
この9月から、高校2年生の男子生徒がレッスンに通い始めました。軽音部でボーカルを務めており、目標は来年6月の文化祭を成功させることです。
そんな彼は、中学の3年間は独学で練習を重ね、高校で満を持してマイクの前に立ちました。周りからは「うまい」と言われますが、自分では納得がいきません。
彼がいま取り組んでいる課題曲は、MY HAIR IS BADさんの「真赤」という曲。高校生の男子バンドでよく選ばれているようなのですが、いちばん引っかかっていたのは、高い声が出ないことでした。男性としては高めの、HIGH Aと呼ばれるあたりの音が、そもそも声になりません。
彼自身も動画サイトなどで相当調べ、いろいろ試したそうですが、それでもできないといいます。しかしこの「調べたのにできない」という状態には、はっきりした理由があると私は考えています。
なぜ「うまい」と言われても納得できないのか
この「うまいと言われても納得できない」という感覚は、私自身が長く抱えてきたものでもあります。
私も中学・高校時代にバンドでボーカルを務めていました。そして、思うように歌えない自分の下手さを痛感していました。社会人になってからも仕事の合間に練習を重ね、最後は勤務先を辞めて、発声を研究する道に進んでいます。
今でも自分の歌に納得できないことがあります。だからこそ、生徒さんの「できない」という気持ちは、私にとって他人事ではありません。上から目線で「それではダメ」と否定する教え方はしないと決めているのも、そのためです。
ここで一つ、私の考えをお伝えしておきます。「歌がうまい」とは、聴いた人がうまいと感じる歌を歌うことだと私は考えています。声は体の中で響いているため、自分が聞いている自分の声と、周りの人が聞いている声には違いがあります。
つまり、周りの「うまいね」と本人の納得は、はじめから別々の物差しなのです。周りの評価が的外れなわけでもありませんし、本人の感覚が厳しすぎるわけでもありません。
彼の場合、その物差しのズレの正体が「出したい音が出ていない」という一点に集まっていました。ここがはっきりすると、次にやることは決まります。
「腹から声を出す」ではうまくいかない理由
「声を腹から出す」「高い音は頭に響かせる」。彼がこれまで試してきたのは、まさにこれでした。
ボイストレーニングでよく使われる表現なのですが、ただ「お腹から声を出して」と言われても、実際にはお腹から声を出すことはできません。(人間の体はそういう構造にはなっていません)
感覚で伝わる方には、イメージの言葉だけで十分に届くかもしれませんが、問題は、伝わらない方にとっては、いつまでも霧の中にいるのと変わらないことです。何をどう変えればよいのかが分からないまま、やみくもに練習量だけが積み上がっていきます。
「ミックスボイスを出せるようになりたい」というご相談も同じです。地声と裏声のミックスだと説明されることが多いのですが、その「地声」「裏声」が何を指すのかは、人によってばらばらです。定義の曖昧な言葉を重ねても、体はその通りに動いてくれません。
ですから私は「女性の気持ちになって」「悲しそうに」といった、イメージに頼る指導は控えています。もちろん、イメージで伝えたほうが早い場面ではその方法も使うことはありますが、大切なのは、目の前の方に届く伝え方を選ぶことです。
彼が「さんざん調べたのにできなかった」のは、努力が足りなかったからではありません。自分に届く言葉に、まだ出会っていなかっただけなのです。
まず声を「音」としてとらえ直す
1回目のレッスンでは、高い声を出すテクニックを教えるのではなく、まずは声を音としてとらえるところから始めました。
声を音としてとらえるとは、声を「気持ちを込めて出すもの」としてではなく、体のどこかが振動して生まれ、喉や口、鼻といった空間で響く一つの物理現象として扱うことです。
発声のメカニズムとは、声帯の振動と、喉・口・鼻といった空間での共鳴によって声が生まれ、体のどの部分で音の高さをコントロールしているのかという、体の仕組みのことを指します。説明してしまえば、当たり前のことばかりです。
それでも多くの方は、声をこの「物理現象」として捉えることができていません。声には「自分そのもの」というバイアスがかかっているからです。歌は気持ちだ、心を込めろ。そう言われ続けてきた人ほど、自分の声を音として切り放して眺めることに抵抗があります。
やればできることなのに、発想の転換が起きないから手つかずのまま残る。これは歌にかぎらず、どんな社会でもよくあることだと思います。ですから、これまでできていなかったとしても、何も問題はありません。
実際、彼は1回目のレッスンで、それまで全く出なかった音が少し出せるようになりました。本人の言葉を借りれば「活舌はよろしくないけれど、とりあえず音は出た」。まずはこの実感を持ち帰ってもらい、次のレッスンまでに体へ叩き込んできてもらうことにしました。
もちろん、同じ手順がどなたにも同じように当てはまるわけではありません。それでも、原因が体のどこにあるのかが見えれば、次にやるべき練習は決まります。順番としては、そういうことです。
高い声を言葉でつかむ次の一歩
次のレッスンでお伝えするのは、高い音を出しながら言葉をつくる、筋肉の動きについてです。
音が出るようになると、今度は「歌になるかどうか」という段階に入ります。彼の場合、出せるようになった音に言葉が乗り切らず、活舌が追いついていません。高い音を保ったまま母音や子音をつくるには、どの筋肉をどう動かしているのかを言葉で整理する必要があります。
歌唱の表現は、声のトーン、音の長短、リズムの取り方、音量の調整など、さまざまな要素の組み合わせで生まれます。一つずつ言葉にして確かめられるようになれば、その日の気分や感覚頼みにならずに済みます。
来年6月の文化祭まではまだ時間があります。焦って喉に負担をかける練習を重ねるより、仕組みから積み上げていったほうが、結果的に近道になると私は考えています。
それから、自分の歌を録音して客観的に聴いてみてください。自分の耳だけでは、うまくなっているかどうかは分かりにくいものです。当教室には、カラオケの採点機で5点だった方が95点まで点数を伸ばしたケースもあります。正直に申し上げれば、かなり時間はかかりましたが、それでも変化は形で確かめられます。
教室に通ってくださっている方からは、苦手だった歌が好きになれた、人前で歌うことに抵抗がなくなった、といったお声もいただいています。技術の悩みから入っても、最後に残るのはそういう変化です。
高い声が出ないという悩みは、才能の問題として片づけられがちですが、私は、声に対する思い込みが道をふさいでいる場合が少なくないと考えています。みんな気づいていないだけ。気づけば道が開けます。
まとめ
高い声が出ないという壁は、根性や才能の前に、声を音としてとらえ直すという発想の転換から動き出すことが多いと私は考えています。
・軽音部やバンドで高い声が出ず、練習の方向が分からない学生の方
・動画などで調べて試したものの、変化を感じられない方
・文化祭やライブなど、期日のある目標に向けて練習したい方
群馬県高崎市(高崎駅近く)のMARSボーカル教室では、無料体験レッスンでまずお話をうかがいます。教室やレッスンの詳細はこちらをご覧ください(https://skye-is.co.jp/mars/)。


