SPring-8に来られる先生方のサポートがしたいところですが…
この『雑誌会の部屋』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介するコーナーです。
Continuous Stripping with Dense Carbon Dioxide
ACS Omega 2023, 8, 46757−46762
二酸化炭素を超臨界流体化して物質の抽出を行う技術がありますが、それをフローケミストリーに応用したという、お話です。
(本文)
https://pubs.acs.org/doi/epdf/10.1021/acsomega.3c06087
まず、フロー合成について、『フロー合成(フローケミストリー)は、化学合成に新風を吹き込む新たな有機合成手法です。従来のバッチ式の合成(フラスコ合成あるいはマイクロ波合成)に加えて、フロー合成法を適切な場面で使用することで、合成反応の幅や合成スケールを容易に広げることが可能になります。』とあります。
https://www.scrum-net.co.jp/product/list/chemical-synthesis/flow-chemistry/series-top
要は化学合成を連続的に行う方法で、原料を投入すれば、管などを経由して、液の流れに乗って反応が進み、出口では生成物が得られる?ものです。
一方、二酸化炭素→超臨界抽出については、『二酸化炭素(CO2)は7.4MPa、31℃を超えると超臨界流体と呼ばれる高密度流体となり、物質に対する溶解力が著しく増大し溶媒として利用することができます。本設備では天然物(動植物)からの有用成分の抽出、素材への機能成分の注入、製品の洗浄等が可能です。』とあります。
https://www.tohomachinery.co.jp/products/criticality/criticality01/
今回の研究例でも二酸化炭素を10MPa、35℃で超臨界流体化しています。
図1に今回抽出しようとした物質として、a)=イブプロフェン( https://www.ssp.co.jp/dictionary/ibuprofen/)、b)=アセチルサリチル酸( https://kyoto-min-iren-c-hp.jp/koho/2013special/7.html)、c)=フリバンセリン( ※日本国内は未承認、https://www.westcl.com/faq-ed/what-is-the-therapeutic-drug-flibanserin-also-known-as-the-female-version-of-viagra.html、https://www.westcl.com/faq-ed/why-is-flibanserin-a-drug-considered-to-be-the-female-version-of-viagra-not-approved-in-japan.html)
をモデル化合物として検討したようです。
イブプロフェンは酢酸エチルに、アセチルサリチル酸はエタノールと酢酸エチルに、フリバンセリンはシクロヘキサン+酢酸イソプロピル+メタノール+水にそれぞれ溶かして図2におけるFeed solution として準備されたようです。
図2は装置の全体図です。
更に、下記資料『超高圧領域における超臨界二酸化炭素利用技術』は類似の例で、資料中第2図の②の部分、あるいは第3図の③の圧力容器のところで、物質をCO2に溶解させているようで、これがバッチ式になっています。今回の研究例では、このバッチの部分を連続式にしたということになります。そして、資料中、第2図の③の減圧の部分あるいは第3図の⑥の気液分離器で圧力を一気に下げ、二酸化炭素を気化させるとともに、その勢いで揮発性の溶剤も蒸発させようということのようです。
https://www.kobelcokaken.co.jp/tech_library/pdf/no32/d.pdf
ここで、本文中、図2を見れば、Feed solutionをHPLC用のポンプ(Jasco PU-980、インテリジェントHPLCポンプ、旧製品、https://www.dirwings.shop/shopdetail/000000012911/、現行品はPU-2080 / 2080i? https://www.jasco.co.jp/jpn/product/LC2000/pump.html)で0.1~2mL/minの流速で、
CO2をCO2ポンプ(Jasco PU-1580-CO2、現行品はPU-4380 / 4386 / 4387 / 4388?、 https://www.jasco.co.jp/jpn/product/SFC/hard.html)で0.5~5mL/minの流速、ポンプヘッドの温度を-4°として押し出していたようです。
そして、図2のSingle phase mixture(容積=12mL)の部分で全てのサンプル溶液が単一相になることを確認し、バルブを経て気液分離装置(容積=100mL)の部分でCO2と揮発性の有機溶媒と濃縮された図1で見た各化合物の溶液を得ようということのようです。得られるものが、Concentrated solutionですので、有機溶剤を完全に取り除いて、乾燥状態にまで持っていくことはできなかったのだろうと思われます。
結果です。図3は化学物質としてイブプロフェン、二酸化炭素と原料溶液の比率と得られたサンプル量(Sample mass (g)、濃い溶液の重量?)の経時変化について調べた図のようです。Rが何を表すのか?わかりませんでしたが、図4の脚注を見ますと、R = mass flow rate of CO2/mass flow rate of the feed solution=CO2の質量流量/原料液の質量流量)とあるので、このことだろうと思われます。
なお、体積流量と質量流量については、
https://www.keyence.co.jp/ss/products/process/flowmeter/base/volume.jsp
図3を見ますと、CO2の質量流量の比率が増えると、得られたサンプル量が減る傾向にあったようですが、CO2の割合が増えたことで、相対的に原料溶液の濃度が下がり、その結果として、得られたサンプル量もへったということでしょうか?
続いて、図4ですが、実験項のところで、
η=xi/x0と定義しています。
なお、xi= the ratio of the mass fraction of the active pharmaceutical ingredients (API) in the liquid product=液体製品中の医薬品有効成分(API)の質量分率の比率
X0= the ratio of over the mass fraction of the API in the feed solution=供給溶液中の原薬の質量分率に対する比率ということのようです。
とすれば、ηの値が大きくなれば、得られた濃縮液中の有効成分(イブプロフェンなど)の比率が多くなる=濃度が高くなるということのようです。
図4を見ます。まず、気液分離の方法ですが、バルブを使った場合とキャピラリーを使った場合を実施したようです。
バルブの方は上記資料『超高圧領域における超臨界二酸化炭素利用技術』や図2で見たものと思われますが、キャピラリーの方は、下記『キャピラリーSFCによるポリスルフィド化合物の分離分析』にあるように、クロマトの保持時間の違いで気液を分けるというものでしょうか?
https://www.toagosei.co.jp/develop/theses/detail/pdf/no06_10.pdf
ABSTRACTの横の図は、キャピラリー法を表した図のようにも見えますが…
本文を見ますと、このバルブ法を先に実施し、ほぼ1年後にキャピラリー法で実験者も変えて行ったものの、結果に差はなく、良い一致が見られたようです。
そして、Rの値が大きい=CO2の割合が増えると、有効成分の濃度も高くなったようです。
図3で見られたように、CO2の割合が増えると、量自体は減るものの、有効成分の濃度は増えたので、そのバランスを見る必要がありそうです。
図5は温度とηの関係を見ています。
まず35℃から50℃まで温度を上げても、結果は変わらなかったようです。
一方、35°以下となると、図5a)=イブプロフェンの場合も図5b)=フリバンセリンの場合も、温度が高いほど有効成分の濃度は増えたようです。最初の方で『二酸化炭素(CO2)は7.4MPa、31℃を超えると超臨界流体と呼ばれる高密度流体となり』とあり、今回の研究例では10MPaなので、31℃を下回っても超臨界流体は発生するものの、高温の方が効率は良いということで、35℃は必要ということなのでしょう。
図6a)はフリバンセリンを用いた場合における装置の温度の経時変化を表す図です。
バスとキャピラリーの温度があることから、ABSTRACTの横の図のことではないか?と思います。
Jetは気液分離装置内で急激に圧力が下がった時に、霧吹きのように液が蒸発している部分と想像しますが、ここの温度だけが時間の経過とともに、下がって行ったようです。これについては、温度計に析出した固体が付着して覆ってしまって、正しい温度が測定できなかったのではないか?と考察しています。
一方、図6b)もフリバンセリンを用いた場合で、ηの経時変化を調べています。いささか上下しているものの、おおむね安定していたと解釈しています。
所感です。
今回はCO2の超臨界流体をフローケミストリーへの応用を試みた研究例でした。
この超臨界抽出自体、流体を利用しているので、フローケミストリーへ応用することは自然な流れとも言えます。
また、フローケミストリー、反応自体は得意としていても、その後の処理は必ずしも得意ではありません。
今回は溶液の濃縮、願わくば乾燥といったところで、いわゆるエバポレートと呼ばれる作業です。
実験室ではロータリーエバポレーターと呼ばれる装置を使います。
(京都大学 化学実験操作法:操作法 2 : 10. ロータリーエバポレーターの使用法)
https://www.youtube.com/watch?v=_w_FVJBT0v0
(森林化学実験_器具マニュアル11_エバポレーターの使い方)
https://www.youtube.com/watch?v=cq2mHs0Wuus
このエバポレートは流れ作業の中で行うことは不可能で、完全にバッチ式、動きが止まった状態となります。
世の中には200Lのロータリーエバポレーターも存在しているようですが、取り回しが大変で、そう簡単に使えるものではないはずです。
https://www.theglassplant.com/product/rotary-evaporator/
よって、この溶媒を留去あるいは濃縮する作業を連続的に行おうとすることは意義があると考えます。
また、合成品の処理に分液漏斗を使う場合もあります。
(京都大学 化学実験操作法:操作法 2 : 9. 分液漏斗の使用法 -有機化合物の抽出方法-)
https://www.youtube.com/watch?v=7d_nyCpr9nU
この分液漏斗を使うような、抽出・分離はフローケミストリーのような流れ作業で行うことは難しいとされてきました。
その解決策の一つとしてミキサーセトラーと呼ばれる装置が開発されています。
https://smooooth9-site-one.ssl-link.jp/banyokagakukenkyusho230710/uploads/blog/19/65b254c47258b19.pdf
こちらに関しては、以前技術顧問先で説明資料を自ら作りましたので、もしよろしければご覧いただければ幸いに存じます。
(ミキサーセトラーの資料)
https://smooooth9-site-one.ssl-link.jp/banyokagakukenkyusho230710/uploads/blog/18/659b756ada6cb18.pdf