選挙における投票行動
<サマリー>
規正法は、「腐敗行為防止法案」あるいは「政治腐敗防止法案」の名称で検討さ
れていたものを改めたものであるが、現在までの改正にかかわらず、会社や労働組
合から政党への献金や政党助成金の中から、「政策活動費」ないし「組織活動費」
の名目で政党の有力政治家を経由して党の政治家に事実上報告義務なく配布され
る仕組みが存続している以上、いくら政治家個人への献金を禁止しても、政治とカ
ネにまつわる腐敗ないし不祥事はなくならず、これを防止するためには、政治に必
要となるカネの流れをできるだけ透明化していくしかない。
(政治資金規正法は規正法、公職選挙法は公選法と略称)
目 次
第1、はじめに
第2、政治資金とその規制
1、規正法(「規制」ではなく「規正」)の成り立ち
2、規正法の目的および内容
3、政治資金の寄附の制限と許容
4、識者等による問題点の指摘
第3、選挙運動の資金と規制(選挙とカネ)
1、選挙資金の収集
2、公職の候補者等による公選法上の寄附の禁止
3、選挙費用の上限設定(法定選挙費用)と公費負担
4、公選法違反としての「買収」と「被買収」
5、識者、政治家による問題点の指摘
第4、小括
(付記)
第1、はじめに
わが国の政治形態は、選挙を通じて選ばれた代表によって構成される国会が国政を運営して
いく議会制民主政治ですが、現実の政治の場の活動が公明かつ公正に行われるかどうかについ
ては、政治活動のための資金(政治資金)の問題があります。政治資金の授受などをめぐっ
て、癒着や政治腐敗の問題が生じる危険性もあるため、政治資金の流れ等を公開し、その適否
の判断を国民に委ねるだけでなく直接規制し、そうした危険性をあらかじめ除去することも必
要となります。そのため、政治資金の規制については、現実の政党その他の政治団体や政治家
の政治活動の実態、選挙制度の仕組み、更には国民の政治意識などを総合的に勘案した上で、
政治資金の規制によって生じる自由権の制約と規制によって実現しようとする公益との合理的
な比較衡量が必要となります。
第2,政治資金とその規制
1、規正法(「規制」ではなく「規正」)の成り立ち
(1)日本の民主化は連合国軍総司令部(GHQ)によって進められ、明治憲法とともに制定され
た衆議院議員選挙法を改正して昭和21年4月に完全な普通選挙のかたちで行われ、現行日本国
憲法によって設けられた参議院の議員選挙は、参議院議員選挙法を制定して、日本国憲法施
行前の昭和22年4月に、住民による直接選挙である地方選挙とともに行われた。
(2)しかし、戦後の混乱した政治事情の中で、政治的腐敗行為が続出したことを受け、群小政
党の整理と腐敗行為の防止が政治的課題となり、連合国軍総司令部(GHQ)がアメリカの腐
敗行為防止法を範とする案を示したことから政府が政党法として立案作業に取りかかったが
成案に至らず、議員立法によって規正法が昭和23年に制定された。その後、規正法の中の選
挙運動費用と寄附の制限に関する規定が、昭和25年に制定された公選法に移し替えられたも
のである。この意味において、公選法は「選挙」に関する政治資金を規制するものとして規
正法の特別法だと言える。規正法は、昭和41年のいわゆる黒い霧事件、昭和49年7月の金権
選挙と呼ばれた第10回参議院通常選挙で政治と「カネ」が問題となり、その改正が取りざた
されたが、支配政党の直接的な利害と体質にかかわる分野であることから、改正案の審議未
了廃案をくり返し、昭和50年になって全面改正され、昭和51年からのロッキード事件をうけ
て昭和55年にさらに一部改正された。しかし、選挙制度、政治資金制度等の抜本的な改正
は、昭和63年に発覚したリクルート事件をきっかけとした平成6年になってからである。
(3)平成6年にいわゆる政治改革関連法として公選法、規正法の改正、政党助成法、衆議院議
員選挙区画定審議会設置法の制定が行われ、会社等が行う寄附は、政党・政治資金団体と資
金管理団体に対するものに限定し、公職の候補者の政治活動に関する寄附で金銭等によるも
のについては原則として禁止された。そして、平成12年には、会社等が行う寄附については
、資金管理団体に対するものも禁止され、政党・政治資金団体に対するもののみ認められる
ことになったが、公選法上の選挙運動の取締規定の運用とは対照的に、規正法は骨抜き的な
傾向をもつことになった。
2,規正法の目的および内容
(1)規正法は、規則で制限する「規制」ではなく、自助努力を促す意味の「規正」という言
葉が使われている。しかしながら、政治にからむ資金の実態は、刑法の収賄罪まがいの
「賄賂」に近い資金の流れも往々にして見受けられる。この意味で規正法違反は、国民の
目を欺いて議会制民主政治の健全な発展を阻害する重大な犯罪となるものである(産経新
聞司法クラブ「検察vs小沢一郎『政治とカネ』の30年戦争」 158、159頁 新潮社 2009
年6月)。
(2)規正法には、次のとおり、①寄附者と寄附の対象者、②量的な面、③寄附者側に着目し
た質的な面、④その他政治資金の公正な流れを担保するための制限があり、政党その他の
政治団体は毎年1回、年間の政治資金の収支等を公開しなければならない。
・①については、公職の候補者の政治活動に関する寄附で金銭等によるものについては原
則として禁止され、会社等が行う寄附については資金管理団体に対するものは禁止され
、政党・政治資金団体に対するもののみが認められています。
・②については、1人の寄附者が年間に寄附できる総額を制限する総枠制限(個人が年間
寄附できる限度額は、政党・政治資金団体に対するもので2000万円まで、資金管理団体
を含むその他の政治団体、公職の候補者に対するもので1000万円まで、会社、労働組合
等の場合は、公職の候補者に対するものを除き750万円から1億円まで)と、1人の寄附
者が同一の者に対して年間に寄附できる額を制限する個別制限(個人の寄附は150万円
まで、資金管理団体を含むその他の政治団体間の寄附は5000万円まで、政党・政治資金
団体・資金管理団体を含むその他の政治団体間の寄附は無制限)がある。政治資金パー
ティーについても、1つの政治資金パーティーにつき同一の者から150万円を超えて支払
を受けてはならないとされています。
・③については、㋐国又は地方公共団体から補助金等を受けている会社等、㋑赤字会社、
㋒外国人、外国法人等、㋓他人名義又は匿名の者による寄附が禁止されています。
・④については、寄附者の意思に反する寄附のあっせん禁止、寄附への公務員の関与制限、
政治資金団体に係る寄附は振込み以外の方法による寄附は原則として禁止されています。
3,政治資金の寄附の制限と許容
(1)規正法は、何人も国会議員などの「公職の候補者」自身に対し政治活動に関する寄附を
することを原則として禁止しているが(規正法21条の2第1項)、これには例外が2つある。
一つは、その寄附が選挙運動に関する寄附の場合であり(規正法21条の2第1項のカッコ内)
、この場合、その寄附者が誰であれ、公選法が選挙運動費用収支報告書にその寄附を収入
として記載することが義務づけられている(公選法189条)。もう一つの例外が、寄附を行
ったのが政党である場合である(規正法第21条の2第2項)。自民党本部は「政策活動費」
名目で幹事長ら「公職の候補者」に寄附を行っているところ、国会議員個人が政党本部か
ら受け取った寄附は、国会議員ら「公職の候補者」のために政治資金の拠出を受ける政治
団体である「資金管理団体」(規正法19条第1項)の政治資金収支報告書に収入として記載
されるべきであるが、政界では、記載する必要はないという解釈・運用がなされている。
つまり、党本部から受け取った議員は「政策活動費」を自己の「資金管理団体」で一切収
支報告しないため、実質的な税金である政治資金が使途不明金になっている。言い換えれ
ば、ポケットマネーになっていなければ、政治や選挙の裏金になっているわけで、政治資
金の透明化を要求している規正法の趣旨に反していることになる(https://openpolitics.
or.jp/investigation/2017031701.html 2017.03.17自民党本部の使途不明金政治資金セン
ターみんなで調べよう政治とカネ 自民党本部の「組織活動費」「政策活動費」名目の
支出、高額な使途不明金)。
(2)規正法違反としての「不記載」または「虚偽の記入」
①「不記載」とは入出金の記載自体をあえてしないことであり、「虚偽の記入」とは、
会計帳簿の記載事項について真実に反した記入をすることをいう。単なる記載忘れや
計算誤りなどのように軽微な過失によるものは含まれないと解されている。なお、虚
偽の記入については、形式的な資金移動が合致していても、実態と乖離した迂回寄附
も虚偽記入となる。また、会計責任者以外の者が行った場合であっても、会計帳簿の
記載責任者が会計責任者であることから、会計責任者に故意又は重大な過失があると
きは、会計責任者も処分の対象となると解されている。
②罰則と公民権停止
ア、違反者は5年以下の禁錮(拘禁刑)又は100万円以下の罰金に処せられ(規正法
25条1項)、公民権を停止される(規正法28条1項、2項)が、政治団体の代表者が
会計責任者の選任及び監督について相当の注意を怠った時には、この代表者も50
万円以下の罰金に処せられ(規正法25条)、公民権を停止される(規正法28条1
項)。罰金刑に処せられた者は、その裁判が確定した日から5年間選挙権及び被選
挙権を停止されるが、裁判所は、情状によって、刑の言渡しと同時に、選挙権及
び被選挙権を停止しない旨(罰金刑の場合に限る)又は停止する期間を短縮する
旨を宣告することができることとされている(規正法28条3項)。したがって刑の
言渡しと同時に何らの宣告もなされない場合には、当然前述のとおり一定期間選
挙権及び被選挙権は停止されることになる。
※菅原元経産大臣は、2018年4月から2019年10月までの間に選挙区内の33団
体と26人に対し合計71回で総額約80万円の香典、祝儀等を違法に寄附した
として略式起訴され、罰金40万円と議員辞職を考慮されて公民権停止3年
に短縮された略式命令が出された。
イ、現実的には、罰金刑でも公民権停止の問題があり、政治家の政治生命にかかわ
ることから、違反の程度にもよるがほとんど起訴猶予とされている。
(3)アメリカ合衆国の場合、2010年の最高裁判決で「政治広告費の制限は言論の自由に反
する」との判断が下され、1人の政治家に対する献金上限は維持されたが、大統領選・下
院選と中間選挙の間の2年間につき、個人から複数の政治家に献金できる総額の上限は撤
廃されたため、企業や個人、団体からの献金に上限がない「スーパーPAC(政治活動委員
会)」が誕生した。スーパーPACへの献金は連邦政府のルールで報告・開示が義務付けら
れており、提出された書類は連邦選挙委員会のウェブサイトで誰でも閲覧でき透明性は確
保されている。しかし、「アメリカン・アクション・ネットワーク(AAN)」と称する非
営利団体があり、この非営利団体は資金の拠出者を開示する必要がなく、「ダークマネー
」と呼ばれ政治との関係を表沙汰にしたくない企業や富裕層にとって、非営利団体を隠れ
みのにした献金がされている。1議席を争うのに50億円とも言われる政治献金が集められ、
1946年に設けたロビイスト規制法に基づくロビイストのロビー活動のための費用(ちなみ
に、ロビー活動に費やされた2021年の費用は20年比6.8%増の37億7000万ドル(約5100億
円)と過去最高を記録)とともに金権選挙の温床となっている。中国やロシアからは「合
法の汚職」という批判もある(2022.4.20,同21 日本経済新聞 アメリカン・デモクラシ
ー漂うマネー・惑う票3,同4)。
4,識者等による問題点の指摘
(1)政治家には、①政治家につき一つだけ認められる資金管理団体、②政治家が代表となる
政党支部、③「後援会」などと呼ばれるその他団体、という三種類の「サイフ」があり、
(中略)政党支部といっても、党勢拡大というよりも政治家個人の政治活動費用として用
いられるわけであるから、政党支部で集めた「カネ」を後援会などに移転してしまえば、
寄附元と支出先の対応関係が見えにくくなり、「マネー・ロンダリング」の効果を持つこ
とになる(谷口将紀「政治とカネ」21世紀のガバナンスのあり方:日本の課題とアメリカ
の経験より一部引用)。
(2)政治家や政治団体に「金」を提供する形には、①政治資金の提供、②パーティ券の購入、
③選挙資金の提供、④賄賂の提供などがあり、「金」の出所には正規の経理処理等により
支出されるいわゆる「表の カネ」と、簿外処理により捻出したいわゆる「裏金」がある
ところ、これまで検察は「裏金」による贈収賄などの「実質犯」に重きを置き、規正法は
「形式犯」として軽視される傾向が長く続き、数多くのゼネコンが知事や市長に多額の賄賂
を供与したとして摘発された平成5年のゼネコン汚職事件においても、贈収賄罪が摘発の中
心で規正法違反はまったく問題とされなかった。しかし、平成6年の改正法が施行されてか
らはたとえ「表のカネ」であっても資金の透明性を害する行為に対しては厳正に対処してい
く強い姿勢が感じられる(宗像紀夫 政治資金規正法と企業の実務対策(下)―違反リスク
回避ポイント NBL No.907 2009.6.15 90頁)。
※中島洋次郎元衆院議員(平成10年)、山本譲司元衆院議員(平成12年)、鈴木宗男衆
院議員(平成14年)を詐欺や収賄罪との抱き合わせではあるが、規正法違反で起訴す
るに至っている。規正法違反の罪だけで国会議員を逮捕したのは、坂井隆憲元衆院議
員(平成15年)のケースが初めてだった。この後も、日本歯科医師連盟による旧橋本
派への1億円ヤミ献金事件で村岡兼造元官房長官を在宅起訴しているし(平成16年)、
西松建設側が禁止されている企業献金を小沢議員個人の資金管理団体に政治団体名義
で寄附をしたとして、西松建設側の國澤幹雄と小沢議員側の大久保隆規が起訴された
(平成21年)。地方政界がらみでも、土屋義彦元埼玉県知事長女による資金管理団体
からの1億円余の私的流用事件(虚偽記載、平成15年)が摘発されている。
(3)「国政選挙の候補者、特に現職国会議員と地方議員や首長らとの間での現金のやり取りは
、普通に行われている。・・・選挙区支部や政治資金団体を介して行われるこの金のやり取
りは全くの適法である。地方議員の支部に対しての寄附は、相手の政治活動を支援するとい
う意図をもった現金授受とみなされ、合法なのである。・・・令和元年の参議院議員選挙の
公示前にも、各議員の収支報告書を見ればわかるとおり、候補者または候補者を支援してい
る国会議員と地方議員らとの間で、金のやり取りが与野党問わず全国至る所で行われている
。しかも、この年の四月には統一地方選挙があった。多くの現職国会議員並びにベテラン地
方議員らは、関係のある地方議員に対して『陣中見舞い』として金を配る。・・・各議員へ
の寄附は、会計処理の段階、つまり政治資金収支報告書提出期限の翌年の五月までに、政党
支部からの寄附という形にすれば、・・合法な支出とすることができるはずなのである(も
ちろん、私が渡した金の全額ではない。私は公示後にも金を渡しているし、間違いを犯した
ことを私は素直に認める)。」(河井克行 獄中手記 月刊Hanada 2022年3月号 41
頁)
第3,選挙運動の資金と規制(選挙とカネ)
1,選挙資金の収集
(1)選挙運動に関して政党から公職の候補者個人が寄附を受けた場合(例えば、公認推薦料な
ど)については、公選法により提出が義務づけられている選挙運動費用収支報告書におい
て、その使途を報告しなければなりません。
(2)しかし、選挙資金か政治活動資金かの区別はできず公職の候補者(公職の候補者となろう
とする者及び公職にある者を含む)が政党から受けた寄附については、政治活動のために自
ら取り扱い、支出することもできますが、資金管理団体に取り扱わせるために寄附する場合
は、寄附の量的制限に関する規定は適用されません。政党から受けた寄附を資金管理団体に
寄附するかどうかは公職の候補者の判断によるところであり、資金管理団体に寄附しない場
合には、政党から受けた寄附について、その使途の報告の必要はありません(第五次改訂版
Q&A政治資金ハンドブック274頁 政治資金制度研究会編集 ぎょうせい 平成21年6
月)。
(3)この点、自民党は組織活動費(政治活動費)の名目で(当時)2,936百万円を支出してい
るが、そのうちの1,403百万円(48%)は二階俊博幹事長に、69百万円は同年8月まで党の
国会対策委員長を務めた竹下亘氏に、それぞれ支払われている。しかし、二階氏の政治団
体(新政経研究会)の収支報告書をみても、収入の部の寄附の合計は530万円で党本部から
受け入れた1,403百万円がこのなかに含まれていない。1992年に成立した「政治倫理の確立
のための国会議員の資産等の公開等に関する法律」は、国会議員に対し、任期の開始の日お
よび任期開始後毎年、保有する資産等を議院の議長に提出することを義務づけるとともに
(同法2)、所得税法が規定する種類ごとに毎年度の総所得等を議院の議長に提出することを
義務づけているが(同法3)、同年に両院議長において協議決定された「国会議員の資産等の
公開に関する規程」5条によると、国会議員に求められる所得等報告書は納税申告書の写しの
提出で代えることができるとされた。また、国会議員が政治資金の名目で収受する寄附等
は、そこから諸々の政治活動に要した経費を差し引いた残額があった場合に、雑所得として
課税されるが、そのような残額は通常なく、あったとしても把握するのは難しいとみなさ
れ、特段、税務調査をされることもなく、放置されているのが実態である。こうした納税申
告の扱いに準じて提出される国会議員の所得等報告書には各種寄附金、党本部からの交付金
は、たとえそれが巨額であっても、政治活動に使われたという大義名分だけで報告を要しな
いという扱いが、あたかも「聖域」かのように運用しているのが実情である(醍醐聰「政治
とカネと会計責任」リクルート事件で幕を開けた平成 企業会計2019 Vol71 No5 596
頁、597頁)。
※不明朗な政治資金の支出があって、そのうちに私的な流用があった場合には雑所得と
して個人の課税対象となる。
(4)自民党本部は、毎年、高額な政党交付金を受け取っているが、同本部は、毎年、都道府
県支部連合会や各支部に対し交付金を出している。それゆえ、自民党の都道府県支部連合会
や全国の支部の使途不明金の原資は、事実上政党交付金であると言っても過言ではない。つ
まり、自民党の都道府県支部連合会や各支部の使途不明金は、事実上税金が使途不明金にな
っているに等しいのである。このことは、規正法が遵守されず、違法な運用がなされた結果
なのである。規正法は、国会議員などの「公職の候補者」に対する政治活動のための寄附を
原則として禁止しているが、その寄附者が政党の場合については例外として許容している
(規正法21条の2)ので、自民党本部は前述のように「政策活動費」等の名目の寄附を幹事
長らに行っている。同法は、国会議員らのために政治資金の拠出を受ける「資金管理団体」
を認めているので(規正法19条第1項)、国会議員個人が受け取った寄附は、この「資金管
理団体」の収支報告書で記載されるべきだが、政界では、記載する必要はないという解釈・
運用がなされ、検察はそれを追認してきた。つまり、党本部から受け取った議員は「政策活
動費」を自己の資金管理団体で一切収支報告してはいないため、政治資金(実質は税金)が
使途不明金(ポケットマネーまたは政治や選挙の裏金)になっている(上脇博之「政治資金
制度―議会制民主主義を実現するための規正を」83頁 憲法研究第5号 2019年11月)。
(5)2021年10月の衆院選前に前職の選挙区立候補者が京都府連を通じて京都府議、京都市議
ら計約40人の政治団体に各50万円を交付したことや(2022.4.5中国新聞)、2019年の参院
選公示の約1か月半前、当時の奈良県議22人の関連政治団体に自民党の堀井巌参院議員
(奈良選挙区)が代表を務める政党支部がそれぞれ30万円を寄附したことが公選法上の当選
を目的とする買収にあたるのではないかと問題になった(2022.5.28中国新聞)。また、千
葉県東金市長や群馬県議が地元の市議選の陣中見舞いとして市議らに現金を配っているが、
その背景には議会対策や勢力争いがあるとの指摘が出ており、2019年の参院選広島選挙区の
大規模買収事件とも構図が似通っている。千葉県東金市長の場合は、東金市の鹿間陸郎市長
が陣中見舞いとして現金を配ったのは、市議会で予算案の採決を控えた2月末。最大会派の
市議との関係がこじれる中、市長派議員を増やす思惑や来年の市長選をにらんだ意図を感じ
た市議がいた。また、群馬県議の場合は、狩野浩志群馬県議が前橋市長選で支援した候補者
が敗れ、近い関係の市議を増やす狙いがあったとの見方が大半を占める(中国新聞2021.5.2
決別金権政治大規模買収事件の波紋 千葉・群馬ルポ)。
※中国新聞が広島県内の全地方議員を対象に実施したアンケートで、国会議員が政党支
部などを通じて地方議員に提供する交付金や寄附金について、回答者の9割が「必要
ない」と答えた(2021.1.1中国新聞)。
2、公職の候補者等による公選法上の寄附の禁止
(1)公職の候補者や後援団体による選挙区内の有権者への寄附は禁じられている(公選法
199条の2)。有権者との関係が金銭や物品でつながれば、政治の公正さが失われかねない
ためである。結婚や入学の祝い金、病気見舞いの果物、町の運動会への飲食物の差し入れ
も禁止されており、有権者が求めてもいけない。選挙区内にある方の結婚披露宴や葬儀に
政治家本人の代わりに政治家の秘書や配偶者が出席して政治家本人からの祝儀や香典を渡
すことは罰則をもって禁止されているが、政治家本人が自ら出席して祝儀や香典をその場
で出すことは罰則をもってまでは禁止されていない。なお、政党支部としての寄附は認め
られているが、この場合でも政治家の名前を表示してはいけない。顔写真を付けるような
「類推される方法」も法に抵触する。公選法を所管する総務省は、「配る際に政治家の名
前を口頭で伝えただけでも、政治家による寄附行為に当たる恐れがある」と国会で答弁し
た。
(2)過去において、小野寺五典元防衛相は、名前が入った線香を自ら配ったとして公選法違
反容疑で書類送検され、2000年に議員辞職した。松島みどり元法相は、名前入りのうちわ
を配布したことが公選法違反と指摘され、2014年に閣僚を辞任し、刑事告発されたが不起
訴処分となった。山尾(当時)(現在は菅野)志桜里衆院議員は、自身の後援団体である
資金管理団体「桜友会」が有権者に香典などを渡したことが2016年に発覚し、刑事告発さ
れたが不起訴処分となった。
(3)公選法が禁じる寄附行為はあくまで「選挙区内」に限定されるので小選挙区選出の衆院
議員であれば、自身の選挙区ではない被災した自治体に寄附をすることはできる。総務省
のホームページには「政治家と有権者のつながりは大切だ。しかし、金銭や品物で関係が
培われるようでは明るい選挙、お金のかからない選挙に近づくことはできない」と記され
ている。
3、選挙費用の上限設定(法定選挙費用)と公費負担
(1)立候補届が受理された時点から選挙期日の前日の午後12時(選挙カーなどでの連呼行為
や街頭演説は午後8時)までの選挙運動期間中に選挙運動費用として支出することができる
最高限度額のことを法定選挙費用と言い、選挙の種類によって異なるが、選挙人名簿に登録
されている有権者数に人数割額を乗じて得た額と固定額の合算額などとなります。例えば、
2021年の衆議院選挙(小選挙区)では、上限が平均約2480万円、2019年の参議院選挙(選
挙区)では約4380万円、比例区は5200万円です。都道府県や全国を単位とする参議院の方
が有権者も多いため、上限が高くなっています。
※衆議院小選挙区選挙の場合で固定額1,910万円(選挙区により2,130万円または2,350
万円)に、人数割額として有権者1人あたり15円で計算した額を加算したものとな
り、参議院比例代表選挙の場合では5,200万円の一律となり参議院選挙区選挙の場
合で、固定額2,370万円(北海道は2,900万円)に人数割額として、有権者1人あたり
13円(1人の選挙区)または20円(2人以上の選挙区)で計算した額を加算したもの
です。都道府県知事選挙の場合、固定額2,420万円(北海道は3,020万円)に人数割
額として、有権者1人あたり7円で計算した額を加算したもの、指定都市の長の選挙
の場合で、固定額1,450万円に人数割額として有権者1人あたり7円で計算した額を加
算したもの、指定都市以外の市および特別区の長の選挙の場合で、固定額310万円に
人数割額として有権者1人あたり81円で計算した額を加算したものとなる。なお、衆
議院小選挙区選挙、衆議院・参議院比例代表選挙で候補者や候補者名簿を届け出た政
党等には、こうした選挙運動費用の制限は適用されない。
(2)選挙運動費用の一部である選挙公報の発行、ポスター掲示場の設置、通常はがきの交付、
新聞広告、政見放送、経歴放送などが公費で負担されている。
4、公選法違反としての「買収」と「被買収」
(1)買収には選挙(投票)買収と運動買収がある。
①選挙(投票)買収については、国会議員が夏と冬に選挙区内の地方議員へ資金を渡す
「氷代・餅代」、統一地方選があれば「陣中見舞い」(上限は寄附者1人当たり150万
円)や「当選祝い」のように政界では政治家同士が資金をやりとりする慣習がある。
規正法に基づき、政党支部などの政治団体間の寄附や交付金として処理され、領収書
を交わし政治資金収支報告書に記載し、都道府県選管などに提出後、国民に公開され
る。一方で、自分の選挙区内の政治家に資金を提供した場合、買収の意図のある金が
含まれていれば選挙買収の可能性が出てくる。ちなみに、「陣中見舞い」の収入は選
挙管理委員会に報告されていれば所得税・贈与税は非課税となる。
②運動買収は、「手弁当」で自己の支持する候補者の当選をめざして運動すべきもので
あるという「選挙運動無報酬の原則」があるが、実際には、選挙運動に要する費用の
一切を選挙運動者の負担に帰せしめるというのは選挙運動者に酷であり、実情に合わ
ないので公選法197条の2等によって、選挙運動者の労務に対し一定限度で費用の支出
を認めている。
※公選法は、①選挙運動のために使用する労務者、②選挙運動のために使用する
事務員、③車上等運動員、④手話通訳者等には、上限はあるものの報酬を支払
うことができますが(公選法197条の2)、それ以外に報酬は支払えません。①
については、1日につき1万円以内、ただし労務者に弁当を提供した場合には報
酬から弁当の実費相当額を差し引きます。1日につき5,000円までであれば超過
通勤手当を支払えます。期間・人数の制限はありません。②については、1
日につき1万円以内の報酬を支払うことができ、超過勤務手当を支払うことは
できません。1日につき候補者1人につき、車上等運動員と手話通訳者等の合計
で50人を超えない範囲内で雇うことができます。③については、1日につき1
万5,000円以内で報酬を支払うことができ、超過勤務手当は支払えません。選
挙カーの稼働時間は午前8時から午後8時までですので、超過勤務手当を支払
えない以上、午前8時から午後8時までフルに選挙カーを動かすのであれば、
労働基準法上の法定労働時間内で勤務する車上等運動員を複数人野党ことに
なります。④については、1日につき1万5,000円以内であれば、報酬を支払え
ます。超過勤務手当を支払うことはできません(公選法施行令129条1項ない
し4項)(関口慶太、竹内彰志、金子春菜編著 こんなときどうする?選挙
運動150問150答 Q47、48 ミネルヴァ書房 2020年11月)。
③買収罪が成立するためには、供与者、受供与者の双方に、その供与が当選獲得目的で
あるという趣旨の認識が必要であるが、供述のほか供与の時期、方法、態様等の客観
的状況によって認定されることから、供与者が当選獲得目的の趣旨で供与しているの
に、受供与者がそれを未必的にも認識がなかったということはあまりないであろう。
なお、趣旨の認識以前の問題として、受領の意思の認定も必要となり、受供与者にお
いて費消ないし混同した場合は問題ないが、それ以外の場合には受供与者が目的物が
何であるかをいつどうして認識したか、不受領ないし返却の意図を示す余地があった
か、現実にこれを示したか否か、その後の目的物の保管状況や期間、その間における
返却の可否難易等の諸点を総合判断すべきことになる。受供与者に受領の意思や趣旨
の認識が認められなければ、供与者の申込罪のみが成立することになる。
(2)罰則と公民権停止
①買収および被買収の選挙犯罪者は、3年以下の懲役若しくは禁錮(拘禁刑)又は50万
円以下の罰金に処され(公選法221条1項)、原則5年間公民権を停止されるが、裁判
所は情状によって、刑の言渡しと同時に公民権を停止しない旨または停止する期間
を短縮する旨を宣告することができる(公選法252条4項)。
②現実的には、罰金刑でも公民権停止の問題があり、政治家の政治生命にかかわること
から、違反の程度にもよるが起訴猶予とされることもある。
5,識者、政治家による問題点の指摘
(1)規正法は、政治資金収支報告書の数字と領収書の帳尻が合っていればお金の意味につ
いては問われない。一方、公選法では資金提供の時期や意図によっては買収に問われる。
規正法では合法でも公選法では罪になるようなケースがあり、「二重基準」になってい
るのが問題であり、2つの法律は一本化する必要があるし、買収に利用されかねない政党
支部間の資金提供は禁止するなど法改正が必要だ。また、議員の処分については刑事罰
に頼るのではなく、議会の自浄作用も重要になってくる。欧米では刑事罰より政治罰。
議会の政治倫理審査会から非難決議をされると、政治家として立ち上がれない状況にな
るなど、審査会が機能している(元日本大法学部教授岩井奉信氏(政治学))。
(2)「公職の候補者は公選法で選挙区での寄附が制限されているが、政治団体、政党支部
は除外されている。このため、地方議員が関係する政治団体、政党支部へのカネは選挙
前でも配れる。それを一定期間は、政治団体、政党支部に対してであっても公職の候補
者からの寄附は禁止する。条文を数行改正すれば簡単に禁止できる。」(2022年4月21
日 中国新聞 決別金権選挙 識者3人インタビュー 郷原信郎氏の発言)
(3)選挙の時期によって政治活動と選挙運動との線引きはあいまいとされ、専門家には
「政治活動と称する実質的な選挙運動が展開されるケースが多い」との批判があるが、
選挙の現場においては次のやりとりが参考となる。
「―選挙期間中の前後3か月を外した現金授受はセーフだという、3か月ルールもある
んですね。
『まあ、昔からそう言われているんですね。県警の取締本部が設けられているのがだ
いたいその期間ですよ。うどん一杯でもおごってもらわんように気をつけろ、と黄色
信号がともる。それもおかしいと思うんよ。選挙の運動そのものは公示から投票日の
間でないといけないけど、それ以外なら政党活動なら許されますよというようなこと
が決められている。じゃあ、何でお金のやりとりは3か月前までに限られるのか。
200日前、1年前なら問題ない。だったら、全部規制せいやと思う。』(常井健一
「おもちゃ 河井案里との対話」337,338頁 檜山俊宏氏とのインタビュー 文藝春
秋 2022年2月)
第4、小括
政党の政治資金は個人献金と党費でまかなわれるべきなのが理想の姿であるが、現
実はほど遠い。政治に「カネ」がかかるのは、選挙で当選するための地盤固めや票集
めに日常からの秘書等による活動が必要であり、そのための人件費が相当のウエート
を占めているからである。「政策活動費」ないし「組織活動費」の名目で政党の有力
政治家を経由して党の政治家に事実上報告義務なく配布される仕組みが存続している
以上、いくら政治家個人への献金を禁止しても、政治とカネにまつわる腐敗ないし不
祥事はなくならず、これを防止するためには、政治に必要となるカネの流れをできる
だけ透明化していくしかない。政治と「カネ」の問題は、選挙制度はもとより国民の
政治意識とも密接に関係してくることから、政治と「カネ」に関する不祥事の問題が
一旦大きくなると、時の内閣支持率に大きく影響し、政権の不安定要素や政局ともな
ってくるものである。
(付記)中国新聞は、「ばらまき」(282頁ないし285頁)(中国新聞「決別金権政治」取材
班 集英社 2021.12)や中国新聞2021.5.27の紙面において、約2800万円余りの買収資金
の出所は、自民党から河井夫妻に渡った1億5000円とは別に、当時の安倍政権中枢から
提供された別の裏金が原資だった疑いがあるとしているが、政治ジャーナリストの田崎
史郎氏は官房機密費についてはその可能性は低いとしている(2022.4.21中国新聞「決別
金権政治」識者3人インタビュー)。
(参考文献)
・実務と研修のための わかりやすい公職選挙法 [第十六次改訂版] 選挙制度研究会編 ぎょう
せい 令和3年7月
・逐条解説 政治資金規正法 [第二次改訂版] 政治資金制度研究会編集 ぎょうせい 平成
14年8月
・平成31年1月改訂版 くらしの中の選挙 公益財団法人明るい選挙推進協会
・政治資金規正法のあらまし 総務省自治行政局選挙部政治資金課
・Q&A政治資金ハンドブック(第五次改訂版)政治資金制度研究会編集 ぎょうせい 平成
21年6月
・政治資金規正法要覧<第五次改訂版>政治資金制度研究会 監修 平成27年9月