雑誌会の部屋

ソフトコンタクトレンズの強化

コンタクトレンズ

この『雑誌会の部屋』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介していくコーナーです。

今回の研究例は微量の架橋剤を入れ替えて、コンタクトレンズの強度を高めようとしたお話です。

(本文)
https://pubs.acs.org/doi/epdf/10.1021/acsomega.3c04489

(追加情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acsomega.3c04489/suppl_file/ao3c04489_si_001.pdf

今回の研究例のコンタクトレンズの土台は2-Hydroxyethyl Methacrylate(HEMA、別名、メタクリル酸2-ヒドロキシエチル、エチレングリコールメタクリラート、 https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/M0085)を使っています。

HEMAとコンタクトレンズの関係については、
『ソフトコンタクトレンズは、HEMA(ヒドロキシエチルメタクリレート)が多く使われています。』とあります。
https://www.eyecity.jp/about_contact/about03/

HEMAの欠点については、
『従来のコンタクトレンズは、酸素透過率の高さとレンズ中の水分量の少なさを両立することができませんでした。目の健康にかかわると言われる酸素透過率を重視し、水分量を増やしている商品が多かったようです。
水分を多く含ませると、レンズが柔らかく、型崩れしやすくなってしまうという欠点もできてしまうそうです。つけにくく、装用に時間がかかってしまいます。』とあります。
https://silchika.jp/column/87

今回の研究例は、このあたりを改善しようとしたものと思われます。

従来品として、HEMAを99 wt %、エチレングリコールジメタクリラート(EGDMA、https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/E0102)を1 wt %で構成されるサンプルを比較用に用いています。
EGDMAは『コンタクトレンズ用途向けの高純度モノマー。エチレングリコールジメタクリレートは、ポリマー鎖間の架橋や特殊な能力を備えた高純度架橋剤として有用。』とあり、HEMAを架橋させる役割があるようです。
https://www.technochemical.com/polysciences/monomer-selection/bifunctional-cross_linking_acrylic-monomers.html

しかしながら、本文の序論にはEGDMAを用いた場合、著しく分子鎖の動きが制限されると書かれています。(図1a)
そこで、HEMAあるいはその類似化合物とシンナモイルクロリド(Cinnamoyl Chloride、 https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/P0133)を反応させたモノマー(CEM、CBA、CEAA)を作り(図2)、更にUV光を当てて二量化したものを架橋剤として使おうということです。(図1b)
実際には、図2で作ったモノマーを一旦HEMAとAIBN(2,2'-アゾジイソブチロニトリル、 https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/A0566)を開始剤として、90℃×2hで共重合させてから、二量化したようです。(追加情報、図S5)

レンズサンプルを作った配合は表1に示されており、HEMAが99、95、90%のいずれか、モノマーが1、5、10%のいずれかだったようです。

二量化について、FT-IRやUV spectraで調べようとしましたが、あまりにもHEMAの含有率が多くて(=CEM、CBA、CEAAの含有率が低すぎて)、検出できなかったようです。
そこで、モノマーだけで二量化させて調べたようです。

まず、FT-IRの結果です。
カルボニル基は大きな双極子モーメントにより、大きな振動電場を持ち、そのためIRの吸収領域で強い振動吸収信号を示します。そのカルボニル基に由来するピークですが、図3aの挿入図1に示されているように、UV照射時間が長くなると、ピークは徐々に減ったようです。更に、カルボニルピークのシグナル変化を更に調査したようです。 (図 3a の挿入図 2) UV照射後、1710cm-1付近の吸収シグナルは減少し、1740cm-1付近の吸収シグナルは増加したようです。この観察は、光異性化反応によりシンナメート基(ケイ皮酸エチルなど、 https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/C0359)、が徐々に減少し、環状架橋構造が形成されることを示しているようです。 C=C 伸縮による 1635 cm-1 での吸収シグナルも UV 照射時間とともに減少を示し、シンナメート基が光二量体化を受けることが確認できたようです。(図 3a)

一方、UV spectraではUV照射とともに、300nm付近のピークが減少したことから、シンナメート基が減少していることがわかり、二量化反応が確認できたようです。

続いて、試作したコンタクトレンズの力学的強度についての評価です。これが今回の研究例のメインになります。追加情報の図S1に評価装置の模式図があります。実際には、島津製作所のオートグラフを使ったようです。
https://www.an.shimadzu.co.jp/products/materials-testing/uni-ttm/autograph-ags-x-series/index.html

りん酸緩衝生理食塩水(phosphate-buffered saline (PBS) 、https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/product/detail/W01W0116-1854.html)にサンプルを浸漬させて湿潤状態にしておいたものを評価したようです。

生DATAが追加情報の図S3に出ています。
これらをまとめたものが、図4あるいは表1になります。
まず、引張強度(図4aあるいは表1)です。
架橋剤にEGDMAを用いた従来品(run1)の引張強度は0.41MPaだったようです。
今回の検討品は全て引張強度が0.60~1.20MPaと、従来品より1.5~3倍上昇したようです。
一方、破断点伸び(図4bあるいは表1)も従来品より上昇する傾向にあったようです。
これらの現象はEHDMAを用いた場合より、架橋密度が下がったことに起因すると考察しています。
しかしながら、その一方で、りん酸緩衝生理食塩水に浸漬していると形状を維持できなることにもなったようです。(追加情報図S4a)
図4aで見たように、引張強度や破断点伸びが上昇しているにもかかわらず、形状崩れが起きたのは、コンタクトレンズが水により膨張した状態では流体力学的運動性が大きくなったためではないか?と考察しています。
ただ、UV照射により、架橋を促進させるとで、何とか形状維持もできるようになり、改善されたようです。(追加情報の図S4b)
なお、UV照射をして架橋を促進させた場合(図4、斜めストライプ部)、引張強度は少しばかり減少したようですが、それでも従来品よりかは、強度は高かったようです。結局、UV照射後におけるおおよその引張強度は、0.5~0.85MPaとなったようです。

さて、図4aにおいて、架橋剤にCEMを用いた場合、(run 2~7)、その含有率が多いほど引張強度が低くなる傾向にあったようです。一方、CBAの場合は、逆に含有率が高いほど引張強度も高くなる傾向にあったようです。
これについて、『側基(side group)のアルキレン( https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%AC%E3%83%B3-2124585)長が2つのモノマー間で異なるためであると考えられ、光二量化前は、アルキレン基が長ければ長いほどレンズがより可塑化し、その結果主鎖の可動性が増加する。その結果、光二量化によって形成される架橋構造のスペーサー長も、2つのモノマー間で異なるはず(追加情報の図S5)。ここで、スペーサー長が長い CBA 含有レンズの場合、ポリマー鎖の流体力学的運動性は架橋後も膨潤状態で効果的に維持され、架橋点が増加したにもかかわらず、伸びと引張強度が増加したと考えられる。 一方、CEM 含有レンズでは、光二量化によって形成された架橋スペーサーがそれほど長くないため、架橋点の増加により、伸びと引張強度が低下したのではないか?』と考察しています。そして、側鎖にアミド基を有するCEAAを含むレンズは、EGDMA架橋レンズと比較して、UV照射前後での引張強度の増加が最も少なかったようです。これは、架橋構造の形成に関わらず、側アミド基のsp2混成共鳴構造とそれらの間の強い水素結合により、膨潤状態でも鎖の可動性が制限されたからのようです。
更に、弾性率の方ですが、従来品の1.24MPaに比べて、今回の研究例で扱ったサンプルの場合は随分高くなり、2.37~4.69MPaとなったようです。(表1)

続いて、水の接触角ですが、明確な傾向は見られず、従来品と似ているか、やや低めとなったようです。なお、『CBA含有レンズは、最も緩い架橋構造を有しており、水分子が水和レンズの表面から最も多く突出する原因となるため、比較的低い接触角(41~52°、表1)であった』と考察しています。

そして、光学的な物性評価です。
レンズの疎水性が高いほど屈折率も高くなるようで、予想通り、CEM、CBA、CEAA 、全ての場合において、含有率が高くなるほど、屈折率も高くなったようです。(表2)これらは正にモノマーの疎水性によるもの、みたいです。
また、光透過率は90%以上を維持しており、FDA(アメリカ食品医薬品局、https://www.digima-japan.com/knowhow/united_states/16495.php)の基準である88%以上をクリアできたようです。

更に、酸素透過係数(DK値、式(2)、表2)を評価しています。
まず、酸素透過係数(DK値)についてですが、
『コンタクトの酸素透過係数(DK値)は、そのコンタクトレンズ素材がどれだけの酸素を通すかの値をいいます。拡散係数(D)とは、コンタクトの素材の中でどれだけ酸素が移動するのかを示したもの、溶解度係数(K)とは、外からコンタクトの素材の中にどれだけの酸素が入り込むのかを示しています。』
https://www.eyecity.jp/about_contact/about04/

続いて、本文には出て来ませんが、酸素透過率(DK/L値)についてです。
『コンタクトレンズの酸素透過率は、コンタクトを装用した時、どれだけ眼球に酸素が届くかを表した数値です。数値が高いほど目に届く酸素の量が多く、目に負担が少ないと言われています。
コンタクトレンズは酸素透過係数(Dk)が高い素材で厚み(L)が薄いほど酸素を良く通すので、酸素透過率はDk値をコンタクトレンズの厚み(L)で割った「Dk/L」で表記されます。コンタクトを終日付けている場合に必要なDk/Lは24.1以上といわれています。』
https://www.lenslist.jp/column/337

あるいは、酸素透過率が高いコンタクトレンズについて、
『酸素透過率が高いコンタクトレンズは眼球に適切な酸素の供給ができるため、長時間の着用でも快適さが持続したり、酸素不足になりにくくドライアイ対策や感染症などのさまざまなトラブルを回避できる可能性があります。
目の健康のために必要な酸素透過率の目安は24.1以上とされています。』
https://contactlife.sg/ic/high-dkl

実際には酸素透過率計なるものを使ったようです。
コンタクトレンズ用?
https://createchrehder.com/permeability-testing/

下記と同じようなものでしょうか?
https://www.jstage.jst.go.jp/article/membrane/35/5/35_257/_pdf/-char/ja
http://www.toyorika.co.jp/products/?id=1407319399-581879

結果ですが、表2に示されています。
今回の研究例で扱ったコンタクトレンズは(ノーマルな)ハイドロゲル( https://med.m-review.co.jp/article_detail?article_id=J0027_1103_0057-0059)に分類されます。ハイドロゲルでは酸素分子が水相に存在するため、マトリックスの親水性が低くなるほど酸素透過性が低くなるようです。実際、CEM、CBA、CEAAの含有量が多くなるほど、酸素透過性は低くなったようです。そして、すべてのレンズにおいて光二量化後、酸素透過性がわずかに減少たようです。これは、レンズ内の自由体積が減少するためであると考えられ、架橋密度が増加し、酸素の拡散が遅くなったようです。

所感です。
子供がソフトコンタクトレンズを使っているようですので、どんなものか?聞いてみました。
『ボシュロムメダリスト2(HEMA素材)』というレンズを使っているようです。
https://medalist.jp/product/medalist2.html
説明書には、『構成モノマー:2-HEMA、NVP』 とあります。
https://www.bausch.co.jp/-/m/BL/Japan/Files/Package%20Inserts/Med2_leaflet201704.pdf

NVPはN-ビニルピロリドンのことで、下記に構造式も載っています。
https://www.menicon.co.jp/whats/history/pdf/CLhistory8.pdf

今のところはHEMA系を使っているようで、最初のHEMAの欠点のところでも見たように、シリコーンハイドロゲル系があるようです。
https://silchika.jp/column/87
https://tarumi.co.jp/blog/index.php/2021/07/11/post-597/

それにしても、今回の研究例では架橋剤を1~10%ほど入れ替える検討を行っていましたが、とりわけ、1%の量でも、十分物性が変わったことは非常に興味深いと考えます。
微量な添加剤のことを俗に『鼻薬程度』といった言い方をすることはありますが、そのようなことで…です。
もっとも、原料を入れ替えるにも、生体適合性の問題があり、その選択、その後の影響についても、慎重に調査しなければならず、開発は時間がかかるのだろう、と思いました。

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辻村豊
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辻村豊(技術コンサルタント)

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