEの活性が著しく低下したようです。
そして、Agの有無について、Agを含まない電極触媒と比較したところ、追加情報の図S1に見られるように、Agの添加が不可欠であることもわかったようです。既に『その他にはAgが含まれておらず、オーバーポテンシャルの値が良くなかった(=大きかった)のでしょうか?』と申し上げましたが、オーバーポテンシャルより電流密度の問題があったのでAgが必要となったのかもしれません。

図4(b)は電流密度と過電圧(オーバーポテンシャル?)の関係が示されていて、傾きはターフェル勾配と呼ばれています。

ターフェル(Tafel)勾配については、反応メカニズムを議論する際の重要なパラメーターであるようです。『ターフェル(Tafel)の式または関係
|η(過電圧)|=a+b log|I(電流)|
ここで、η=E(電極電位)-E0(平衡電位)、aとbは定数であり、|η|>20mVの時、成り立つ。η~0mV、すなわち、平衡電位近傍ではηはオームの法則η=IRで表される。ここで、Rは反応抵抗と呼ばれる。ターフェルの関係は20世紀の初めにTafelによって実験的に見つけられたのでその名前が付けられている。その後、Tafelの式は理論的にも導かれている。ここでaはTafel定数、bはTafel勾配と呼ばれ、aは反応速度の大きさを表すパラメータであり、bは反応メカニズムを議論する際の重要なパラメーターである。25℃でb=約120mVであったとき、反応の律速段階は1電子が関与した反応機構で一般的には説明されている。』とあります。
https://www.jvss.jp/jsssj/Vol11/11-01/11_65.pdf

図4(b)を見ますと、AI22のTafel勾配は68.7 mV/decであり,AI20(72.0 mV/dec),AI23(75.7 mV/dec),AI26(174.7 mV/dec)よりも小さいが,Ag比を減少させたAI24材料が最も低いTafel勾配(62.0 mV/dec)を示したようです。AI20,AI22,AI23,AI24のTafel 勾配が同程度の値であることから,これら4つの材料の速度論的特徴は同一である可能性が高いようです。しかし、AI26は異なるターフェル勾配を示しており、電荷移動抵抗が高いためと考察しています。

図4(c)は10 mA/cm2でのオーバーポテンシャルを示しています。オーバーポテンシャルはAI22の420mVが最も低かったが、AI20(445mV)、AI23(Ti含有、475mV)、AI24(442mV)は似たような結果だったようです。しかしながら、AI26(Sc含有、642mV)と高く、Scは外れて、更にやや値が高かったAI23のTiも外れて、Mn、Fe、Ni、Zn、Agが良好となったようです。

続いて、ECSA((Electrochemical Surface Area、電気化学的表面積)と呼ばれる値を測定しています。

ECSAについては、『ECSA は、セルにおいて実際に電極反応に使われる触媒表面積を表わし、電位サイクルによって触媒金属が溶出すればこの値は減少する。』とあります。
https://www.eneos.co.jp/company/rd/technical_review/pdf/vol58_no01_07.pdf

あるいは、『ECSAは、白金1gあたりの活性有効表面積のことで電荷量やカーボンに付着している白金量から算出し、その値が大きくなるほど触媒の性能が良好となる数値である。』とあります。
https://www.techakodate.or.jp/center/information/seikahappyou/r1/r1_7.pdf

本文にも各材料のECSA値は、表面積に基づく比電流密度、すなわち比表面活性(surface activity、SA)を計算するために使用されるとあります。結果が追加情報の図S3にあり、比表面積はAI23が最も大きく、AI26が最も小さかったようです。

更に比質量活性(mass activity、MA)という値も評価しており、電気化学特性におけるもう一つの重要な特徴であるようです。

なお、質量活性(mass activity(MA))については、『触媒グラム当たりの電流』とあります。
https://holdings.panasonic/jp/corporate/technology/technology-journal/pdf/v5602/p0102.pdf

そして酸素発生反応の電位を1.65 V vs RHEとして、AI20、AI22、AI23、AI24、AI26のMAとSAを比較したようです。(図4d)
RHE(可逆水素電極)については、『酸性溶液の電気分解により水素ガスを発生・捕捉し利用することで、電気化学 測定に使用する参照電極として、良好な電位安定性を実現する可逆水素電極です。』とあります。
https://www.bas.co.jp/1853.html

結果として、AI22のMAは41.9 A/g、SAは0.057 mA/cm2であり、AI24(SA=0.061 mA/cm2)を除く他のQEEのMAおよびSAよりも2倍以上、1.5倍以上高く、AI22は良好な活性を示したようです。

更に、図4(e)に示されているように、0.1 M KOH中で50 mA/cm2, 3時間のクロノポテンショメトリー(CP)測定により、いずれの場合にも良好な安定性を確認したようです。

クロノポテンショメトリー(chronopotentiometry (CP))については、『クロノポテンショメトリーのタロノとは時間を意味し,ポテンショメトリーとは電位測定のことである.すなわち,電位の時間変化を追跡し,電気化学反応に関する様々なパラメータを求める測定法がクロノポテンショメトリーである.』とあります。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/electrochemistry/67/11/67_1084/_pdf

ここからは、最も良好だったAI22について検証しています。
図5(a)は各pHにおける、電圧と電流密度の関係を示しています。高pH条件(1 M KOH、pH 14)では、電流密度は1.95 V vs RHEで200 mA/cm2まで容易に達したようです。これは水酸化物イオン(OH-)が多量に存在するため、酸素発生反応に対して有利に傾いたようです。これとは反対に0.1 Mリン酸塩(K-Pi)および炭酸塩(Na-Ci)緩衝液電解質を用いた中性pHおよび弱アルカリ性条件下では低い電流密度(<10 mA/cm2)に止まったようです。

続いて耐久性を評価したようです。(図5(b))電流密度が50mA/cm2で3時間の電位変化を調べたところ、pH13-14では安定だったようです。更にpHを中性付近まで下げても(0.1Na-Ci、pH9.2-10.8)、安定なままだったようです。また、追加情報の図S18およびS19に見られますように、アルカリ性試験の前後で、組成の変化をEDSで調べたところ、特に変化はなかったようです。

EDSについては、『EDS/EDX(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy) とは、電子線やX線の照射により発生したX線のエネルギーと信号量から元素分析を行なう手法です。日本語では「エネルギー分散型X線分光法」と言います。また装置自体を指して、「エネルギー分散型X線分析装置」とも言います。さらに電子顕微鏡に装着した機器に限定してSEM*1-EDS、TEM*2-EDSと表記されることもあります。』とあります。
https://nano.oxinst.jp/learning-hub/eds-edx

しかし、リン酸塩電解液を用いてpHが8より低い場合、電位は1時間以内に急激に上昇したようです。この結果は、Ni、Fe、Mnのような遷移金属が中性または酸性環境で溶解したため劣化したのではないか?と考察しています。

更に高温=80℃での耐久性も調べています。
まず、図5(c)に見られますように、25℃だった図5(a)の場合と異なり、80℃になると、電圧が1.6Vを超えると電流密度は上昇し、良好だったようです。ただ、図5(c)は電解質の濃度が図5(a)の場合の(0.1M Na-Ci)より、10倍の1.0M Na-Ciとなっています。そこで、追加情報の図S20には80℃で0.1M Na-Ciの場合と比較しています。電解質の濃度は高い方が電流密度も大きく、良好であることはわかりますが、たとい濃度が低くても、高温80℃とした場合の電流密度の方がが高いことがわかります。よって、図5(c)は電解質を高濃度にしたことと、温度を高温にしたことの相乗効果と見られます。

図5(d)では80℃における耐久性を400mA/cm2の電流密度で検討しています。結果として、600時間程度安定だったようです。一方、酸化ルテニウムの場合はわずか7時間で崩壊したようです。

最後に酸化ルテニウムのみならず、過去の様々な研究例の結果も合わせて、ラゴーンプロット(Ragone plot)が図6に示されています。
今回の結果、AI22(MnFeNiZn0.5Ag)は並外れた物性であることがわかったようです。

ラゴーンプロット(Ragone plot)については、『ラゴーンプロットとは、二次電池のエネルギー密度[横軸]と出力密度[縦軸]の関係を示したグラフのことです。「出力密度」(W/kg)は、単位質量(kg)あたりどれだけのパワー(W)を引き出せるかという指標です。一方、「エネルギー密度」(Wh/kg)は、単位質量(kg)あたりどれだけエネルギー(Wh)を蓄えられるかという指標です。ラゴーンプロットの右上の方にいくと、単位重量あたりの出力、容量がともに大きいことを示します。』とあります。
https://www.toyo.co.jp/material/faq/detail/id=31228

所感です。
あまり慣れない分野だっただけに、用語一つから調べる必要がありました。
ただ、最近流行りのAI?今回の研究例ではうまく利用したと思います。
3000通りの実験を62に限定し、6年間を1か月に短縮できた?ことは驚異的です。
おそらく、80点以上を目指すとなれば、これで十分でしょう。
しかしながら、これで本当に大丈夫か?と言えば、そうでもない気がします。
図2に見られましたように、ランダムでも、そこそこ良い値が出ていたからです。
とすれば、ひょっとすると、説明は極めて難しいものの、傑出した配合が隠れている可能性も十分あり得るからです。
また、最初に11個の元素を選び、そこから更に5個の元素を選抜しました。
もちろん、何か決めごとをしないと、何もできないので、これは正解だと思います。
しかしながら、本当に11個→5個が良かったのかどうか?これまたわかりません。
もし、3個でOKなら、その方が良いでしょう。
今後検討されるかもしれません。
てなことですが、工業的には重箱の隅をつつくより、ザクっと80点以上を目指す方が遥かに現実的で、今回の研究例は学ぶべき点が多いと考えます。

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辻村豊
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