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この『雑誌会の部屋』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介していくコーナーです。
今回の研究例は、カーボンでできたマイクロビーズを試作したお話です。
(本文)
https://pubs.acs.org/doi/epdf/10.1021/acsomega.3c05042
(追加情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acsomega.3c05042/suppl_file/ao3c05042_si_001.pdf
図1aにコンセプトが示されており、カーボンを含むミクロな液滴を作ることにより、カーボンマイクロビーズを作製しようというものです。
図1bに物質の構成が示されています。
カーボン原料として、天然黒鉛(Natural Graphite)、グラフェン、カーボンナノチューブ、フラーレン、カーボンブラック、活性炭を使ったようです。
天然黒鉛については、
『天然黒鉛 は大別 する と結晶の発達 した鱗状黒鉛 と微結 晶の土状黒鉛(Amorphous Graphite)に 分 けられる。鱗状黒鉛 は,その形態ら外観が薄い鱗状 の鱗片状黒鉛(Flake Graphite)と外観が塊である塊状 黒鉛(Vein Graphite)に分けることができる。土状黒鉛の外観は塊状または砂状である。』
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tanso1949/2007/228/2007_228_215/_pdf
グラフェンについては、
『グラフェン(graphene)とは、炭素原子が結びついた素材のことです。炭素が六角形の編み目のように結びついていて、非常に薄いシート状になっています。 グラフェンの語源は、グラファイト(graphite)。グラフェンは6個の炭素原子からできている正六角形の分子構造(ベンゼン環)をもつ炭化水素、「芳香族炭化水素」の仲間でもあります。』
https://jernano.jp/column/774/
カーボンナノチューブについては、
https://jernano.jp/column/823/#CNT
フラーレンについてですが、最近は化粧品にも使われているようです。
https://www.beautymall.jp/column/fullerene/post-512/
カーボンブラックについては、
『カーボンブラックは、あまり知られていない製品ですが、原料の油を不完全燃焼させて得られる煤状の化学品です。真っ黒で非常に軽く、扱いにくい製品ですが、製造されて1世紀を超える工業製品です。製品の大半はゴムの補強材として、自動車タイヤ、航空機タイヤ、自転車タイヤ、ベルト、ホース、自動車のゴム部品などに使われます。また少量ですが、黒色顔料として新聞など印刷物のインキ、塗料に、あるいは導電材として乾電池、静電気防止用建材、プラスティック、IT機器用タッチパネルなどにも使われます。』
https://carbonblack.biz/index.html
活性炭については、
『活性炭(英 Activated carbon)は、ヤシがらや石炭、木材、おが屑などの炭素物質を炭化したのち、更に化学的または物理的な処理を施すことで物質の吸着効率を高めた、炭素を主な成分とする多孔質の物質です。
特定の物質を選択的に分離、除去、精製するなどの目的で用いられます。
ほとんどの活性炭はその約90~95%が炭素で成り立ち、その他、酸素、水素、窒素、カルシウムなどで構成されます。
活性炭は同じ原料でも、賦活(後述)の状態によって「比重」の数値が大きく変わります。 一般的に高賦活の活性炭は微細孔が豊富にあるので空隙率が高く、比重の数値は低くなり、「表面積」の数値は高くなります。一般的に表面積が大きい活性炭ほど吸着性能と吸着容量は増加します。』
https://www.i-dash.co.jp/products/kassei/info/
続いて、架橋剤(バインダー)は主に三種類で、疎水性バインダー(アルカジエンなど)、親水性バインダー(ポリエチレングリコールジアクリレートなど)、エポキシ基などの官能基を有するものを使ったようです。
更に添加剤として、鉄や銅といった原子、ポロゲンのような分子を検討したようです。
ポロゲンについては、
『ポロゲンはモノリス形成における相分離に重要な役割を果たし、一般的には良溶媒がミクロポロゲン、貧溶媒がマクロポロゲンとして作用する。極性の高いメタクリル酸エステルを主剤とするモノリス合成ではシクロヘキサノールをマクロポロゲン、ドデカノールをミクロポロゲンに用いることが多いが、DMSOとドデカノール、1-プロパノールと1,4-ブタンジオール、メタノールとTHFといった組み合わせも報告されている。』(資料2ページ目、右上)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/koron/67/9/67_9_489/_pdf
図2aは今回のカーボンマイクロボーズの試作に使った小滴生成システムを表しています。
このシステムでは主に4つの部分から成り立っています。
(1)連続相の貯蔵器=圧力タンク
(2)シリンジポンプ
(3)親水性の並行流あるいは流れ重視のノズル
(4)親水性の反応容器
水をベースとする連続相は貯蔵器=圧力タンクに貯められ、高圧的に圧力タンクの中に押し込まれます。
流速とパターンは圧力調節器=パルスソレノイドによってコントロールされています。
ソレノイドはソレノイドバルブのことで、『ソレノイドバルブとは、液体もしくは空気で駆動する機構における流量を制御するために用いられる電気機械的なバルブ部品です。単に「ソレノイド」と呼ばれることも多く、水、空気、油、ガスなどの流体の制御によく使われています。』
https://jp.rs-online.com/web/content/discovery/ideas-and-advice/solenoid-valves-guide
分散相(カーボンのスラリー)は石英キャピラリーにシリンジポンプで詰め込まれます。
連続相と分散相はノズルの中で出会い、(お互い)混ざらない流れが発生の間でせん断力が発生し、ポキンと折れたように液滴が発生するようです。これは、ノズルの親水性の表面化学は水がベースの連続相が外側の相となることを確保し、疎水性の分散相は内側で液滴となって発生するようです。更に、外側の相は内側よりずっと速く流れないと、単分散の球形の液滴はできないみたいです。
図2bはカーボンマイクロビーズの作製工程の流れを表した図です。マイクロビーズのサイズは、キャピラリーチューブノズルのサイズ、流速、親水相および疎水相のそれぞれの粘度によりコントロールされるようです。
キャピラリーは市販のミクロなものを束ねて使い、場合のよっては表面のポリジメチルシロキサン(親水性?)の部分に疎水性の[(ポリエチレン-オキシ)プロピル]トリメトキシシランを表面処理したものを用いたようです。
ただ、カーボンのスラリーは粘度が高いため、ノズルの詰まりが発生するため、市販のキャピラリーやチップ類をそのまま使うことは難しかったようです。
また、貯蔵器の容量(数百マイクロリッター?)にも制限があったようです。
更に市販のキャピラリーでは同時にいろいろなサイズの液滴ができてしまう問題があったようです。
以上より、今回の研究例ではノズルのキャピラリーはカスタマイズしたものを用いたようです。
作られた液滴は固化(硬化)することで、形状が固定化されます。UV硬化や熱硬化が検討されたようです。その結果、すべてのUV活性化可能な架橋剤が一連のカーボンスラリーで使用できるわけではないことがわかったようです。これはカーボンスラリーが黒色であり、それにより、十分な光が透過できなくなり、結果としてUVの量が減って、カーボン粒の硬化にも悪影響となったようです。一方、熱硬化はUV硬化より、時間が長くかかるものの、様々なスラリーの組み合わせにおける、より着実な硬化が交互にもたらされるようです。この「交互に」はUVと熱が交互にということでしょうか?
続いて、得られたカーボンビーズの形状や構造(多孔性)や機能性(機械的強度)について調べています。
図3aのi-ivとixは光学顕微鏡の画像、図3aのv-viiiとx、xiは電子顕微鏡(SEM)の画像です。図3aのi-viiiは疎水性のバインダー(1,4-butanediol dimethacrylate (BDDMA)、https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/T3488)、図3aのixとxは親水性のバインダー(poly(ethylene glycol) diacrylate、https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/P2708)、図3aのxiは図3aのiおよびvに見られた、原料をMicro-Graphiteとし、更に添加剤としてポロゲン分子を用いた場合です。ポロゲン分子として、1-プロパノールとシクロヘキサンを用いています。
球形で機械的にも安定しマイクロビーズが得られたようで、原料として天然黒鉛、バインダーとして1,4-butanediol dimethacrylate (BDDMA)を用いた場合、直径 1 ミクロンから数百ミクロンまで合成でき、図3bのような粒度分布になったようです。なお、粒径は粒子を生成する際の液の流速に依存するようですが、流速と粒径の関係については記されていませんでした。マイクロビーズの孔径は、スラリーを準備する際にポロゲンとして有機溶媒を使用する、しないで調節されたようです。 1-プロパノールとシクロヘキサンは、液体バインダーである 1,4-ブタンジオール ジメタクリレート (BDDMA) との混和性の違いにより、液体ポロゲンとして調べられました。ハンセン溶解度パラメータ (HSP) 距離 Ra2 は、BDDMA-1-プロパノールのペアでは 182.1、BDDMA-シクロヘキサンのペアでは 98.8 と計算されました。
ここで、ハンセン溶解度パラメータについては、
『SP値(Hildebrand溶解度パラメータ:δ)とは、凝集エネルギー密度の平方根で定義される物性値であり、溶媒の溶解挙動を示す数値です。このSP値を分散力項(δD)、極性項(δP)、水素結合項(δH)の3成分に分割して物質の極性を考慮したパラメータがHSP値(Hansen溶解度パラメータ)であり、両者の関係は「δ2=δD2 + δP2 + δH2」で表されます。』とあります。
https://www.cerij.or.jp/service/05_polymer/Hildebrand_Hansen.html
また、Ra2に関しては、
『HSP は似たもの同士は溶けやすいというコンセプトで説明される。ある溶質を溶解する溶媒(良溶媒)と,溶解しない溶媒(貧溶媒)のHSP を三次元空間(図1 ハンセン空間あるいはHSP 空間)にプロットすると,溶解する溶媒はお互いに距離が近い空間に集まる。それらはハンセンの溶解球と呼ばれる球を構成する(図1 中心の大きな球形)。この球の半径を相互作用半径(R0)と呼ぶ。対象とする物質同士のHSP 空間における距離が近いほど,お互いの凝集エネルギー密度を構成する分子間相互作用力の値が近く,溶解性が類似していることから高い相溶性を有していることを示し,この距離が離れるほど相溶性が低いことを示す。Skaarup( Hansen, 1998)はこの相対距離(Ra)を実験値を元にした式(3)のように定義している。
(Ra)2= 4(δd2-δd1)2 +(δp2-δp1)2 +(δh2-δh1)2 (3)』
https://www.japt.org/files/topics/1889_ext_01_0.pdf
故に、Ra 2値が小さいほど、ペアの類似性が高く、したがって、Ra 2が大きいペアよりも相互に溶解しやすいことが示されます。今回の研究では、溶解度が大きいペアはより小さな細孔構造を作成する傾向があることが示されたようです。対照的に、可溶性の低いペアリングは、より大きな細孔構造を生成する傾向があるようです。ポロゲンに加えて、炭素源の濃度、結合剤の選択、ラジカル開始剤の量、重合時間、および活性化エネルギーの強度がすべての要因になるらしく、細孔の形状を制御するみたいです。
図3cはスラリーとポロゲンの成分を選択することによる、平均的な細孔の直径と比表面積(specific surface area、SSA)を表しています。Sample 1は原料=グラファイト、バインダーがdivinylbenzene (DVB、https://www.tcichemicals.com/JP/ja/p/D0958)、Samole 2は原料がギラファイトでバインダーが1,4-butanediol dimethacrylate (BDDMA)、Sample 2+ポロゲンの場合、ポロゲンは1-プロパノールだったようです。スラリー組成パラメーターのみを変更することで、制御できたようです。
表1はSanmple 1のより深く性質を調べた結果です。このサンプルでは、水侵入ポロシメトリーによるカーボンマイクロビーズの平均細孔直径 100.3 ± 18.6 Å、全細孔容積 0.5768 ±0.0763 (mL/g)、比表面積 233 ± 30.6 (m2/g) が測定されました。
具体的には、水を使ったポロシメーターを用い、装置は下記のようなものと思われます。
https://www.seika-di.com/measurement/thin_film/non_mercury.html
https://www.seika-di.com/measure/non-mercury/item_66
また、ベット法分析により、多点窒素ガス吸着等温線を使用して測定した同じロットのビーズは、平均細孔直径 153.22 ± 16.55 Å、総細孔容積 0.85 ± 0.82 (mL/g)、および比表面積は、262.26 ± 57.59 (m2/g) (ラングミュア) および 23.62 ± 6.93 (m2/g) (ベット)だったようです。
なお、ベット法については、
『比表面積分析は、粉体粒子表面に吸着占有面積の判った分子を液体窒素の温度で吸着させ、その量から試料の比表面積を求める方法です。比表面積分析で、最も良く利用されるのが、不活性気体の低温低湿物理吸着によるBET法です。』とあります。
https://keytech.ntt-at.co.jp/material/prd_5001.html
また、ラングミュアとベットの関係について、簡単には、
『単分子層吸着の場合はラングミュア式が適用される。
多分子層吸着の場合はBET式を適用することもできる。』のようです。
https://www.benzenblog.com/entry/2022/09/15/125253
あるいは、『BET法はLangmuir理論を吸着ガス分子の多分子層吸着に拡張した解析手法で,最も一般的な比表面積の算出方法である。』とあることから、ラングミュアの発展型がベット法と言えるようです。
https://www.gitc.pref.nagano.lg.jp/reports/pdf/R1/R1M64.pdf
機械的強度の評価については、天然黒鉛を原料とするマイクロビーズを準備したようです。
評価は以下2つの異なる手法でおこなったようです。
(1)個々のマイクロビーズに対するナノインデンテーション分析
(2)マイクロビーズを詰めたカラム内を流れる流体の背圧分析
ナノインデンテーションについては、
『ナノインデンテーションとは、鋭く尖った圧子で試料を押し込んだ時の荷重(力)と変位(押込み距離)を同時測定し、荷重変位曲線を得て、複合弾性率・硬さを計測する手法です。』とあります。
https://www.ube.co.jp/usal/documents/c1701_570.htm
まず、ナノインデンテーション分析の結果が表2にまとめてあります。45 μm サイズ分布のカーボンマイクロビーズのサンプルに対して実行されたナノインデンテーション分析の結果、ヤング率 = 513 ± 78 MPa、低減弾性率 = 587 ± 88 MPa、硬度 = 304 ± 65 MPa、剛性 = 6149 ± 1377 N/m、靭性 = 130,281±96,247σ × εとなったようです。ここで、σ は応力 (μN)、ε はひずみ (μM)でした。さらに、材料のポアソン比は 0.27 と計算されたようです。
流体の背圧分析では、液体クロマトグラフィー (LC) カラムに見られるような、充填されたマイクロビーズ相におけるミクロンサイズの粒子の機械的安定性が調査されたようです。
過去の研究例では、カラムの背圧が長期間の使用で不安定になると、充填された物質が力学的な力により、破壊される可能性があることが強く示されていました。高圧の充填相環境で負荷の力と除荷がかかると、粒子が破壊され、更に微粒子化して分解される可能性がありました。その結果、カラムの透過性は微粒子によって大幅に低下し、時間の経過とともに背圧が上昇する懸念がありました。あるいは、背圧が急激に低下した場合は、マイクロビーズが破壊されたことで、カラム充填層内に空隙が形成されたことが原因であると考えられるみたいです。
今回の研究例では、4.6 mm × 150 mm のステンレス鋼カラムに充填されたカーボンマイクロビーズは、2つの方法で高い水圧がかけられたようです。一つ目はカラムの充填プロセス、他方は24 時間の連続移動相フラッシュです。充填プロセス中、マイクロビーズと溶媒の均質化混合物を含むスラリーが加圧下でカラムに注入され、充填相が形成されました。充填中、最大 620 bar (9000 psi) の力が30 分間に渡ってカラム中に連続的にかけられました。
続いて、次に、水/アセトニトリル (80:20) の混合液をカラムに 24 時間連続して流すことで安定性テストを実施したようです。これは 836 カラム体積 (空隙体積) に相当するみたいです。カラムの空隙容積は Vcol = 0.7πr2L によって決定たようです。ここで、r と L はそれぞれカラムの半径と長さを表しています。今回の研究例のカラムでは、1.745 mL = 1 カラムのボイドボリュームとなったようです。カラムの安定性を判断するために使用された基準は、公表されている基準と同様に、背圧 ΔP が統計的有意性の変化を示さず、350 bar 未満に留まることでした。結果は、24 時間の連続フラッシュを通じて安定した充填層が存在することを示しました。移動相流量 1 mL/min では平均背圧が 24.85 bar になり、最大値と最小値はそれぞれ 25.63 bar と 23.81 bar でした (図 4a)。また、圧力測定値に統計的有意差は観察されませんでした (p = 0.97) )
図4bは上記カラムを用いた背圧試験後のカーボンマイクロビーズのSEM写真です。画像解析の結果、マイクロビーズは高圧をかけられたものの、破損は確認されず、十分な耐久性を有していたことが判明したようです。
所感です。
カーボンのマイクロビーズ、既に市販品もあるようです。
https://www.carbon.co.jp/products/others/
ここにある写真や粒度分布の図を今回の研究例の図3と見比べると、確かに今回の研究例の方が、粒径が揃っているように見えます。
ただ、今回の研究例はあくまでも実験室レベルでの結果なので、量産化した時にそのレベルが維持されるかどうかはわからないので、注意が必要です。
今回の研究例の場合、純粋なカーボンではなく、バインダーが含まれています。
カーボンの含有率はどれくらいだったのでしょうか?
今後の研究が進むと明らかになるとは思います。
また、カラムへの応用を前提とした劣化に関する評価のみでしたが、カーボン特有の導電性など、まだまだ評価すべき項目があり、新発見へと繋がる可能性があるのでは?と思います。