袴田事件を裁いた悲運の人
1,車を運転していて事故に遭わないに越したことはなく、運悪く事故に遭って傷害を負っても後遺障害が残らないに越したことはない。しかし、傷害がなかなか軽快せず痛みが残るような場合は、後遺障害であると正当に評価されないと金銭的に大きな差が出てくることになる、すなわち、後遺障害14級に認定されると自賠責保険から75万円の保険金が給付されることになり、相手方が任意保険に加入していれば交渉や訴訟により後遺障害に基づく慰謝料と逸出利益が請求できることになるからである。ちなみに、慰謝料は裁判実務上110万円であり、逸出利益は所得金額に応じて原則67歳までの3年から5年の間で中間利息を控除した計算金額になる(なお、自賠責保険からの75万円の保険金はこれらの一部として損益相殺される)。
2,ここで問題となるのが自賠責保険(共済)における後遺障害認定であるが、非該当となる場合の典型的な理由は、「事故による骨折、脱臼等の器質的損傷が画像上認められない」、「症状の残存を裏付ける他覚的は認め難い」、「他覚的に神経系統の障害が証明されていない」というものであるが、後遺障害14級の認定になる場合は、この理由に続けて「しかしながら、受傷当初から症状の一貫性が認められ、その他治療状況、症状経過等も勘案すれば、症状について将来においても回復が困難と認められる障害と捉えられることから、『局部に神経症状を残すもの』として14級に該当するものと判断する」とされている。この一見わかったようでわかりにくい理由の意味はどこにあるのだろうか。この点を考えていけば後遺障害14級認定のポイントが見えてくることになる。
3,一般的に、軽微な接触等の事故では困難が伴うが、強い衝撃をともなう追突事故や対向車による正面衝突事故の場合は、かなりの確率で後遺障害14級の認定がなされている。そのためにポイントとしては、まず治療経過を踏まえた主治医の詳しい診断書の記載内容が必要となる。初診当初からの痛みの部位や程度・経過について、カルテの記載に基づいて自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書の「自覚症状」や「各部位の後遺障害の内容」の欄に事細かく記載してもらわなければならない、医師によっては一見しただけで非該当になることがわかるほど簡単な記載しかしない場合があるが、医師に対しては遠慮なく詳しい記載を求めるべきである。医師が協力的でない場合はできるだけ早い段階で任意保険会社の同意のもと転院を考えるべきである。むち打ち損傷の場合、レントゲン写真では他覚的所見が見られない場合が多いので、専門医によるMRI検査の紹介状を書いてもらう必要がある。理学療法士が関与する場合にはその見解もカルテに記載しておいてもらわなければならない。任意保険会社は通常3か月程度の経過を見て治療の打ち切りを提案してくるが、痛みが続く場合は医師に治療の継続を求め、仮に任意保険会社が治療を打ち切った場合は、健康保険に切り替えて治療を継続すべきである。
4,つぎに、主治医の診断のほか、その紹介にもとづく専門医によるMRI検査の画像診断にもとづく所見が重要となってくる。頸神経については頸椎C1からC7まで、胸神経については胸椎T1からT12まで、腰神経についてはL1からL5までの間の異常等を中心に所見が記載されることになり、例えば、椎間板の膨隆によるC5/6左椎間孔、C6/7右椎間孔の狭小化、左C6右C7神経根の損傷の可能性などというものである。このような記載が具体的な痛みの部位との関係で皮膚分節を通じて大きな意味を持ってくることになる。顔面前面を除く全身の皮膚には脊髄神経の皮神経が分布して皮膚感覚となっているが、脊髄神経によって支配される皮膚領域を皮膚分節といい、脊髄神経の高さに応じて帯状に配列している特定の皮膚分節に感覚障害が現れた場合は、その分節を支配する頸神経、胸神経、腰神経などの脊髄神経の損傷等が疑われることになるからである。初診当初からの痛みの部位と皮膚分節、MRI検査の結果が一致すればかなりの確率で後遺障害14級が認定されることになる。MRI検査の結果は当初から見通すことはできないが、検査してみなければわからないことであり、後遺障害14級が認定されれば検査費用は補償されることから必須といえるものである。
5,そして、過失相殺があまり問題とならない事故態様で医師の診断書も充実していれば、任意保険会社による自賠責保険の一括対応で後遺障害認定申請も任せていいが、非該当となって異議申立てをする場合は、任意保険会社を通すことなく、直接、自賠責保険会社に異議申立ての被害者請求すること考えるべきである。新たな医療機関の診察費用等が任意保険会社から出されるわけではなく、自賠責保険会社に対しても医療経過等を含めて新たな視点で見直してもらう必要があるからである。