袴田事件を裁いた悲運の人
1、毎回、選挙前になって投票を呼び掛けるポスターや広報活動をしていますが、その場合の投票率の低さからもわかるように効果はほとんどありません。平時から投票の意識を選挙権者に持ってもらうためには、投票を「自分事」として意識してもらうために、18歳の高校生に対して出前講義をし、その際に内閣総理大臣等の模擬投票を実際にやってもらうのも一つの方法だと思います。社会人に対しては、町内会などのコミュニティーの集まりや会社の行事などを利用させてもらって、あなたの「一票」が積み重なることによって国会等の議会や首長が変わりうることを意識づけしていかなければなりません。また、選挙啓発のためのインターネット広告やチラシ、リーフレットにしても、行動経済学の「ナッジ」の考え方(簡単に、印象的に、社会的に、タイムリーに)を利用した取り組みが行われており、一定の成果を出しているようです(Voters 75号 18頁「ナッジを活用した選挙啓発 横浜市選挙管理委員会における取り組み」、なお、同74号 10頁「ナッジと選挙啓発」も一般論として参考になるものです)。不在者投票の利用促進策や商店街等における「選挙割」など、投票行動に結びつくような対策も考えなければなりません。
2、最近の傾向として、投票率の低下はもちろん、地方選挙における無投票当選が憂慮されており、地方議会議員の報酬の低さが問題となっています。兼業許可など議員として働きやすい環境を整える必要があるでしょう。投票率の中、若年層の投票について、データ科学者の中には、「若者が選挙に行って『政治参加』したくらいでは何も変わらない。」と断言するものもいます。「今の日本人の平均年齢は48歳くらいで、30歳未満の人口は全体の26%。全有権者に占める30歳未満の有権者の割合は13.1%。21年の衆議院選挙における前投票者に占める30歳未満の投票者の割合にいたっては8.6%でしかない。若者は超超マイノリティである。若者の投票率が上がって60~70代と同じくらい選挙に行くようになっても、今は超超マイノリティの若者が超マイノリティになるだけ。選挙で負けるマイノリティであることは変わらない。」からということですが(成田悠輔 22世紀の民主主義 6頁 SB新書 2022年7月)、はたしてデータだけでそのように断言していいのでしょうか。
3、これからはインターネットが普及した環境で生まれ育ったZ世代(1990年代半ばから2010年代前半に生まれた世代)が中心になる時代であり、この世代の情報収集先はSNSなどが中心で発信能力が高く、学校教育などで気候変動について学んだことから環境に対する意識が高く、多様性や人権を重視する傾向があるといわれています。このことは、イスラエルのガザ侵攻に対してコロンビア大学に学生が抗議行動を起こしたことで警察が介入したことからもわかります。今年11月に行われる米大統領選挙では、全有権者の2割弱を占めると見込まれるZ世代の投票行動が注目されています。ちなみに、Z世代は、X世代(1960年代半ばから80年ころの生まれ)、Y世代(ミレニアル世代とも呼ばれ80年ころから90年代半ば生まれ)に続くことからZ世代と呼ばれているようです。
4、Z世代の投票行動は日本においても注意しておかなければなりません。最近の衆議院議員3選挙区補欠選挙および静岡県知事選挙における自民党の敗北、地元では昨年の海田町長選での自民党推薦候補の敗退に続き、直近の府中町長選における自民・公明両党推薦候補の大差での敗退などを見ると、先般の自民党の「政治とカネ」の問題もありますが、自民党の基礎票が分散化していることがわかります。Z世代など若年層を含めた浮動票の投票動向も重要となってきます。今年7月には東京都知事選挙が行われ、その結果も踏まえて9月の自民党総裁選となりますが、自民党内で岸田文雄総裁の顔では衆議院選挙が戦えないという声が強くなったのかどうか定かではありませんが、新しい自民党総裁石破氏の下で衆議院を解散し、総選挙となりました。投票率にもよりますが、Z世代など若年層を含めた浮動票の投票動向によっては、自民党単独での過半数はおろか、自公連立においても過半数に届くかどうか予断を許さない状況となります。現在の野党間にはイデオロギーの対立があることから、2009年の民主党による「悪夢の3年」といわれた政権交代のようなことは起こりませんが、自民・公明党のほかに第三党との連立は見られるかもわかりません(Voice ボイス6 PHP 特集2「強い野党」はなぜいない? 境家史郎「低支持率・つぶし合いからの脱却へ」も同旨)。
5、ここで「政治とカネ」の問題について少し補足しておきますと、国会議員には間違いなく「カネ」がかかります。自民党の無派閥議員の1人は選挙がない年のおおまかな収支について、「収入は、公費収入が歳費と期末手当で2200万円、立法事務費や調査研究広報滞在費(旧文通費)などが2000万円ほどあり、合計4200万円。このほか公設秘書3人分の人件費が1800万円支給される。支出は、私設秘書ら7人分の人件費2500万円、地元の事務所2ヶ所と車2台の経費2000万円、後援会報や国会報告の郵送費1500万円、議員連盟の会費や懇談費などで1000万円強、年7000万円を超え、不足分は党の支援と自助努力で埋め合わせる」とし、「ネットでの広報は高齢者に響かない。強固な支援団体がある議員がうらやましい」と話しています(2024.2.11 日本経済新聞「風見鶏」カネの本音、語れぬ自民党)。したがって、選挙にでもならば、上限が決められた選挙運動期間中の費用だけでは当選は望めず、選挙運動期間前からの相当な費用が必要になることから、政党としても政党交付金だけでは賄えない部分を、政治資金パーティーによる隠れた「企業献金」によって補填せざるを得ないことになります。
6、国立国会図書館の2020年の調査資料によると、米国の下院議員は手厚い秘書雇用手当てがあり、上限は22人(うち常勤18人)、有料インターン手当、事務所費用手当、公務用郵送手当もあります。英仏独3か国は公費の秘書給与や雇用形態を議員が柔軟に選択できるようになっています。政治に一定のカネがかかるなら中身を開示し、適正な活動と公費補助のバランスが話し合われるべきでしょう(前掲日本経済新聞)。今回の政治資金規正法改正案の修正にしても、自民党が公明党や日本維新の会に譲歩するかたちで一定の改善点はありますが、政党から政治家個人に対する政治資金の透明性は確保されていないなど、抜本的なものではありません。
7、ところで、投票率については、低い場合は基礎票をもつ候補者が有利になり、とりわけ現行の小選挙区制においては、党から公認をもらう候補者が絶対的に有利となり、比例代表においても重複立候補により小選挙区の敗者が惜敗率により復活当選するなど違和感を禁じ得ない問題があります(いわゆる「もう一つの1票の格差」問題)。1996年の細川連立内閣において実施された小選挙区制は、二大政党制の素地がなかったことから失敗だったといわれており(2023.7.19中国新聞「衆院改革と政治の現状」自民党元総裁河野洋平氏に聞く 2022.10.3中国新聞「評伝武村正義さん」 2017.12.29日本経済新聞「小選挙区制20年 当事者に聞く~元自民総裁河野洋平氏、元首相細川護熙氏)、中選挙区連記制に改めた方がいいと言われています(月刊日本2024.6「政治劣化の根源は選挙制度にあり!」における石破茂、武田良太、中島岳志らの意見)。それは措いても、当面、投票率を高め浮動票を掘り起こしていくためには、新党の参入による選択肢の増加、とりわけ女性候補者の増加や議員定数の不均衡是正は投票行動にプラスに働くとされています(松林哲也 何が投票率を高めるか 有斐閣 2023年8月)。しかるに、このような他律的な要因は投票率の向上にとって本質的なものではなく、やはり有権者の自律的な投票行動にもとづく投票率の向上が本質的な問題というべきです。期日前投票所や選挙日の投票所を増やすことも一つの対策ですが、費用との関係で効果は限定的であり、もともと投票に行っている人が投票しやすくなっただけという指摘があります。
8、投票率向上の一つの対策として、「選挙割」というものも考えられます。この「選挙割」は、「投票済み証明書(投票済証)」の発行が前提となりますが、「投票済証」の発行について公職選挙法上特に規定がなく、市町村の選挙管理委員会が地域の実情に応じて行っているものであり、発行を行わない市町村もあるようです。商店街等が投票済証を持参した者に対して商品の値引き等のサービスを行う取り組みが「選挙割」であり、投票率の向上や商店街の活性化を目的に行われているものである限り、直ちに公職選挙法上問題となるものではありません。しかし、特定の候補者の当選を得る目的をもってなされていると認められる場合には、買収及び利害誘導罪(公職選挙法第221条)に抵触するおそれがあることもあり、選挙の管理執行に責任をもってあたるべき立場の選挙管理委員会が選挙割を主導的に行うことは適切ではないとされています(新版「公選法」ここがポイント 上 ~選挙の実務担当者が本当に知りたいQ&A~ 74頁 令和3年8月6日発行)。
9、本来、選挙権は本人の自発的意思によって行使すべきものであり、選挙割のようにサービスの提供によって選挙人を投票所に誘導することは、公職選挙法の目的に沿ったものとはいえないことが理由とされています。しかし、政治的腐敗「防止」のために改正を繰り返してきた公職選挙法の建前論だけでは投票率向上は見込めないことも事実ですので、今後、投票率の向上を真剣に考えるのであれば、現行のやり方から一歩も二歩も踏み込んだ大胆な対策が必要となります。インターネット投票はもちろん電子投票にも問題があったことから停止状況になっているので、現段階でやれるとすれば、施行規則を改正し、住民票登録地外に居住している学生について、不在者投票の手続きを簡略化して、在学している大学等の施設内で投票できるようにすることが考えられます。