SPring-8に来られる先生方のサポートがしたいところですが…
この『雑誌会の部屋』は、化学系の雑誌を中心に独断と偏見で研究例を選び、不定期でご紹介していくコーナーです。
今回はモンゴルの地場産業である羊毛からケラチンを抽出し、ポリビニルアルコール(PVA)とのハイブリッド繊維を試作したお話です。
(本文)
https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/acsomega.3c00028
(追加情報)
https://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/acsomega.3c00028/suppl_file/ao3c00028_si_001.pdf
本文には『羊毛の95%はケラチンから構成されている』とあります。
そのケラチンについてですが、『ケラチンは髪だけでなく爪や皮膚の角質層を形成する成分で、18種類のアミノ酸が結合してできたタンパク質の総称。弾力性があり水分を含む繊維状の細長いタンパク質であり、構成しているアミノ酸の割合によって、髪や爪の硬ケラチン、皮膚の角質層の軟ケラチンに分けられます。また、ケラチンは絹や繊維など他のタンパク質にはほとんど含まれない、“シスチン”を約14~18%も含むことを特徴としています。』ということのようです。
https://www.reve21.co.jp/column/vol_23.html
ケラチンは比較的水に溶けにくく、繊維化するには他のポリマーとブレンドするのが一般的なようです。過去の研究例では、他のポリマーとして、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリ乳酸(PLA)、ポリエチレンオキシド、ポリ(ε-カプロラクタム)、生分解性乳酸・グリコール酸共重合体(PLGA)、キトサン、ゼラチン、ヒドロキシプロピルセルロースを用いて電界紡糸法(electrospinning techniques)により、ナノファイバーなどが試作されたようです。
電界紡糸法について、『電界紡糸法はポリマー溶液または溶融状態のポリマーに高電圧を印加することで繊維を紡糸する方法で、比較的容易にナノファイバーを作製することができます。』とあります。
https://www.aichi-inst.jp/other/up_docs/no123_05.pdf
しかしながら、本文では、電界紡糸法はナノファイバーより繊維状のメッシュによる膜を作るのに適していると書かれています。そして、今回の研究では『湿式紡糸法』を用いて、繊維化することを検討しています。
湿式紡糸とは『紡糸原液を紡糸ノズルから押し出し液中にて凝固させ、引き伸ばして繊維化する方法のこと』のようです。
特徴として、『熱溶融しない繊維に適用できる』ようです。
https://tnii-tes.com/20220919/
今回の研究例ではポリマーとしてPVAを用いているのですが、このPVAも熱溶融しないようです。
図1に作業の流れが描かれています。
まず、図1aに原料の羊毛(Wool)があり、それを二通りの方法でケラチンを抽出しています。
一つ目は化学的還元-硫化物法と称して、硫化ナトリウム(硫化ナトリウム九水和物、 https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/product/detail/W01SRM93-1183.html)で行う方法です。
具体的には、
(1)羊毛1gを60mlの脱イオン水に20分浸漬。
(2)羊毛に対して20、40、60あるいは80wt.%の硫化ナトリウムを5分間かけて投入。
(3)3.2gの生石灰(酸化カルシウム、 https://www.kondo-lime.co.jp/cao/)を添加。
(4)72時間室温で放置。(おそらく穏やかに攪拌)
(5)ろ過後、72時間かけて透析( https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/category/lifescience/protein/others_l1/index.html)してケラチンを精製。
(6)上記方法をKCRと称す。
とあります。
二つ目はアルカリ加水分解法と称して、水酸化ナトリウムを使っています。
具体的には、
(1)1gの羊毛を1M、2M、3Nあるいは4Mの水酸化ナトリウム水溶液50mlに浸漬。
(2)80℃、マグネチックスターラーで羊毛が完全に溶解するまで攪拌。
(3)室温まで冷却。
(4)塩酸を滴下して、pHが13~7の範囲になるように調節。
(5)10000rpm×15分間遠心分離で洗浄。(沈殿物が不純物で除去?)
(6)72時間透析して精製。
(7)上記方法をKAHと称す。
とあります。
図2bでは、まずPVA/ケラチン融合液を作っています。
PVAはPVA-124なるものを使ったようです。( https://i-item.jd.com/100033605594.html)
具体的には、
(1)PVA/脱イオン水=1/20(重量比)で混合。
(2)オートクレーブ( https://iremono.sanplatec.co.jp/report/342/)内、121℃でPVAを溶解。
(3)40℃まで冷却。
(4)ケラチンの含有率が5%、10%、あるいは20%となるように(PVA+ケラチン=100%?)ケラチンを添加。
(5)40℃×2時間攪拌。
(6)(おそらく室温で)3時間静置。
続いて、湿式紡糸を行っています。
具体的には、
(1)2mlのPVA/ケラチン融合液を5mlのシリンジ内へ入れる。
(2)シリンジをシリンジポンプにつなぐ。
(3)シリンジからPVA/ケラチン融合液を10ml/h、20ml/h、あるいは40ml/hで吐出。
(4)PVA/ケラチン融合液は飽和硫酸アンモニウム( https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/product/detail/W01W0101-0343.html)中に吐出され、凝固して繊維化。
結果です。
上記では、KCRについては、20、40、60あるいは80wt.%の硫化ナトリウム、または1M、2M、3Nあるいは4Mの水酸化ナトリウム水溶液という条件がありましたが、それらと抽出されたタンパク質(ケラチン)の量を評価しています。
手法としては、ブラッドフォード法を用いたようです。
ブラッドフォード法については、『酸性溶液中、トリフェニルメタン系青色色素の Coomassie Brilliant Blue G-250(下記資料の図1) がタンパク質と結合することで、最大吸収波長が 465 nm から595 nm にシフトすること(メタクロマジー) を利用してタンパク質を定量する方法である。吸収波長のシフトは色素とタンパク質との疎水性相互作用およびイオン相互作用に基づいている。
長所:操作が非常に簡単である。
短所:タンパク質の種類により発色率に差がある。また界面活性剤の混入により発色が妨害される。』とあります。
https://www.dojindo.co.jp/technical/protocol/p50.pdf
結果が表1にあり、更に図2でグラフ化されています。
KCRの場合、硫化ナトリウムの量が変わっても、ケラチンの収率(式(1))はいずれも60%台と大きな変化はなかったようです。その中でも、硫化ナトリウムが0.015Mの場合、収率は64.6%と最大になったようです。
一方、KAHの場合は、水酸化ナトリウムの量が変わると、収率も大きく変わったようで、水酸化ナトリウムが1Mの場合、収率は71.3%と最大になったようです。
図3に羊毛、KAH、KCR、PVA/ケラチン融合液(PVAとKAH、KCRのどちらを融合させたのか?不明)、繊維化後(こちらもKAHとKCRのどちらの由来なのか?不明)のFT-IR測定の結果が出ています。
まず、抽出したケラチンであるKCRとKAHについて、どちらも2357cm-1(N-H)と1631cm-1(C=O)にピークがあり、2357cm-1はアミドⅠに由来し、1631cm-1はアミドⅡに由来すると述べられています。
なお、アミドⅠ アミドⅡについては、下記によると、『アミド結合のうち、主に C=O 伸縮によるバンドをアミドⅠ、主に C-N-H 変角によるものをアミドⅡ、主に C-N 伸縮によるものをアミドⅢ』となっており、アミドⅠとアミドⅡが逆になっていますが、そこは気にせず先へ進むことにします。
https://www.perkinelmer.co.jp/tabid/2591/Default.aspx
また、600-620cm-1にS-S由来のピークのことが述べられています。
図3を見たところ、Hybrid fiberには明らかに該当するピークがありますが、それ以外では確認できないと言った方が良いようです。
ただ、このS-S由来は、シスチンのようで、最初の方で『ケラチンは絹や繊維など他のタンパク質にはほとんど含まれない、“シスチン”を約14~18%も含むことを特徴としています。』とありましたので、そのことだろうと思いますが、今一つはっきりしませんでした。
そこで、単純に図3を眺めますと、Blended solutionはKCRあるいはKAHそれぞれの特徴を引き継いでいることがわかります。
ただ、PVAの結果がないので、PVAの特徴は引き継いだのか?どうか?はわかりません。
もっとも、PVAはOH基が多いので、Blemded solutionでは3000~4000cm-1のピークが大きくなる可能性もありますが、そうもなっていません。
図1bに描かれていたように、Bondingの影響かもしれませんし、本文にもbondingに関することが書かれていますが、これまた今一つよくわかりませんでした。
図4は繊維化後の様子をSEMで見た結果です。
繊維化する時の流速とケラチンの含有率を変えて繊維の直径がどうなるか?を調べています。
図4aは流速が10mL/h、ケラチンの濃度が20%の場合で、繊維の直径が291μmだったようです。
一方、図4bは流速が40mL/h、ケラチンの濃度が40%の場合で、繊維の直径は908μmと図4aの場合より大きくなったようです。
その他の場合は追加情報の図S3に描かれています。
そして、結果が表2にまとめられています。
傾向として、流速が速くなるほど、ケラチンの濃度が濃くなるほど、繊維の直径は大きくなるようです。
ケラチンが5%と最も小さく、流速も最も遅い10mL/hの場合、直径は最も小さかった(203μm)であったと述べています。これは今回の研究例がナノファイバーの構築を目指していて、できる限り繊維の直径を細くしたいということなのでしょうか?
続いて、繊維化後の熱安定性をTG-DTA( https://www.ktr.co.jp/equipment/equip_41.html)で調べています。
繊維化する際の流速は20mL/hで、PVAのみ、ケラチンの含有率が5~40%の場合、ケラチンのみの場合を比べています。
まず図5aにおいて、220℃以下は水の蒸発による重量減少で、270℃以上はケラチン分子の分解による重量減少だったようです。
分解速度はPVAのみが最も速く、ケラチンのみが最も遅くて耐熱性があったようです。
ケラチンの含有率が増えるとともに、熱安定性が上がり、ケラチンが40%にもなれば、ケラチンのみとほぼ同じ程度になったようです。
一方、図5bでは、全てにおいて、吸熱ピークが確認され、特にケラチン以外では、221℃に明確なピークがありました。この221℃のピークはPVAの融点と一致するようです。
また、ケラチンが5%や20%あたりにも見られるように、220℃以下の吸熱ピークは水の蒸発によるもののようです。
最後にヤング率を評価しています。
表2に結果がありますが、それをグラフ化したものが図6になります。
傾向として、繊維化時の流速が大きいほどヤング率は低くなり、繊維としては弱くなっていったようです。
一方、ケラチンの濃度については流速ほど明確ではないものの、濃いほどヤング率が低い傾向にあったようです。
結局のところ、図4や表2で見たように、繊維の直径が小さいほどヤング率が高く、上部になったようです。
なお、繊維の直径が太いほど、繊維の中心に塩類が残る可能性があり、それが関係していると考察しています。
所感です。
今回の研究例は、これまで研究例の多かった電界紡糸法から湿式紡糸法に変更した場合を検討しています。
見たところ、湿式紡糸法でも繊維化は可能となるようです。
ただ、ヤング率を上げようとする、あるいはナノファイバーとしての特徴を出そうとすると、流速を遅くしなければならず、生産性は落ちてしまうのがネックになりそうです。
なお、世の中には電界紡糸法と湿式紡糸法を合わせた『湿式電界紡糸法の検討』なる研究例もあるようです。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fiber/65/6/65_6_156/_pdf
3.4 湿式電界紡糸法の可能性のところで、『しかし、本実験条件の範囲では湿式電界紡糸によりエレクトロスピニングで可能な1μm以下の細い繊維のみを作ることはできず、ポリスチレンの粒子が多数同時に生成した。』
更に4. まとめのところで、『(6) 湿式電界紡糸法は、プロセスおよび装置の両面で未だ改良の余地がある。』
と書かれていました。
ただ、その後進展はないようですが…